第96話 白金の光が運命を裂く、聖女と英雄の合流点
さらに別方向。
森と岩原の境界線――風の流れが変わったその瞬間、六花の面々が足を止めた。
最初に空を仰いだのは、重盾戦士・ドルガン。
年輪を刻んだその眼差しが、裂けた空を見上げる。
「……空が、裂けたか」
武人としての直感が、背中を強く叩く。
あれは、ただの現象ではない。戦場を幾度も踏み越えてきた者にしかわからぬ、世界の異変。
だが、それだけではなかった。
あの光――白金の奔流が天を貫いた瞬間、胸の奥に、かつての記憶がよみがえる。
(……セレーネ)
幾度も、彼の背を守った祝福の結界。
絶望の淵で、仲間を繋ぎとめた声。その祈りが、どれほどの命を救ったか、彼は知っている。
そして今、あの光に――あの祈りと、よく似た“気配”があった。
(……あの娘か。あいつの血を継いだ、あの小さな聖女候補が……)
拳を握る。その手のひらに、怒りが滲む。
(……セレーネの亡骸を穢した連中が、まだ生きてるってのが気に食わねぇってのによ……)
だが、今は怒りに呑まれる時ではない。
あの光が、彼らを呼んでいる。ならば、応えるのが“戦友”ってもんだ。
続いて、大賢者オーヴェルスが目を細め、一瞬の観察で結論を導き出す。
「魔術でも、神術でもない。――これは、世界現象だ」
その声は静かだった。
だが、その奥に潜むものは、長き沈黙の果てに燃え上がる焔。
奪われたセレーネの亡骸。そして、孫娘の命にまで伸びた穢れた手。
(……ミレフィーオ。おまえが、あの光の中にいるのか)
その名を口には出さずとも、胸の奥で呼んでいた。
あの子の命が、あの光の中で燃えているのなら――自分は、何を惜しむことがあるだろう。
(……必ず、取り戻す。おまえも、セレーネも)
その決意が、老いた瞳に宿る光を、なお鋭く研ぎ澄ませていた。
「つまり?」と、アウロアが問いかける。
その声は静かだった。
だが、その奥には、張り詰めた弦のような緊張があった。
弓魔としての感覚が、すでに臨戦態勢に入っている。
けれど、それだけではない。
あの光――白金の奔流を見た瞬間、彼女の胸に、ひとつの面影がよぎっていた。
(……セレーネ)
あの子の祝福を、何度見てきただろう。
戦場で、傷ついた仲間に手を差し伸べる姿。
誰よりも小さな背で、誰よりも大きな光を放っていた少女。
娘のように、妹のように、愛おしくて、守りたくて、それでも、いつも先に立ってしまうあの子を、どれだけ心配してきたか。
(……その亡骸を、穢すなんて……)
胸の奥に、冷たい怒りが灯る。
ハイエルフの長命の時の中で、そう何度も出会えるものではない、かけがえのない存在だった。
そして今、あの光に――あの子の祝福と、よく似た“気配”がある。
(……あの子の血が、まだ……)
「誰かが、“理に触れた”」
オーヴェルスの言葉に、アウロアはそっと目を細めた。そのまなざしは、すでに標的を定めた狩人のそれだった。
その言葉に、ドルガンが低く笑う。
その笑みには、戦士としての高揚と、かつての仲間を思う懐かしさがにじんでいた。
「ほう……面白ぇ。虚邪が逃げ腰になるほどの“聖”か」
六花の全員が、言葉なく頷く。それぞれの胸に、かつての祈りの記憶と、今の光が重なっていた。
これは敵の罠ではない。誘導でも、陽動でもない。
――救済が、爆発した。
それは、誰かが世界に触れ、世界がそれに応えた証。
リュウゲツが、静かに刀の柄に手をかける。その動きは、まるで影が息をするように滑らかだった。
「……行きますか。あの光の根元に、虚邪の核心がある」
「異論なし」
「賛成」
「面白くなってきたな」
それぞれの声が、迷いなく重なる。
六つの影が、同じ方向へと走り出す。
その足取りは、まるで運命の歯車に噛み合うように、揺るぎなかった。
そして――
アーシェスの魔導通信が、全員の耳に同時に届いた。その声は、いつも通り冷静で、揺るぎがなかった。
『光柱を確認。虚邪反応、急速減衰。座標――一致する』
即座に、ガルディウスが応じる。その声には、わずかな笑みすらにじんでいた。
『確認した。……あいつの“聖女覚醒”だな。やっとかよ』
続いて、六花の通信網から、オーヴェルスの声が重なる。
老いた声に宿るのは、静かな怒りと、深い愛情。
『あの光は間違いない。あの子だ……さて、孫娘を取り返しに急ぐかの』
一瞬の沈黙が、通信の中に落ちる。
誰もが、同じ想いを抱いていた。
言葉にせずとも、胸の奥で、ただひとつの願いが燃えていた。
そして、誰かがぽつりと呟く。
『――間に合え』
その言葉が、全員の胸に火を灯した。
それぞれの道を駆ける者たちの鼓動が、ひとつに重なる。
世界が応えたのなら――今度は、自分たちの番だった。
天を貫く白金の光は、なお消えずに在った。
それは、ただの現象ではない。
世界が放った、明確な“合図”だった。
呼んでいる。
世界が、彼らを――選ばれし者たちを、呼び寄せている。
虚邪の闇へと向かう刃。
命を信じ、光を放った聖女の祈り。そして、それを見届けた者たちの意志。
すべてが、いま――ひとつの地点へと、静かに、確かに、収束し始めていた。
運命は、合流点を定めた。
それは偶然ではなく、必然の交差。選ばれた者たちが、選び取った道の果て。
そして、次なる戦場はすでに姿を現していた。
そこに逃げ場はない。ただ、向き合うべき“核心”が、待っているだけだった。




