エピローグ
王国は、長く続いた冷夏と、虚邪の穢れによる災厄に蝕まれていた。
かつて豊かだった村も、今は荒れ果て、畑は枯れ、家畜たちは痩せ細り、人々の顔から笑顔が消えていた。そうかつての復興する前のクンナ村のように。
虚邪の穢れは去ったとはいえ、荒れた土地がすぐに実りを取り戻すはずもなく、冬が訪れたならば、多くの人々が飢えに苦しむ未来が見えていた。
そこに、ひとすじの光が差し込む。
『星雫の聖女』ユズハ・スターリィティアを中心とした、癒しと希望の巡礼団が、王国の各地を巡り始めたのだ。
その一行には、護衛としてニャルディア、ブレンナ、そしてルシエル直属の騎士団が随行し、神殿監察官セラフリエル・グラナートが記録と調整を担い、さらに、神獣アンバリーフが随所で力を貸していた。
柚葉は、傷ついた土地にそっと膝をついた。枯れ果てた土に手を添え、目を閉じる。
「……どうか、この地に、もう一度、命の光を」
その祈りが空へと昇った瞬間、深い群青の空気が、静かに揺らぎはじめた。
やがて、空間に淡い光が瞬き、透き通る蒼の粒子が舞い降りる。
その中心に現れたのは、星の白光を宿した星雫の光蝶だった。
それは、ただ癒すための存在ではない。
虚邪の穢れを押し返し、再生の象徴として舞い降りる、聖なる光。
光蝶は、柚葉とルシエルの周囲を軽やかに巡り、やがてふたりを包むように、円を描いて舞い踊る。
その瞬間――
大地が、かすかに震えた。
ひび割れていた土が、ゆっくりとほぐれ、その隙間から、小さな芽が顔を出す。
まるで、星の光が命を呼び覚ましたかのように。
村人たちは、言葉を失って立ち尽くした。
「……緑だ……」
「芽が……生きてる……!」
それは、ここ最近、誰も目にしていなかった光景だった。枯れたはずの大地に、確かに芽吹いた再生の証。
子どもたちが駆け寄り、光蝶を追いかけながら、無邪気に笑う。
その笑顔に、柚葉はそっと微笑み返した。
星雫の光蝶は、今日もまた、希望の光を運んでいた。
別の村でも同じような光景に、村人たちは、目を見開き、ここ最近見ることがなかった緑の景色に見入っていた。
「……生き返った……!」
「土が……温かい……!」
子どもたちは、柚葉に駆け寄り、小さな手でその手を握る。
「ありがとう、聖女さま!」
「ぼく、また畑でお父さんと野菜つくる!」
「お姉ちゃん、女神さまなの?」
柚葉は、少し照れながらも、ひとりひとりに優しく微笑みかけた。
「神さまじゃないよ。でも、神さまの光を、ちょっとだけ借りてるの」
その言葉に、子どもたちは目を輝かせた。
こうして、彼女たちは各地を巡り、癒しと再生の奇跡をもたらしていった。
そして、気づけば――
柚葉とルシエルのもとには、多くの人々が集まっていた。
その一方で、更にひとつの別の光が、王国の荒れ果てた大地を巡っていた。
それは、大地母神の巫女ミレフィーオを中心とした、もうひとつの聖女チーム。
彼女のもとには、未来の聖女候補として選ばれた巫女たちが数名、その手に土を持ち、祝福と祈りがこもった歌で大地を癒していた。
「大地よ、目覚めなさい。あなたの鼓動を、もう一度この地に」
ミレフィーオの祝福に応えるように、虚邪の穢れが浄化され、大地はふくらみ、枯れた畑に若草の芽が一斉に顔を出していく。
その光景に、村人たちは涙を流し、巫女たちに手を合わせた。
そして、彼女たちを守るのは、筋骨隆々、豪放磊落な戦闘狂、ガルディウスを筆頭に、冷静沈着な侍ヒジカタ、地雷系ファッションに身を包んだ天才魔術師リリア、そしてそのリリアの後輩で、王立魔導研究院・第七分室に所属する、とんでもない奇才で天才才女の双子姉妹。
さらには、聖獣イルヴァまでもが加わり、その護衛陣は、まさに騒がしさでは誰もが避けて通る顔ぶれとなった。
「おい、そこの畑! もう一回耕すぞ! この拳で地面ごと活性化してやる!」
「ガル兄様、それは耕すんじゃなくて、砕くです……」
「ふふふ、リリア様、あの畑の段、ちょっと流行の形状に乗ってませんね。処す?」
「処すな! やめなさいって言ってるでしょ、あなたたち! 耕しなさい」
「イルヴァ、そこ掘らないの! それ井戸だから! 井戸ォ!!」
村人たちは最初こそ戸惑ったものの、彼らの本気の優しさと、ミレフィーオの穏やかな祝福と人柄に触れ、次第に笑顔を取り戻していった。
こうして、星雫の聖女チームと並び、大地母神の聖女チームもまた、王国に新たな希望の種を蒔いていったのだった。
そして家を失った者、家族を失った者、生きる場所をなくした者たち。
「あなたたちと一緒に、新しい地へ行きたい」
「もう一度、家族を作りたいんです」
「この命、あなたたちのために使いたい」
その数、およそ千人。
それは、ただの避難民ではなかった。彼らは、柚葉とルシエルの光に導かれた、希望の民だった。
新天地への旅立ちは、もはやふたりだけのものではなかった。
それは、千の想いを背負った、新たな未来への大いなる一歩となった。
新天地への旅立ちを前に、広大な草原に、千人を超える人々が集っていた。
星雫の聖女チームと、大地母神の聖女チーム。その周囲には、癒された村々の人々、希望を託した家族たち、そして。
「ユズハお姉さーんっ!」
「お姫さーま!」
駆け寄ってきたのは、慈光院の子どもたち。その後ろには、シスターたちと、離宮から駆けつけたメイドや侍従たちの姿もあった。
「お帰りなさいませ、ユズハ様」
「お手伝いできることがあれば、何なりと!」
「わぁ……みんな……!」
柚葉が目を潤ませたそのとき――
「ヘッ、こんな面白そうなイベント、俺を誘わねぇとかどうかしてんだろ?」
黒い外套を翻しながら現れたのは、《遊戯の影刃士》グレイヴ。
その背には、スラムの子どもたちと、世話焼きのシスターたちがぞろぞろと続いていた。
「兄ちゃん、かっこいいー!!」
「グレイヴ兄ちゃん、どこに行っても剣の練習してくれるよね!?」
「お、おいおい、やめろって……照れるだろ」
グレイヴが頭をかきながらも、どこか嬉しそうに笑う。
そして、風が吹いた。
その風に乗って、静かに現れたのは、迅月衆の影。
「……我ら、若の影」
「……影に徹し、若に従うのみ」
シラツキとミカヅキが、月光のような気配をまとって現れる。
「お前ら……来ると思ったわ」
ガルディウスが腕を組み、口元をわずかに緩めた。
「好きにしろ。どうせ止めても無駄だろ」
「……承諾感謝」
「……我ら、若の背を守るのみ」
こうして、かつてないほど多くの人々が、柚葉とルシエル、そして仲間たちのもとに集った。
それは、ただの旅立ちではない。
希望を託し、未来を信じる者たちの――新たな世界への、大いなる第一歩だった。
人々のざわめきが、少しずつ遠ざかっていき、草原の風が、ふたりの間をそっと撫でた。
ルシエルは、少しだけ視線を落としながら、静かに口を開いた。
「……ユズハは、元の世界に戻りたかっただろう。本当に……いいの?」
その声には、かすかな不安が表れていた。
柚葉は、ふわりと微笑んで、そっとルシエルの手を取る。
「ううん。あたしが帰る場所は――貴方が居るところなら、どこでも」
その言葉と同時に、柚葉はルシエルの胸に飛び込んだ。
驚いたように目を見開いたルシエルだったが、すぐにその腕で、柚葉をしっかりと抱きしめ返す。
そして――
ふたりの唇が、そっと重なった。
それは、世界が静かに祝福するような、やさしく、あたたかなキスだった。
風が舞い、光蝶がふたりの周囲を巡る。まるで、ふたりの未来を祝福するように。
「……まったく、どこまでも甘々熱々なふたりにゃ」
「完全に二人だけの世界に入って、千人の観客がいるの忘れやがるぜェ……」
ニャルディアが尻尾をぶんぶんと揺らし、ブレンナは肩をすくめる。
「まあ、オレたちは、どこに行っても世話の焼けるふたりを、守るだけだぜ」
「だにゃ!」
そして、空へと舞い上がる光蝶の群れ。その中心で、ふたりは確かに手を取り合い抱きしめあっていた。
これは、ひとつの物語の終わり。そして、新たな世界の始まり。
――星雫と陽光の祝福が交わるとき、希望は、未来へと羽ばたいていく。
Fin
これにて柚葉とルシエルの二人の物語は終わりとなります。いままで読んで頂き、本当にありがとうございました!
※新作を投稿しています。よければ、こちらも読んで頂ければ、幸いです。
ジャンル:ローファンタジー『男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています』
https://ncode.syosetu.com/n9976ll/




