表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モケジョの異世界聖女ライフ ~模型神の加護と星降りの巫女の力に目覚めた私~光の王子の距離感がバグっているんですが!  作者: Ciga-R


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/141

第98話 夢喰い蝶の残影、王都へ向かう闇、試される聖女の意志


 

 ――奇跡の余韻は、まだ村に残っていた。


 クンナ村。


 柚葉の想いが世界に届いたその地は、いまなお、淡く揺らめく光に包まれている。


 風車は、静かに、しかし力強く回っていた。その羽音は、この地に根づいた命の律動のように響き、枯れかけていた井戸は、澄んだ水を湛えている。


 村人たちの表情には、確かな安堵と、どこか遠くを見つめるような静けさが宿っていた。


 この地に満ちるのは、祝福ではない。それは、ある“力”が確かに届いたという証。


 そして――その証が、次なる扉を開くという“予兆”。


 村の外れ。《聖セラフィード大森林》へと続く獣道の手前で、ルシエルは足を止めた。


 風が、わずかに止み、空気が、静かに淀む。


 地面に残る、わずかな痕跡。草は踏み倒されていない。枝も折れていない。だが、そこには確かになにかが“通った”気配があった。


 目に見えぬ何かが、この地の気づかれぬように、それでも確かに、通り過ぎていった。


「……妙だな」


 低く、抑えた声で、ルシエルが呟く。


「魔物にしては、行動が――静かすぎる」


 通常の魔物なら、爪痕が残る。瘴気が漏れ、森の精霊たちが騒ぎ立てる。だが、ここにはそれがない。


 まるで、森そのものが、何かを“見逃した”ことに気づかぬふりをしているかのような、不自然な静寂だけが、そこにあった。


 柚葉はしゃがみ込み、そっと地面に触れた。土は温かく、指先に伝わるのは、確かな命のぬくもり。この場所には、まだ豊かな気配が息づいている。


 それなのに――


「……いる、よね」


 囁くような声。


 断定ではない。けれど、否定もできない。言葉にならない“違和”が、胸の奥を静かに打っていた。


 それは、かつて“届いたもの”を知る者だけが感じる、世界の呼吸がわずかに乱れる瞬間。


 ルシエルは一瞬、視線を落とし、言葉を選ぶように、短く息を吐いた。


「虚邪絡みの……“残滓”か」


 その言葉が落ちた瞬間、空気がぴんと張り詰める。風が止まり、森の音が遠のいた。


 柚葉の胸の奥で、何かがざわめいた。


 それは、ただの不安ではない。もっと深く、もっと古い――名のない感覚。


 ルシエルは、さらに一拍、間を置いた。


「……あるいは」


 その声は、わずかに低く、慎重に。


「意志を持った“何か”」


 柚葉が顔を上げる。その瞳に宿るのは、怯えではなく、確かめようとする光。


「……人に、近いもの……か、な?」


 沈黙が落ちる。けれど、その沈黙は、ただの静けさではなかった。


 何かが、こちらを見ている。


 まだ姿を現さぬまま、確かに、この森のどこかで。


 風が森を渡り、木々がざわめいた。まるで、その言葉に森そのものが応えたかのように。


「……行こう」


 ルシエルはそう言って、迷いなく森へと足を踏み入れた。


《聖セラフィード大森林》


 外縁部は、聖獣の加護が色濃く残る、穏やかな森だ。陽光が葉の隙間からこぼれ、苔むした地面をやわらかく照らしている。だが、数歩進むごとに、空気はわずかに変わっていく。


 音が、減っていく。


 鳥のさえずりが遠のき、虫の羽音が消え、代わりに、肌にまとわりつくような“気配”が、空気に混じり始める。


「……古い」


 ルシエルが、はっきりと言った。


「相当、古い魔術の残滓だ。今の時代の術式じゃない。これは……もっと、深い時代のものだ」


 その言葉が落ちた先。


 木々が円を描くように枯れ、地面が淡く変色した場所に――それは、あった。


 黒く、濁った光の塊。


 いや、“塊”というよりも、無数の何かが寄り集まり、形を成しているだけのもの。脈打つように、静かに、しかし確かにうごめいていた。


 柚葉の喉が、ひくりと鳴る。言葉が出ない。けれど、目を逸らすこともできなかった。


「……これ……」


 見覚えが、あった。否――正確には、“魂が覚えている”。


 胸の奥に、強烈な既視感が走る。記憶の底から、何かが這い上がってくる。


「……同じ、だ……」


 ルシエルの声が、わずかに震えた。


「これは……《虚邪の穢れの集合体》」


 その名が告げられた瞬間、柚葉の心臓が跳ねた。まるで、何かがその名に反応したかのように。


 森が、再びざわめく。風が止み、空が遠のく。


 そして、静寂の中に――何かが、目を覚ましかけていた。


「……ミルティナ」


 思わず、名を呼んでいた。その響きは、空気に溶けるように消えていく。


《リディアーヌ誓約霊》――“夢喰い蝶”ミルティナ。かつて、己の存在を賭してまで、大聖女へと“想い”を届けた霊蝶。


 目の前に蠢く穢れは、あの時と同じ“在り方”をしていた。形を持たず、意志だけが残り、世界の隙間を這うように広がっていく。


 その瞬間、柚葉の視界が、ふっと揺らぐ。


 黒い羽が舞う。なにかの声が、耳元で囁く。それは、記憶ではない。けれど、確かに“知っている”感覚。


 ――あの時、ミルティナと共にいた黒蝶の視界。その断片が、まるで夢の残り香のように、柚葉の意識に重なった。


 星雫の聖女として目覚めたことで、柚葉の魂は、かつてこの世界に触れた“記録”と共鳴し始めていた。


 それは、過去の霊たちが見たものを、感じたものを、まるで自分の記憶のように受け取る力。


「……なぜ、ここに……?」


 呟いたその問いに、答えるように――穢れが、動いた。


 黒く濁った塊が、まるで胞子のように淡く分裂し、森の奥へ、そして王都の方角へと、じわじわと流れていく。


「……増殖、している……」


 ルシエルの顔色が変わった。即座に地形を見渡し、空気の流れと魔力の脈動を読み取る。


「まずいな……このままじゃ、王都に届く」


 その声に、森の木々が再びざわめいた。まるで、何かが目を覚ましたことを告げるように。

 森の木々が再びざわめいた。まるで、何かが目を覚ましたことを告げるように。


「……これは、拙いな」


 珍しく、ルシエルの声に明確な焦りがにじんだ。その瞳が、森の奥――王都の方角を鋭く射抜く。


「この“流れ”のまま王都へ向かえば……」


 柚葉が、はっと息を呑む。


「……慈光院……」


 言葉が、重なった。


 王都の外れにある、小さな孤児院。


 セレーネが生前、心から愛し、その遺志を継いだルシエルが、今も守り続けている場所。


 親を失った子どもたちや、行き場をなくした者たちが、静かに暮らす、ささやかで温かな“家”。


 柚葉にとっても、それはこの世界で初めて“帰る場所”と呼べた、大切な場所だった。


「巻き込まれる」


 ルシエルが、低く断じた。その声音には、怒りも、焦りも、そして――決意があった。


 沈黙が落ちる。


 風が止まり、森のざわめきが遠のく。まるで、森そのものが、彼らの決断を待っているかのように。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ