第13話(前パート) 模型神さまの贈り物――趣味女子と光の王子の神装戦記
胸の奥で、何かが――弾けた。
記憶の底が光り、そこに浮かぶのは夜通し机で組み上げた“あの模型”。
金と白のパーツを磨き、細部まで魂を込めて塗装した、天使をモチーフにした 1/10 スケールの “神聖なるクロス”。
あの時の胸の高鳴りが、今――異世界の夜に重なる。
「……そうだ……あたし、大好きだった……あのキャラに……! 憧れて、憧れて……心を込めて作ったんだ……!」
つぶやいた瞬間――柚葉の掌が、夜を焼き切るほどの光を放った。
床一面に光があふれ、魔法陣が多層構造で展開する。
白金の紋様が幾重にもかさなり、歯車と羽根の文様が回転。まるで“聖”と“機械”が世界の根底で接続を開始したかのようだった。
空気が振動し、揺れ、震える。
「――模型神よ! どうか……この想いに応えて……! “あのカタチ”を、もう一度ここに!!」
世界が軋む。
空間が裂ける。
見えない歯車が回転するような重低音が響き――光の裂け目から、煌めく翼の影が姿を現した。
金属の歌。
歯車の咆哮。
神話と科学の光が混じり合い、そこから一体の“神装”が現界する。
翼をたたえた黄金の鎧――
柚葉がこの世界へ来る前、ひとりで完成させた“神装モデル”そのままの姿で。
「な、なんだこれは……!?」
瞬間、ルシエルの蒼い瞳が大きく見開かれた。
だが、ただの驚きではない。
光をまとって浮かぶ“それ”を見上げる彼の表情には、言葉にならないものが揺れていた。
――まるで、胸の奥を直に掴まれたような。
この世界に来て間もない柚葉が、不安で泣きそうになりながらも、それでも誰かのために作った“神装”。
その姿を、ルシエルは見たことがなかった。
だからこそ、理解してしまった――これがどれほどの想いで形づくられたものか。
蒼い瞳が、微かに震える。
「……ユズハ。これを……ボクのために……?」
掠れるほどの声。
胸に迫る感情が隠しきれず、息が乱れる。
自分のために、命を削るように祈って、願って、想いを注いだ存在が――こんなにも眩い形で目の前にある。
その事実が、彼の心を深く打ち抜いていた。
「ルシエル! これ……っ、これを――あなたに装着してほしい!!」
叫んだ瞬間、神装は空中で弾け、無数の光のパーツへと変わった。
光の欠片が旋風となってルシエルを包み込む。
白金の羽根が舞い、彼の足元に輝く魔法陣が三重に展開する。
胸甲が形成され、肩当てが光で組み上がり、蒼金の翼が背に展開する瞬間――爆発するような白金光が部屋を満たした。
剣もまた再構築され、刃の上に“聖紋”が走り、光の炎が刀身を包む。
その姿は――まるで神話の大天使が降臨したかのようだった。
「……神装《セラフィック・レガリア・大天使モード》――起動」
ルシエルの声は穏やかで澄んでいるのに、その響きは世界の理に干渉するように重く、美しく響いた。
蒼金の翼が広がると同時に、風が爆ぜる。
床の破片や闇の霧が一瞬で吹き飛び、ルシエルの周囲に“光輪”が三つ浮かび上がった。
その姿に、柚葉は息を呑む。
――美しいなんて言葉じゃ足りない。
――神話よりも、理想よりも、想像よりもずっと……。
「これが……ユズハの“想いの形”か」
彼は微笑んだ。
その笑みはあまりにも優しく、その光はあまりにも強く――世界を照らす“希望”のようだった。
柚葉は震える胸元にそっと手を添えた。
ルシエルの装甲に刻まれた紋章――自分の鼓動とまったく同じリズムで光脈を打っている。まるで二つの命がひとつに重なったように。
「一緒に戦おう! ルシエル!」
「――ああ。君が作ってくれた、この鎧で……ユズハを必ず護る!」
六枚の金翼が“爆ぜる”ように広がり、戦闘の余波で吹き飛んだ屋根の向こうに広がる夜空に神々しい裂光が走った。
その光に照らされ、グレイヴの頬が愉悦に歪む。
「くはっ……! いいねぇ、いいねぇ! その輝き……やっぱアンタら最高じゃねぇか……!」
狂気そのものの舌なめずり。次の瞬間、地面が黒く泡立つ。
「させるかよォッ!! 断罪乃影刃――!!」
影が咆哮し、無数の牙となって夜空を食い破る。
月の光すら闇に呑まれるほどの圧。
けれど――
「……遅い」
ルシエルの足元で光が弾け、彼の姿が掻き消えた。
次に見えたのは、影の群れの“向こう側”。
一閃。
ただの速さではない――“存在する前に斬られていた”と錯覚する神速。
斬撃の軌跡が金色の残光となって夜空に曲線を描き、闇が一瞬で吹き飛ぶ。
熱を帯びた風が柚葉の頬を撫で、金の羽片が舞い落ちる。
「神の祝福……いや、もっとだな」
舌打ちしながら、しかし瞳だけは爛々と輝く。獲物を見つけた獣の、恐ろしいほど嬉しそうな光。
「こんな強ぇやつとやり合えるなんざ……ッ 最高にキマってんじゃねぇか、王子サマよぉ!!」
グレイヴの影が再びうごめき、狂気の熱が戦場を満たす。
爆ぜる光と闇。
その中心で、グレイヴが舌を濡らすように唇を歪めた。
「……はぁ……ははっ……やっぱテメェは、俺を本気にさせる……ッ!」
彼の足元から影が噴き上がり、荒れ狂う炎のように身体を包み込みはじめた。




