第111話 星降る祈りが巨人をほどき、反撃は完成する
――これで、揃った。
神獣。
聖女。
神装の守護者。
武神の侍。
地雷をまとう魔法少女。
そして――獣と鋼の魂を持つ守護者たち。
アンバーリーフの思念が、静かに全員へと流れる。
――今なら、可能だ。
――“壊さずに、切り離す”。
――子どもたちを、取り戻せる。
虚邪の巨人が、低く唸り声を上げる。だが、その前に立つ者たちの背中は、もはや微塵も揺らいでいなかった。
これは、ただの迎撃戦ではない。命を盾にした絶望を、構造から否定する戦い。
そして今――反撃の合図が、静かに鳴り響こうとしていた。
虚邪の巨人が、吼えた。
それは声ではなかった。瘴気と呪詛が絡み合い、空間そのものを軋ませる――“存在の咆哮”。
その胸部、溶け合った黒泥の奥で、子どもとシスターたちとの気配が、微かに、しかし確かにうごめいていた。
完全には取り込まれていない。
「……間に合う。まだ、完全融合じゃない」
ルシエルの神装が、淡く光を強める。《セラフィック・レガリア・大天使アークエンジェルモード》。
純白と金の装甲が展開し、背中の六対の光翼が、静かに広がった。
その腕の中に、柚葉がいた。
彼女の呼吸は浅く、肩が小さく上下している。
四人もの神装を同時に構築し、さらに戦況を読み、解析し、支援を続けてきた代償は、確実に彼女の身体を蝕んでいた。
額には汗が滲み、指先はかすかに震えている。
それでも、柚葉は立ち止まらなかった。その瞳には、まだ消えぬ光が宿っていた。
「……ルシエル……」
その声は、かすれていた。だが、確かに届いた。
ルシエルは、そっと彼女の肩に手を添える。その手は、戦場にあってなお、温かかった。
「大丈夫。君の祝福は、ここに届いてる。ボクが、道を繋ぐ。だから、少しだけ――休んで」
その言葉に、柚葉はゆっくりと頷いた。まぶたを閉じ、深く息を吸い込む。
怖くないと言えば、嘘になる。身体は重く、意識も霞みかけている。
けれど――
恐怖よりも強い想いが、胸にあった。
(助けたい……! この場所を、慈光院を……みんなを……!)
その願いが、再び光となって、ルシエルの翼へと流れ込んでいく。
そして、戦場に――静かなる“反撃の光”が、再び灯された。
その時――
アンバーリーフの思念が、戦場全体を満たした。それは言葉ではなく、光と共鳴する“意志”の波動。
――今だ。
――核は、胸部中央。
――瘴気の渦の“継ぎ目”を断て。
その瞬間、空気が変わった。
「了解にゃッ!!」
ニャルディアが、地を蹴る。キャットアーマーの脚部が火花を散らし、その身は視認不能の速度で加速した。
逆関節がしなり、空気を裂くように跳躍。巨人の膝関節へ、斜め下からクローが叩き込まれる。
「シャァァァァッ!!」
金属と呪肉が裂ける、甲高い音。巨人の体勢が、わずかに傾ぐ。
その隙を逃さず――
「今だァァ!!」
ブレンナが、吼えた。
《フォージド・コロッサス》の魔導炉が、唸りを上げる。全身の装甲が赤熱し、蒸気が噴き上がる。
「――全出力、解放ッ!!」
右腕の巨大ハンマーが、唸りを上げて振り上げられる。それは“叩く”というより、“落とす”という表現がふさわしかった。
ゴガァァァン!!!
慈光院の庭を中心に、放射状の衝撃波が走る。地が裂け、瘴気が吹き飛び、巨人の上半身が大きく仰け反った。
その瞬間――
「――参るでござる!!」
ヒジカタが、跳んだ。
甲冑型バトルスーツの推進機構が点火し、人の身ではあり得ぬ高度へと舞い上がる。
空中で、静かに刀を抜く。
その動きは、まるで儀式のように美しく、無駄がなかった。
「――誠の剣、虚を断つッ!!」
一閃。
光を帯びた斬撃が、巨人の胸部を正確に切り裂く。
その刃は、瘴気の流れを見極め、“継ぎ目”を断ち切るためだけに振るわれた。
そして――
「――マギア・リリア、追撃いっきまーす♪」
リリアが、指を鳴らす。その声は、戦場に似つかわしくないほど明るく、しかし確信に満ちていた。
「《分解式・概念遮断フィールド》――展開!」
魔法陣が、幾重にも重なりながら空間に浮かび上がる。
星とリボン、幾何学と呪文式が融合した魔法陣が、巨人の胸部へと収束していく。
瘴気の“結合構造”が、解析され、分離されていく。まるで、存在そのものが“ほどかれて”いくかのように。
仲間たちの力が、今ひとつの点に集束し――虚邪の巨人の“核”へと、確実に迫っていた。
「今! 中、見えるにゃ!!」
ニャルディアの声が響く。
裂けた瘴気の奥――黒く脈打つ“核”に絡め取られた子どもたちの姿が、かすかに、しかし確かに浮かび上がっていた。
「――行く!!」
ルシエルが、翼を打つ。
六対の光翼が、夜空を裂く流星のように輝き、その身を光の軌跡と共に、巨人の胸部へと突入させた。
そして――
神装の腕に抱かれたままの柚葉を、そっと前へと差し出す。
「ユズハ。今だ。君の想いを、届けて」
柚葉は、胸元で手を重ねた。その指先はかすかに震えていたが、その瞳には、揺るぎない光が宿っていた。
「……聞いて。お願い……戻ってきて……!」
その声は、決して大きくはなかった。けれど、確かに“届く”力を持っていた。
「あなたたちは、ここに居ていい。怖いなら、泣いていい。でも――連れていかれなくていい!」
その瞬間――
柚葉の身体を、柔らかな光が包み込んだ。
模型神としての“構造を理解する力”に、星降る聖女としての“祈りを届ける祝福”が重なり合う。
それは、形なき神の模倣ではない。人の想いを、恐れを、願いを、“奇跡”という名の構造に変換する、純粋な加護。
彼女の背後に、星々の軌跡が広がる。
夜空を模した光のヴェールが、戦場に降り注ぎ、その中心に、柚葉は静かに立っていた。
ルシエルの光の加護と共鳴し、二人の願いが織りなす巨大な聖域のまゆが、虚邪の巨人の胸部を包み込むように広がっていく。
それは、破壊のための力ではなかった。“還す”ための、優しくも揺るぎない意志。
そして今――その祝福が、子どもたちの心に届こうとしていた。
ガルディウス、ヒジカタ、リリア達が出会う短編となります。お時間のあるときにでも、こちらも読んでいただけたら幸いです。
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