第109話 その神は創らず、壊さず、組み替える、仲間を最適解へ導く存在
胸の奥が、熱を帯びた。それは炎ではなく、光でもない。もっと根源的な、“構造”そのものへの共鳴。
(……これは)
柚葉の足元に、淡い光が広がる。
地面に浮かび上がったのは、見覚えのある幾何学模様――それは、かつて彼女が夢中で組み上げた、
苦労して諦めて、でも諦め切れず最後まで造りきった模型たちだった。
無数の線が交差し、円が重なり、まるでプラモデルのランナーが幾重にも編み込まれたような、精緻で、無駄のない構造体。それは“創造”ではなく、“理解”と“再現”の象徴。
「……これ……」
柚葉が、呆然と呟く。その声に、アンバーリーフの思念が揺れた。
――神性反応。だが……これは……
――創造ではない。理解と再現……“模型神”の系譜……!
光が、柚葉を包む。
それは、破壊の光ではなかった。世界の構造を読み解き、“どう在るべきか”を見極めるための、静かな加護。
彼女の背後に、無数の“パーツ”が浮かび上がる。
それは剣でも盾でもない。だが、確かに“戦うための意志”を持った構造体。
柚葉の瞳に、迷いが消える。
その手が、空中に浮かぶパーツの一つに触れた瞬間――世界が、わずかに“組み替わり”始めた。
「ユズハ……!」
ルシエルが、はっと息を呑む。
彼の内に眠る光の加護が、共鳴するように震えた。
それは、かつて何度か感じたことのある“光”――柚葉の神性が、今まさに顕現しようとしていた。
「ルシエル、お願い! あたしと一緒に……あの時みたいに戦って!」
柚葉の声が、空間に響く。その叫びは、願いではない。“共に在る”ことを信じる、確かな意志だった。
その瞬間――
彼女の背後に浮かぶ構造体の一部が、まるで意志を持つかのようにルシエルへと滑るように飛来し、彼の身体を包み込んだ。
光が爆ぜる。
空間が震え、風が逆巻く。
そして――
ルシエルの背に、あの日と同じ、純白の光翼が展開した。六対の翼が、天へと広がる。その羽ばたきは、まるで天界の鐘の音のように、戦場の瘴気を一瞬で押し返した。
「――神装、起動」
静かなる宣言。だが、その声は空間の隅々にまで響き渡った。
「《セラフィック・レガリア》――大天使」
白銀の装甲が、光の粒子となって編み上がっていく。
胸部には聖紋が刻まれ、額には天使の印が浮かび上がる。その姿は、まさに“慈愛と裁定”を体現する、守護の最高位形態。
光翼が羽ばたくたびに、瘴気が裂け、戦場に一筋の道が開かれていく。
「……子どもたちを、ボクも助ける」
その声には、迷いがなかった。ただ、揺るぎない決意と、守るべき命への誓いがあった。
柚葉の瞳が輝く。
彼女の神性が描き出した“模型”の中で、ルシエルという存在が、最も美しく組み上がった“希望のパーツ”として輝いていた。
次いで、柚葉が一歩、ヒジカタの前へと進み出る。
「ヒジカタさん……その刀、少しだけ貸してもらえますか?」
その言葉に、ヒジカタはわずかに目を細めた。
腰に帯びた二振りの剣――どこか“刀っぽい”だけの、質量はあるが、刃は鈍い未完成な武器。
しばしの沈黙ののち、ヒジカタは静かに頷き、その二振りを柚葉の手にそっと預ける。
柚葉は、両手でそれを受け取った。まるで、何か大切なものを抱くように。
「……ありがとう。ヒジカタさん、あたしの“想い”を受け取って。これは、ただの模型じゃない。“本物の刀”にするための侍の想い」
その言葉に、ヒジカタの瞳が大きく揺れる。
柚葉は、かつて模型作りの参考にと、何度も刀匠の工房を訪ねた。
鍛錬の音、焼き入れの瞬間、刃文の揺らぎ、そのすべてを目と耳と心で記憶し、やがて彼女は、近未来的なバトルスーツを装着する“侍”のフィギュアを作るため、何度も刀を観察し、分解し、再現してきた。
ただ“それっぽく”ではなく、“本物の魂”を宿すために。
柚葉の手が、二振りの剣にそっと触れる。
その瞬間――模型神としての加護が発動した。
光が走り、構造が再構築され、鈍く曇っていた刃が、まばゆい銀光を放ち始める。
刃文が浮かび、鍔が鳴り、本物の刀匠が鍛え上げたかのような、二振りの“真の刀”が、そこに現れた。
「……これが、あたしの“再現”の響き。あなたのために、想いを込めて作った刀だよ」
ヒジカタは、そっとその柄に手を伸ばす。
その手が震えていたのは、刀の重みではなく――柚葉の想いの深さに、心を打たれたからだった。
続いて、ヒジカタの身体を、蒼白い光が包み込む。
羽織が粒子化し、風に舞い――現れたのは、和式甲冑を模した近未来的バトルスーツ。
胸部には、菊紋を思わせる制御核が輝き、四肢には、居合動作を最適化する駆動機構が組み込まれていた。
それは、侍という存在の“理想”を、未来の技術と神性で再構築した姿。
ヒジカタは、静かに刀を受け取る。
その手に伝わる重みと、刃の“鳴らぬ静けさ”に、彼は目を見開いた。
「……重心が、違う。刃が……鳴らぬ……」
それは、これまで彼が手にしてきた“代替品”とはまるで異なる。
“それっぽく”作られた模造ではない。
侍としての力を、百パーセント以上に引き出すために設計された、まさに“真の刀”。
「……こ、これが……真の刀……こ、これこそ、侍の持つ――至高の一品……!」
その声は震えていた。だが、それは畏れではない。魂が、歓喜に打ち震えていた。
「剣は、斬るためだけのものに非ず。守ると決めたものの“外側”だけを――斬るでござる」
ヒジカタが、静かに刀を抜く。
その一閃は、まだ振るわれていないのに、空気が張り詰め、瘴気がわずかに後退した。
柚葉の模型神としての“理解”と、ヒジカタの侍としての“信念”が、今ここで、ひとつの“剣”として結実した。




