第129話 聖女の秘密と、エルフの時を知る王子の夜語り
久しぶりに戻ったルシエルの離宮は、変わらぬ静けさと、どこか懐かしい香りに包まれていた。
柚葉は、そっと門をくぐると、ふわりと肩の力が抜けていくのを感じた。
「おかえりなさいませなのにゃ、ユズハ様!」
駆け寄ってきたのは、メイドモードのニャルディアを筆頭に、慈光院出身のメイド達。みなの瞳は、変わらず優しく、けれどどこか、心配そうでもあった。
「お体、お疲れですにゃ? まずは、ユズハ様特別仕様のバスを用意しているにゃ。ゆっくりくつろぐにゃ!」
「ニャルディア……うん、いつもありがと。ちょっとだけ、甘えさせてもらうね」
案内されたのは、この離宮で過ごしていた時に使っていた白銀のタイルが美しく輝く、広々としたバスルーム。
湯面には、淡い光を放つ花弁が浮かび、湯気の中に、ほんのりとしたミントと月桃の香りが漂っていた。
柚葉は、そっと湯に身を沈める。
「……はぁぁぁ……しみるぅ……」
肩まで浸かると、いままで張り詰めていた神経が、ゆっくりとほどけていくのがわかった。
湯気に包まれながら、ぽつりと呟く。
「戦闘も……神様との遭遇も、そりゃあ疲れたけど……やっぱり、謁見の間でのやり取りが一番疲れるよ。庶民には、ああいう空気がいちばんキツいってば……」
そう言って、ぷくっと頬をふくらませると、湯の中で足をばしゃりと揺らす。
「……はぁ、でも、これでちょっとは生き返ったかも」
湯面に浮かぶ花弁が、その動きに合わせてふわりと揺れた。
ニャルディアが、静かに髪を梳き、優しくマッサージを施してくれる。
「ユズハ様、少し痩せたにゃ」
「お肌の調子は良いにゃ。だけど、今日は早く休むにゃ」
そこに、柚葉の髪を梳いているニャルディアを羨ましそうに見ながら、別のメイドの子が入ってきた。
「お茶もご用意しております。お好みは、ラベンダーとカモミールのブレンドでよろしいですか?」
「うん、ありがと……ほんと、癒される……」
目を閉じれば、あの激戦の記憶が、ほわりと溶けていくようだった。
けれど――
(……伝えなきゃ。あたしの、秘密と……この気持ち)
湯から上がり、ふわふわのガウンに身を包んだ柚葉は、鏡の前でそっと髪を整える。
頬に触れる指先が、ほんの少しだけ震えていた。
(ルシエルに……これだけは、ちゃんと伝えなきゃ)
月光が差し込む廊下を、その小さな背中が、ゆっくりと進んでいく。
決意を胸に、柚葉は静かに、ルシエルの部屋の扉の前に立って軽くノックをする。
すぐにルシエルの部屋の扉が、静かに開いた。
「ルシエル、ちょっといいかな……」
湯上がりの柚葉が、そっと顔を覗かせる。
髪はふんわりと整えられ、頬は湯の余韻でほんのり桜色。
メイドモードのニュアディアとメイドたちが、それは丁寧に仕上げたその姿は、まるで月明かりに舞い降りた天女のようだった。
ルシエルは、思わず目を見張る。
「……綺麗」
「えっ?」
「いや、ほんとに……綺麗。まるで天使かと思ったよ」
「~~っ!? な、なに言ってんのよ、もうっ!」
柚葉は顔を真っ赤にして、思わず両手で頬を覆った。
「そ、そんなこと言われたら、恥ずかしいよ……」
ルシエルは、くすりと笑いながら、その照れた様子を愛おしそうに見つめる。
「で……なんか、決意を秘めた顔してるけど。どうしたの?」
その言葉に、柚葉の表情がふっと引き締まる。
「……あのね、ルシエル。ちょっと、言わなきゃいけないことがあって……」
「うん?」
「えっと……その……あたし……」
言葉が詰まり、視線が泳ぐ。
けれど、逃げるわけにはいかない。だから、柚葉はぎゅっと拳を握って――
「実は……あたし、ルシエルより年上なの! 二十三歳なの!!」
一気に言い切ったあと、柚葉は目をぎゅっと閉じた。
「ずっと言えなかったの、ごめん……! いやになった? 嫌いになった……?」
沈黙。
ルシエルは、何も言わずに柚葉を見つめていた。
その視線に、柚葉の心臓がドクンと跳ねる。
(やっぱり……引かれたかな……)
しかし――
ルシエルの表情が、ゆっくりと、やわらかくほどけていく。
その瞳に浮かぶのは、驚きでも困惑でもなく――どこまでも、あたたかな光だった。
ルシエルの表情は、やわらかな笑みに包まれていた。
「うん。実は、そうじゃないかなって思ってたよ」
「……えっ? ええっ!? なんでっ!?」
柚葉が目をまんまるにして、思わず声を上げる。
ルシエルは、くすっと笑いながら、どこか懐かしそうに目を細めた。
「ユズハが、慈光院で子どもたちと一緒に料理やお菓子を作ってるのを見たとき――ああ、この人は、きっと長く誰かのために生きてきたんだって、確信したんだ」
柚葉は、ぽかんと口を開けたまま、言葉を失っていた。
ルシエルは、少しだけ視線を逸らしながら、ぽつりと続ける。
「……それに、アンバリーフをあやしてる時のユズハ、すごく……母性が、というか……」
その頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「……あ、あれはちょっと、反則だった……」
「な、なにそれ……!?」
柚葉も思わず顔を真っ赤にして、湯上がりの熱がさらに上がった気がした。
「それにね、最初は……ユズハって、エルフの血を引いてるのかなって思ってた」
「えっ、なんでまた?」
「だって、肌も髪も綺麗だし、仕草もどこか優雅で……それに、時々すごく長い時間を生きてきた人みたいな目をするから」
「そ、そんな大げさな……!」
「でも、今ならわかるよ。それは、柚葉がしっかりと生きてきた証なんだって」
ルシエルの声は、まるで春の風のようにやさしくて、柚葉の胸の奥に、そっと染み込んでいった。
彼は、ふと思い出したように言った。
「それにね。六花のアウロアさん、いるでしょ?」
「うんうん、あのめっちゃ綺麗な、なんかこう……華やかで、これぞエルフ!って感じの人だよね」
柚葉が手振りを交えて言うと、ルシエルはくすっと笑ってから、少しだけ首をかしげた。
「じゃあ、ユズハ。あの人、いくつぐらいに見える?」
「えー? 見た目は二十代後半くらい? でもエルフだから、意外と百歳とか……? ははっ、さすがにそれは言いすぎか~」
「正解は――五百歳超えてるらしいよ」
「……は?」
柚葉の思考が一瞬でフリーズする。
「ご、ひゃ……えっ!? ごひゃく!?五百って、あの……五百年!? 半世紀!?」
「うん。しかもね、あの人、オーヴェンス大賢者の息子さんと結ばれて――リディアーヌ聖女の母上を産んでるんだ」
「…………」
柚葉の顔が、ぽかんと固まる。
「……え、えっと……つまり……リディアーヌ聖女様って、アウロアさんの……?」
「孫にあたるんだよ。本人は知らないけどね」
「…………」
柚葉、完全に思考停止。
「……ちょっと待って。本人も知らないことを……なんでルシエル知ってるの?」
ルシエルは、にっこりと微笑んだ。
「ふふっ、なんでだろうね」
「こわっ!? なにその笑顔!? こわいこわいこわいっ!!」
柚葉がぷるぷる震えながら後ずさると、ルシエルは楽しそうに笑った。
「冗談だよ。……半分くらいはね」
「半分!? どっちが冗談なの!? ねぇ、ルシエル!?!?」
そんなふたりのやり取りに、夜の離宮には、明るく朗らかな、ゆったりとした空気が流れていた。
読んで頂き、ありがとうございます!次話にて最終話となります。
※新作を投稿しています。よければ、こちらも読んで頂ければ、幸いです。
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