第15話 星に誓う王都〈ヴァレンティア〉、恋と予兆がきらめく場所
道中は特にこれといった波乱もなく、馬車は揺れの少ない静かな走りを続けた。小休憩を挟み、しばらくして――小高い丘の上へと差し掛かったとき。
柚葉の視界が、ぱっとひらける。
その瞬間。
「……う、うそでしょ。これ、都市……? いや、完全に……“神話級ジオラマ”!!?」
声が勝手に飛び出していた。
王都〈ヴァレンティア〉。
黄金の塔が林立し、千の鐘楼が朝の光を受けてきらめき、七つの月の名残が空に薄く漂っている。
さらに、主星である大きな太陽と、淡く光をにじませる第二太陽――双つの陽が重なり合うように昇り、空は現実味の薄い白金色に染まっていた。
――そう、七つの月と双つの太陽。
柚葉がこの世界へ来て最初にそれらを見上げたときは、息が止まるほど衝撃を受けたのだ。
(えっ……太陽が二つあって、月が七つ!? うわ、これ絶対ファンタジー異世界でしょ……! 本物だ……!)
あの圧倒的な非日常感は今も胸に焼きついている。
――なのに、だ。
けれど、今の柚葉に突き刺さったのはまったく別の角度だった。
(いやいやいや!! 情報量多すぎ……!! あの塔、遠近法バグる高さでしょ!? ……ていうか、あれどういう設計思想!? 重心どこ!? 物理どうなってんの!?)
思わず両手が口を覆う。
「こっ……これ……写真集どころか、模型雑誌の“表紙全部持ってくタイプ”の街並みなんだけど……!?」
ルシエルが隣でふっと微笑んだ。
「君の世界で言う“ファンタジー”が、ここでは現実なんだね」
「いや軽く言わないでぇぇ!? だってあれ見て!!」
柚葉は半ば叫びながら、視線を指さすように動かした。
「まずあの金ピカの塔!! 雲突き抜けてるよね!? あの高さ、縮尺で言うと……何分の一!? 1/無限? 違う、これスケール概念が負けてる!! ていうか、あのディテール量……人の手じゃ絶対無理でしょ!」
「うん。建てたの、神だし」
「えっ。いや、ですよね!? って言うか“神の手造形”って何!? やば……もうチートクリエイターじゃん……!」
会話のテンポはもはや光速。
しかし柚葉の脳内は完全に「モデラー発想」に染まっていた。
(低層の建物も一個一個デザイン違う……窓枠も、屋根の装飾も、街路の曲線も全部……全部細かい……! これ配置してるだけで気が狂いそうなレベル……!)
「街、作った人……絶対センス良すぎ……。いや、“人”じゃなかった……神……。でも神が造形ガチ勢ってどういうこと……」
横でルシエルが肩を震わせて笑った。
「君って本当に面白い。王都を“造形”で語る人、初めて見たよ」
「笑いごとじゃないですってぇぇ!! あれ全部、手で作ったら一生終わらないんだよ!? もう……もう……クオリティが暴力なの!!」
御者の騎士までつい吹き出す。
その明るい叫びを包むように、王都の千の鐘が重なり合い、清らかな音が丘の上まで響いてきた。
黄金の王城〈ヴァルステラ〉――“星に誓う王城”。
聖光の結晶で築かれたその城は、朝日の中でまるで天を貫く槍のように輝いていた。
柚葉は息を呑む。
(……きれい……でも……なんでこんなに胸が高鳴るんだろ……作品でもないのに……本物なのに……なのになんか、“理想の完成品”を見つけちゃった時と同じ胸の高鳴り……)
それは、模型オタクとしての興奮でも。この世界に足を踏み入れる“物語の幕開け”への予感でもあった。
そして、その城には――
三人の王子の運命が交わる、光の舞台が待っている。
【王城最上階、〈聖光の間〉】
金色の大理石、七色のステンドグラス、天井を走る天文儀。
光が踊り、空気そのものが神聖な旋律を奏でていた。
その中心――玉座に座すは、ヴァルハイト聖王国の王、レオハート・レガリア・ヴァルハイト。
壮年にして、なお若獅子の眼光を宿す男。
その隣に立つのは、静かに微笑む側妃――イリス・フォン・フロウラ。
金糸を編んだ薄衣が、虹光を受けて淡くきらめく。瞳は優しく、けれどその奥に確かな意志の光を宿していた。
彼女は、正妃を失った王を支え続けた聡明なる女性。けれど、“王妃”の称号は未だ授けられていない。形式上は側妃のまま――それでも、王レオンの信頼は揺るがぬものだった。
民は彼女をこう呼ぶ。
“第二の光”――聖王国の、もうひとつの太陽。
聖光の間を満たす虹色の光が、静かに揺れていた。
玉座の背後、天へと伸びる大理石の壁には、一枚の肖像画が掲げられている。
セレーネ・レガリア・ヴァルハイト。
アーシェス、ガルディウス、ルシエル。三王子の生母にして、かつて神殿より “陽光の巫女” と讃えられた大聖女。
その柔らかな微笑みと、金糸を束ねた髪が、光を受けてほのかに輝く。
あまりに穏やかで、あまりに優しい。
絵でありながら、祈りの香りさえ漂うようだった。
若き日の王レオと恋に落ち、神託をめぐり歩んだ旅路は、今も大陸に吟遊詩人の唄となって語り継がれる伝説。
――だが、その光は早すぎる幕を閉じた。
王妃セレーネは、まだ幼かったルシエルを残して“急病”とされた死を迎える。
真実を知る者は、王と神殿、そしてごくわずか。
王国の空は、その日を境に長い間、深い影に覆われた。
虹の光を受け、イリスは王族にしては珍しく、自らの腕に幼子を抱いていた。
その小さな胸が、規則正しく、安らかな息を刻んでいる。
セラフィオ・レガリア・ヴァルハイト。
王とイリスの間に生まれた第四王子。
生まれたばかりの命でありながら、不思議な安らぎを纏った子。王国に再び訪れた“光”を象徴するような存在だった。
しかし同時に、古き秩序を揺らがす“兆し”でもある。
イリスは眠る幼子の頬をそっと撫で、玉座の王に目を向けた。
「……陛下。本当に、この子を“第四王子”として迎え入れるのですね」
王レオは深く頷く。
その瞳は、揺るぎなく、どこまでも静かだった。
「当然だ。セレーネも……きっと、この子の未来を祝福するだろう」
その声に、イリスは胸の奥が温かくなるのを感じた。けれど同時に、王国に訪れる波紋の気配も理解していた。
それでも――腕に抱いた光は、わずかな不安さえやわらげていく。
イリスは、幼子の寝息を聞きながら微笑んだ。
「どうか……この子が歩む道が、光に満ちていますように」
虹の光が、柔らかく彼らを包み込む。
だが、王も、そこにかしずく家臣たち誰一人として、その祈りが容易に叶わぬことを知っていた。
光と影は、常に対で存在するのだから。
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