第104話(後パート) 神の心臓が晒された時、英雄と狂信の最終決戦が始まる
その瞬間――
「ここはなァ……てめぇの寝言を垂れ流す演説会場じゃねぇんだよォ!!」
怒声が、地下空間を震わせた。それは、ただの怒りではない。命を弄び、理屈で正当化する者への、魂の底から湧き上がる“怒り”だった。
「てめぇのその腐った哲学、誰も聞きたかねぇって言ってんだ……!いいかげん、その減らず口を止めろォ!!」
ガルディウスの咆哮が、まるで雷鳴のように響き渡る。
その手に握られた魔剣《グリム=バルムンク》が、唸りを上げながら鬼気を放ち、空間の歪みすら切り裂くように、黒炎の軌跡を描いた。
そのガルディウスの前に、静かに立ちはだかる影――それは、闇に堕ちたかつての王子、ヴァルガ=ヴァルハイト。
その瞳に宿るのは忠誠ではない。
あるのは、かつて自らを見捨て、蔑み、切り捨てた王国への深い憎悪と、その王国を滅ぼすための“頭脳”を守るという冷徹な判断。
「……こいつが倒れたら、王国を壊す手が鈍る。だから、ここは通さない。それだけだ」
その声は、鉄のように重く、感情を削ぎ落とした理の響きを持っていた。
ガルディウスは、カディスの前に立ちふさがるその姿を見据え、怒りに満ちた瞳を細める。
「てめぇ……そんなもんのために、あいつを庇うってのか……!」
魔剣《グリム=バルムンク》が、怒気に呼応するように黒く脈動し、刃先から鬼気が噴き上がる。
「だったら――その薄汚ぇ理屈ごと、叩き斬ってやる!!」
怒りと冷徹、激情と計算。
交わることのない二つの意志が、いま、火花を散らしながら激突しようとしていた。
しかし、そこに立つその姿は、もはや“過ぎ去りし日の忘れられた王子”ではなかった。
かつてのひ弱さも、迷いも、微塵も残っていない。
虚邪を取り込み、異形と化したその肉体は、禍々しい鎧に包まれ、軋むたびに黒煙を撒き散らしていた。
その手に握られた剣は、まるで死そのものを凝縮したような闇を封じ込めており、抜かれた瞬間、空気が悲鳴を上げ、空間が軋んだ。
「兄上の……息子と、その仲間たちか。光をまとい、自分勝手な正義を語る者ども」
その声には、もはや人の温度はなかった。
冷たく、乾ききった響き。そこに宿るのは、ただ“壊す”という意志のみ。
「お前たちが守る世界は、儚なすぎる。だから、俺が壊す。王国を、記憶ごと――無に帰すために」
その言葉は、呪詛ではなかった。
ただの宣告。過去に捨てられた者が、未来ごとすべてを断ち切ろうとする、静かな歪んだ決意。
そして――
激突。光と闇が、ついに交差する。
神の心臓を巡る、最後の審判が、今、始まった。
ガルディウスの魔剣《グリム=バルムンク》。“神殺し”の異名を持つその刃が、深紅の残光を引きながら唸りを上げ、空間を裂くように振り下ろされる。
その一撃は、神性すら断ち切る“否定”の力。常識も理も、すべてを粉砕する暴威の一閃。
だが――
ヴァルガは、その軌跡を正確に捉えた。彼の手にあるのは、虚邪の核を宿した黒剣。死そのものを凝縮したような、禍々しき魔剣。
その刃が、音もなく振るわれ、《グリム=バルムンク》の一撃を受け止める。
刃と刃が噛み合った瞬間、空間が軋み、重力が歪む。
衝撃波が床を砕き、地下空間に亀裂が走る。
聖機の光が、脈打つように激しく明滅し、空間の結界が悲鳴を上げる。
「へへっ……いいじゃねぇか、叔父貴よ……!」
ガルディウスの口元が、獣のように吊り上がる。
その瞳に宿るのは、破壊ではない。ただ純粋な“戦い”への渇望。
「その目……その剣……! オレの血が、うずいて仕方ねぇんだよッ!!」
再び、剣が交差する。
《グリム=バルムンク》が唸りを上げ、ヴァルガの黒剣が闇を引き裂く。
一撃ごとに、空間が悲鳴を上げ、魔力の奔流が爆ぜ、光と闇の残滓が火花のように散る。
それは、もはや戦闘ではなかった。
魂と魂のぶつかり合い。信念と怨念、誇りと憎悪が交錯する、“存在”そのものを賭けた激突だった。
そして――その戦いの中心。神の心臓となることを抗い続けるリディアーヌを収めた棺の中で、呪われた神の楔 《アバドン・スパイク》は、静かに脈動を続けていた。
再び、剣が交差する。《グリム=バルムンク》が唸りを上げ、ヴァルガの黒剣が闇を引き裂く。
一撃ごとに、空間が悲鳴を上げ、魔力の奔流が爆ぜ、光と闇の残滓が火花のように散る。
だが――その応酬は、まだ“序章”にすぎなかった。
「見せてやるよ……これが、オレの“本気”だッ!!」
ガルディウスが地を蹴る。
その瞬間、彼の全身から深紅の魔力が噴き上がり、《グリム=バルムンク》が咆哮するように震えた。
「《神断・紅蓮葬》ッ!!」
振り下ろされた剣が、空間を裂く。
深紅の斬撃が幾重にも重なり、まるで神の血脈を断ち切るかのように、空間そのものを焼き尽くしていく。
だが――
「遅い」
ヴァルガの声が、闇の中から響いた。その姿は、すでにガルディウスの背後にあった。
「《虚哭・黒葬刃》」
黒剣が振るわれた瞬間、空間が沈黙し、音が消える。
それは“死”そのものを具現化した一閃。あらゆる存在の終焉を告げる、虚無の斬撃。
ガルディウスは、黒き一閃が迫るその瞬間――すでに読んでいた。
「……見えてんだよ、そんなもんッ!!」
咄嗟に身を翻し、《グリム=バルムンク》を盾のように構える。
刃と刃がぶつかり合い、世界が軋むような轟音が地下空間を揺るがす。
だが、ガルディウスの口元は、獣のように吊り上がっていた。
「くはっはははッ!! やるじゃねぇか、叔父貴!! やっぱりてめぇも、ヴァルハイトの血を継いだ“戦う漢”ってこった!!」
その声は、怒りではない。
歓喜。
戦いの中でしか見えない“本質”を見つけた者の、純粋な興奮だった。
「そんな力があるんだったらよォ――なんでそんな、しょうもねぇ虚邪なんかに堕ちちまったんだよ!!」
ヴァルガの目が細くなる。
その瞳に宿るのは、怒りでも悲しみでもない。ただ、深く沈んだ呪縛の色。
「……黙れ。お前に、俺のなにがわかる」
「わかんねぇよ! わかりたくもねぇ!! そんな、しょうもねぇ負け犬の生き様なんてなァ――オレにはマネできねぇし、する気もねぇよォ!!」
《グリム=バルムンク》が唸りを上げ、深紅の斬撃がヴァルガを襲う。
だがヴァルガもまた、黒剣を振るい、闇の奔流で応じる。
「黙れッ!!」
怒声と共に、虚無の斬撃が放たれる。だがガルディウスは、怯まない。
「自分のチカラだけで、欲しいもんを勝ち獲れ!! それが男ってもんだろがッ!!」
その叫びは、剣よりも鋭く、ヴァルガの胸を貫いた。
「……っ!」
一瞬、ヴァルガの動きが鈍る。だがその隙を突くことなく、ガルディウスは真正面から、再び剣を構えた。
「来いよ、叔父貴。てめぇが“人間”なら――まだ、出来ることがあるだろうがよ!!」
二人の剣が、再び交差し、火花が散り、空間が軋む。
だがその中心には、確かに“言葉”があった。
ぶつかり合い、削り合い、それでも届いてほしいと願う、もはや技ではない。魂の叫び。存在の証明。
そして――
その戦いの中心。
神の心臓となることを抗い続けるリディアーヌを収めた棺の中で、呪われた神の楔は、なおも静かに脈動を続けていた。
まるで、この死闘の果てを見届けるかのように――。




