第97話(前パート) 世界が選び、光が導き、運命は円環に収束する
白金の光が、なおも天を貫いていた。だが、その奔流はもはや暴力的ではない。
世界に刻みつけるための叫びを終え、今はただ――在るべき場所に還った光として、静かに揺らめいている。
その根元。
大地が割れ、古き地脈が露わになった円環の中心に、ミレフィーオは立っていた。
その前に、フィデス・イルヴァ。
彼女を守るように、半歩だけ前へ。その姿は、もはや瀕死の影ではなかった。
静かな威厳を纏い、大地と同じ呼吸でそこに在る。まるで、世界そのものが彼を通して彼女を守っているかのように。
闇は、まだ消えていない。
だが、虚邪の穢れは光に押され、円環の外周へと追い詰められていた。まるで、獲物を囲うために残された影のように。
光と闇が、いま、ひとつの円の中で拮抗している。その中心に立つ少女と、彼女を守る獣。
ふたりの静けさが、世界の均衡を保っていた。
そして――
最初に、その場へ辿り着いたのは、氷の王子だった。
空間が、ひときわ冷えた。
王家にのみ伝わる、次元を裂く短距離転移のアーティファクト。
使用には代償として“冷却の刻”――クールタイムが発生する、切り札中の切り札。
それを、迷いなく使った。
現れたアーシェスは、膝をつくことも、息を整えることもなく、ただ真っ直ぐに視線を前へ向けた。
そして――見た。
白金の光の中心に立つ、ひとりの少女を。
「……ミレフィーオ」
その名は、呼びかけというより、確認だった。
生きているか。まだ、そこにいるか。そして――彼女の隣に、イルヴァの姿があるか。
視線が交わる。ミレフィーオは、ゆっくりと振り返った。
その瞬間。
張り詰めていた何かが、ほんのわずかに、ほどけた。
「……アーシェス……様?」
声は震えていたが、立っている。逃げも、崩れもしていない。
その背に、イルヴァが静かに寄り添っている。
(……無事か。おまえも……)
契約獣としてではない。あの時から、ずっと共にあった存在。
彼の冷たい理性の奥に、唯一寄り添っていた焔。
そのイルヴァが、今も彼女を守っている。それだけで、胸の奥に凍りついていた氷が、静かに軋んだ。
「……よかった」
それ以上は、言わなかった。だが、その一言に込められた安堵は、剣よりも鋭く、確かだった。
そして、彼の中の焔が、静かに灯りを取り戻していた。
次いで――地を砕くような足音。
魔剣《グリム=バルムンク》を肩に担ぎ、ガルディウスが歩み出る。
その足取りは、まるで地そのものに確かさを刻むように、重く、力強かった。
「……ったく」
光と闇が交錯する中心を見渡し、舌打ちひとつ。
だが、その声音に怒気はない。むしろ、胸の奥に溜め込んでいた何かを、吐き出すような呼吸だった。
「どんだけ派手にやりゃ気が済むんだよ、お前は」
その口元は――笑っていた。不器用で、照れ隠しで、でも確かに、心からの笑みだった。
「……無事で、なによりだ。ミレフィーオ」
その名を呼ばれた瞬間、ミレフィーオの胸の奥に、何かが込み上げた。
懐かしくて、あたたかくて、でも涙に変わってしまいそうな感情。
「ガルディウス……兄様も……来てくれたんだ、ね」
声が震える。
けれど、彼女は必死にそれを押し留めた。今は、泣く時じゃない。
でも――
戦友だ。何度も、背中を預け合った。絶望の淵で、互いの命を託し合った。あの深淵の底で、誰よりも近くにいてくれた、大切な仲間。
そして、彼はいつだって、彼女が崩れそうになるその瞬間に、まるで当然のように、隣に立ってくれた。
「……遅れて悪かったな。けど、もう大丈夫だ」
その言葉に、ミレフィーオは小さく頷いた。
涙は、まだこぼれない。けれど、その瞳には、確かに光が戻っていた。
そして――
風が変わる。
森と岩原の境から、三つの影が現れる。
六花の金獅子。
ドルガンの重盾が地に触れた瞬間、地脈が低く応えた。
アウロアはすでに弓を構え、視線は闇の濃い方向を射抜いている。
そして、オーヴェルス。その老いた足が、ひとつ、前へと踏み出す。
視線の先――白金の光の根元に、彼女はいた。
ミレフィーオ。
その名を、心の中で呼んだ瞬間、老賢者の瞳が、わずかに揺れた。
「……立っておるな」
その声は、かすかに震えていた。
理を極めた者の声が、感情に染まる。それだけで、彼の胸にどれほどの想いが渦巻いていたかがわかる。
セレーネの血を引く孫娘が。命を賭して信じ、世界に肯定されたその姿で、ここに立っている。
「……よく……耐えたの……」
その言葉は、称賛ではなかった。
叱責でもなかった。ただ、祖父としての、あふれ出た想いだった。
その背に、長い時を生きた者の重みがあった。そして、失った者への悔いと、今ここにある命への祈りがあった。
ミレフィーオは、深く息を吸い、そして――頭を下げる。
「……来てくれて……ありがとう……ございます」
その声に、震えが混じっていた。けれど、確かに届いた。
その言葉に、六花の誰も、軽口は返さなかった。ただ、静かに、彼女の存在を受け止めていた。
影の中で、リュウゲツがその光景を見守っていることを、誰もが知っていた。
だが今は、言葉も気配も要らない。ただ、再会の奇跡を――この瞬間だけは、誰もが胸に刻んでいた。




