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モケジョの異世界聖女ライフ ~模型神の加護と星降りの巫女の力に目覚めた私~光の王子の距離感がバグっているんですが!  作者: Ciga-R


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第11話 王都への途上――近すぎる距離、遠すぎる鼓動と月下の影



 馬車のゆるやかな揺れが、まるで眠りを誘う子守歌のように身体を包みこんでいた。


 窓の外には、穏やかな丘がどこまでも続き、淡い光を受けた草原が風にゆれる。


 空は深く澄み、ぽつりと浮かぶ白い雲が、ゆっくりと流れていく。


 柚葉は、ルシエルと肩を並べて座っていた。


 王都までは三日の道のり――けれど、その長さよりずっと胸をざわつかせるものがある。


(……ち、近い……! 近すぎるよ……!)


 隣から伝わる体温が、馬車の揺れよりも心臓をゆさぶる。


 肩が触れるたび、胸の奥でふわっと何かがはねた。


「……ねえ、ユズハ。顔……少し赤いよ? もしかして……具合、悪い?」 


 ルシエルの声は、気づかう色がにじむほど穏やかで優しい。


「な、なんでもないですっ! 本当に大丈夫ですからっ……! これが……普通です!」


 柚葉は勢いよく背筋を伸ばした。


 すると横で、ルシエルがふわりと息を漏らすように笑った。


 その笑いはあたたかくて、光の粒がこぼれるみたいに柔らかかった。


「……この国ではね、隣に座る人との距離が近いほど……“信じてる”って意味になるんだ」


「そ、そうなんですか!? 聞いたことないですけど!?」


「うん。本当に」


「ぜ、絶対うそですよね!? そんな顔してます!」


 ルシエルは、少し照れたように、視線を窓の外へそらした。


「……ボクが君の近くにいたいって……ただ、それだけなんだけどね」


「っ……!?」


 その言葉があまりにも静かに、やさしく響くものだから、心臓の鼓動が一気にはねあがった。


「……君ってさ、驚くとすぐ目が大きくなるんだね。かわ……いや。なんでもない」


「言いかけましたよね!? なんでもないって、絶対なんでもないじゃないですよね!?」


 ルシエルは肩をすくめて、けれどどこか楽しそうに微笑む。


「ふふ……君は、ほんとうに見ていて飽きないよ。……隣にいるだけで、こんなに温かい気持ちになれるなんて、知らなかった」


 やめてください。


 そんな声と微笑み、近くで聞かされたら――まともに息ができません。


 馬車は静かに揺れながら、二人の距離をそっと縮めていくように進んでいった。


 朝の光が差し込み、ルシエルの金髪がほのかにゆれる。その横顔は、まるで神話の肖像画みたいに美しかった。


「……あの、ルシエル」


「うん?」


「どうしてそんなに優しいんですか」


 自分でも驚くほど素直な声が出た。


 彼は少し驚いたように目を瞬かせ、それから静かにこたえる。


「優しくしてるわけじゃないよ。君を見てると――守りたいって思うだけだ」


「……っ」


 また距離が近づいた。


 風の音さえ、遠のくように感じる。


 柚葉は思わず視線を逸らした。


「そんな目で見ないでください。……心臓が落ち着かなくなります」


「そうか。じゃあ……見ない代わりに、手を握ってもいい?」


「えっ!? な、なんでそうなるんですかっ!?」


「怖くないように。王都へ行く途中、いろいろあるかもしれないから」


 穏やかな声。


 けれど、言葉よりも先に――あたたかい手が、そっと柚葉の手に触れた。


 柔らかくて、優しくて、まるで光が形を持ったようなぬくもりだった。


(……だめだ、ほんとに心臓止まる)


「……ありがとう。けど、ルシエルこそ、怖くないんですか?」


「怖いよ。でも、君が隣にいるなら――少しは強くなれる」


 その一言に、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。


 馬車の中の空気が、春の陽だまりみたいにやわらかくなっていく。


 ――その瞬間。


 車輪ががたんと揺れ、柚葉の身体が大きく傾いた。


「きゃっ――!」


「っ……!」


 支えるように伸ばされたルシエルの腕が、彼女の腰を抱きとめた。


 距離は、息が触れるほど近い。


 胸の鼓動が、彼の胸板越しに伝わる。


「……ごめん、痛くなかった?」


「だ、大丈夫ですっ。というか……近い、です……!」


「そうだね。……もう少し、離れたほうがいい?」


「そ、そう言いながら離れないのは反則です!!」


 ルシエルが少し照れたように笑い、そっと彼女を離す。


 その笑顔が、どうしようもなくやさしかった。


 ――世界がほんの少し、眩しく見える。



【月下の影――「狩人の眼」】


 夜。


 王都の手前、ルシエル派の貴族領――エルヴァン伯の別館。


 風が庭木を揺らす。屋敷の明かりが落ちた夜の帳に、ひとつの影が屋根の上に腰を下ろしていた。


 グレイヴ・ナイトウォーカー。


 薄茶の乱れ髪、陽焼けした頬。金の片耳ピアスが月光に鈍く光る。一見軽薄な遊び人のようだが、その眼光だけが獣のように研ぎ澄まされていた。 


「ふっ、面白ぇじゃねぇか……甘々な光の王子サマが、黒髪の娘を守りきれるか......くくっ楽しみだねぇ」


 指先には、闇に溶け込むナイフと呼ぶにはあまりに武骨な凶器を弄びながら、唇の端を吊り上げる。


第一(こおりの)王子サマも神殿の連中も様子見していやがる。だったら、俺が先に“現物”を確かめてやるさ。旦那ガルディウスもさぞかし気に入るだろうよ」


 月明かりが、彼の頬を撫でる。


 その笑みは、冷酷と好奇心のあいだで妖しく光った。


 足元の影が、ざわりと揺れる。


 次の瞬間、彼の身体がふっと闇に溶けた。


 音もなく、空気が裂ける。


 月光の隙間を縫うように、影が滑り落ちていく。


「さぁ、動くぞ……標的は“黒髪の娘”だ。優しく、な……死なねぇ程度にな......その異形の破壊と再生の力で少しは楽しませてくれよ」


 金のピアスが月光を反射する。


 風が止み、夜が息を潜める。


 死の匂いと笑みを混ぜた、異形の狩人が、ルシエルと柚葉の静かな夜に忍び寄る。



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