第95話 世界が肯定した光の座標へ、覚醒の聖女を追う剣と誓い
――大地が、鳴いた。
それは地震でもなければ、魔力の震動でもない。
もっと深く、もっと古く、世界そのものが“息を吸い直す”ような、静かで重い音だった。
ズン――。
音というにはあまりに鈍く、衝撃というにはあまりに穏やかで、それでも確かに、地の底から何かが突き上げてくる。
それは、目に見えぬ“意志”の胎動。
命の選択に応えるように、世界が、次なる鼓動を打ち始めた合図だった。
空気が震える。
大地が、ただの舞台ではなく、意志を持つ存在としてそこに在ることを、誰もが否応なく理解させられる。
そして、その音を聞いた者たちは、知ることになる。
この瞬間を境に、物語はもう、後戻りできない場所へと踏み出したのだと。
虚邪の穢れを追い、岩山の裂け目を踏破していたアーシェスは、その瞬間、まるで何かに呼び止められたかのように、足を止めた。
「……来たな」
赤褐色の大地の向こう。
視界の端で、光が立ち上がる――否、“立ち上がる”という言葉では、到底足りなかった。
それは、大地を割り、空を貫き、天へと噴き上がる白金の奔流。
雲を突き破り、星の高さにまで届くそれは、まるで世界そのものが、一本の柱を打ち立てたかのようだった。
「……なんだと?」
思わず漏れた声は、いつもの冷静さを欠いていた。
それほどまでに、その光は異質だった。
聖属性――だが、王国の聖堂に記されたどの奇跡とも一致しない。
祈りでも、儀式でもない。ただ、ひとつの意志が放たれた結果として、世界が応えたという“感触”。
(……覚醒……)
背筋を走ったのは、恐怖ではなかった。もっと深く、もっと根源的な冷たさ。
それは、理解を超えたものに触れたとき、人が本能的に覚える“畏れ”だった。
だが、その畏れの奥に、確かな確信があった。
(……あれは……イルヴァ。そして……ミレフィーオ)
名を呼ばずとも、わかった。
あの光は、あのふたりのものだ。
命を賭して信じ、信じられた者が応えた――その果てに生まれた光。
(……やはり、おまえは……)
胸の奥で、何かが軋む。
それは氷ではなかった。ずっと奥に、誰にも見せたことのない焔が、静かに揺れていた。
アーシェスは知る。あの光は、ただの力ではない。
誰かが選び、誰かが信じ、そして――世界が、それに頷いたのだ。
それは、祝福ではない。
奇跡ですらない。
それは、世界の“肯定”だった。そして、彼の心の奥底に眠っていた何かもまた、その光に呼応するように、静かに目を覚ましつつあった。
「……世界が、動いたな」
低く、けれど確かな声が、唇から零れる。
驚きではない。焦りでもない。ただ、事実を受け止めた者の静かな確信。
アーシェスはすぐに魔導端末を起動し、指先で迷いなく術式を展開する。
短距離魔導通信――最速で、最も信頼できる者たちへ、指示を飛ばすために。
その瞳には、すでに次の局面を見据える光が宿っていた。
一方、そこから少し離れた峡谷。
虚邪の瘴気が濃く淀むその地で、ガルディウスは魔剣《グリム=バルムンク》を地面に突き立てたまま、動きを止めていた。
剣が、低く唸っている。
否――それは、畏れの震えだった。刃に宿る魔が、何かを本能的に拒んでいる。
「……黙れ」
低く命じる。だが、剣の震えは止まらない。それほどまでに、あの光は異質だった。
視線の先。
雲を裂き、天を貫く白金の光柱が、空に向かって立ち昇っている。
戦場で幾度も“奇跡”を見てきたこの男でさえ、この規模、この純度の光は――初めてだった。
(……虚邪の穢れが、退いてやがる……?)
瘴気が、まるで潮が引くように、静かに薄れていく。
討ち払われたのではない。触れることすら許されず、拒まれ、消えていく。
「この光……聖女の誕生か」
ぽつりと、誰にともなく呟く。だが、その声音には、どこか懐かしさがにじんでいた。
「……あいつ、やっと来やがったな」
それは驚きではなかった。
むしろ、ようやく辿り着いたか――そんな確信に満ちた言葉だった。
記憶が、脳裏をよぎる。
あの時も、そうだった。
“神の失敗作”と呼ばれた、あの絶望的な化物。
誰もが死闘の果てに力尽き、膝をついたあの深淵の底で、ミレフィーオは、ただ一人、前に出た。
自分の命を顧みず、「私が止める」と言い切ったあの声。血に濡れながらも、なお誰かを守ろうとした背中。
(……あの時も、無茶ばっかりしやがって……)
だが、あの時。
彼女の背中に、迷いはなかった。
だからこそ、ガルディウスは迷わず最後に乾坤一擲の拳を振るえた。
背中を預けるに足る戦友――それが、ミレフィーオだった。
(……今回も、どうせ自分のことなんざ二の次だったんだろうよ)
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
それは皮肉でも、驚嘆でもない。戦友として、幼馴染として――心からの誇りだった。
「はっ……やっとお前に、世界が追いついたってわけか。……行くぞ」
魔剣を引き抜く。
刃が震えるのも構わず、光の方角を正確に測る。
その背に、迷いはなかった。
あの光のもとに、彼女がいる。
ならば、行く理由は、それだけで十分だった。
方位。
地脈の流れ。
虚邪の反応――
それらすべてが、まるで示し合わせたかのように、ひとつの地点を指し示していた。
偶然ではない。必然でも足りない。それは、世界が選び取った“焦点”だった。
そこに、すべてが集い、すべてが始まる。そして、終わりさえも――
ガルディウス、ヒジカタ、リリア達が出会う短編となります。お時間のあるときにでも、こちらも読んでいただけたら幸いです。
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