プロローグ 落下した先は戦場のど真ん中!?でも王子様が優しすぎて心臓がもちません!
毎日更新が続きますので、すきま時間にほわっと読んでいただけたら嬉しいです!
色あせているのに、なぜか光の欠片をまとい、目の前を次々と通り過ぎていくものたち。
それは、懐かしい夢の破片。
小さな手で作り、何度も失敗してやり直した“作品たち”。
乾きかけのボンドの匂い、指先に残る細かい切り傷――あの頃の感触まで淡く漂い、胸の奥がじんわり温かくなる。
気づくと、頬を一筋の涙が伝っていた。
思わず子どものようにキョロキョロと周囲を見まわす。
――そこに浮かんでいたのは、確かに“あたしの作品”だった。
はじめて一人で完成させた“小さな子”。
夜通しがんばって大会に応募した“特別な子”。
結果は惨敗。でも、それでも嬉しかった。
あの瞬間、世界はきらきらしていた。
……なのに。
「……あれ? ここって、どこ?」
気づけば足元に“地面”がない。
重力がそっと形を変え、身体がふわりと浮く。
「ちょ、ちょっと待って……え、え、えっ!? 浮いてる!? これって飛んでる!? いやこれ絶対飛んでないよね! 落ちてるよねえええええッ!?」
理解した瞬間――
「ひゃあああああああああああああああ!!!」
真っ白な空間を、情けない悲鳴とともに高速で落下していく。
風が耳を裂き、髪が乱れ、世界がぐるぐると回る。
白い幕が突然破れ、その先にひろがったのは――
「うわっ……な、なにこれ……!」
視界に広がるのは、金の陽光を浴びて輝く緑の大地。
深い森の間をぬうように流れる銀の川。
そして遠くの空には、翼を広げて飛翔する――竜そのものの姿。
「な、なにこれ……ファンタジー映画のロケ地レベル……!」
その壮麗な景色に思わず息を呑んだ。
けれど次の瞬間、現実が容赦なく思い出させる。
「って、今も絶賛落下中なんですけどおおおおお!?」
足元が雲を突き抜け、風がさらに加速する。
下を見れば――そこは戦場。
銀の鎧をまとった騎士たちが、炎を吐く魔獣たちと死闘を繰り広げていた。
その中央で暴れるのは、黒曜石の鱗を持つ巨大なワイバーン。
咆哮だけで空が揺れ、大地がひび割れる。
(いやいやいや!! スケールおかしいって!! ていうかあの質感リアルすぎ!? なんで現実で“ハイレベルモデリング”見せられてるの!?)
必死に体勢を整えようとするも、どうにもならず、視界いっぱいにワイバーンの背中が迫る。
「え、ちょっ――」
ドガァァァァァァァン!!!
衝撃。
世界が爆ぜた。
あたしはワイバーンの背中に思いっきり激突し、その勢いのままなんだかキラキラした……ステンドグラスを立体にしたような何かを蹴り抜いた。
瞬間、まぶしい閃光。
轟音。
ワイバーンが絶叫とともに墜落していく。
「え、うそ……今のあたし!?」
風だけが、止まったように感じた。咆哮も、剣戟も、一瞬だけ――消えた。
戦場が、静まり返る。
そして――
「こ、黒曜の主が……倒れたぞおおおおおお!!!」
歓声。
雄叫び。
しかしあたしに浸る暇などなく――
「ちょ、待って! まだ落ちてるってばあああああ!!!」
重力が再び本気を出し、体が放物線を描く。
地面が、迫る。
その瞬間。
――銀の閃光が跳ね上がった。
「間に合ったな」
風を裂く声とともに、強く、しかし驚くほど優しい腕があたしを抱きとめた。
――そのまま、お姫様抱っこ。
「え、え、え!? お姫様抱っこ!? え、夢!? いやドッキリ!? なんでこんなテンプレ展開がリアルに来るのぉぉ!?」
心臓が一瞬で爆発しそうになる。
視線を逸らそうにも、すぐ目の前には――陽光を反射する銀の鎧、そして息を呑むほど整った顔立ち。
髪は陽に透ける淡金。
瞳は、晴れ渡る空よりも深く澄んだ青。
口元には、柔らかく人を安心させる笑み。
――まるで絵画の中の王子様そのものだった。
「怪我は? かなり高いところから落ちてきたようだけれど」
落ち着いた、どこか包み込むような声。
穏やかで、それでいて確かに人の心を掴む“王子様の声”。
「あ、えっ、あの……! た、助けてくれてありがとうございます!! でも、ちょ、近いですっ! 心臓がっ……!」
完全にテンパっているあたしを見て、彼はくすりと笑う。
その笑顔が――反則的に綺麗だった。
「よかった。君に傷がつかなくて」
光を受けた横顔が、ほんの一瞬、神話の英雄のように見えた。
「ボクの名はルシエル……ヴァルハイト。この国の騎士であり……運よく、空から落ちてきた君を受け止めることができた幸運な、男だ」
その口調には、優しさと品、そしてどこか茶目っ気のある余裕があった。
あたしの心臓は、もうさっきからの落下よりうるさい。
「え、えええ……王子様が、こんなテンプレみたいな救い方って……!? ていうか顔が近い! 近い近い近い! 距離感バグってますよ王子ぃぃ!!」
動揺のあまり意味不明な声を上げるあたしに、ルシエルはほんの少し、目尻を下げて微笑んだ。
「大丈夫。……ちゃんと地に足をつけさせてあげる」
そう言われ、そっと地面に降ろされた瞬間、ふわりとバランスを崩してしまった。
「わっ、ちょっ……!」
倒れそうになった瞬間、ルシエルが素早く腕を回し、あたしを抱きとめた。
胸元に顔が近づく瞬間、ふと――なんだか男にしては不思議と柔らかく、甘い匂いが鼻をくすぐる。
(……え、なんか……いい匂い……? 王子様……だから……?)
心臓が跳ね、思わず顔が真っ赤になる。ルシエルは軽く肩をすくめ、穏やかに笑ったまま、あたしをしっかり支えている。
「……大丈夫?」
「は、はい……ありがとうございます……」
声が震えるのを押さえつつ、あたしはルシエルの腕からゆっくり体を離し、地面に足をつける。
それでもまだ胸の高鳴りは収まらず、頬は熱く、心臓は暴れそうだった。
「わ、わっ……ちょ、ちょっと待って……!」
足元がしっかりしていることに気づき、よろよろと小さくしゃがむようにしてバランスを取る。
心臓はまるで手のひらで跳ねているみたいに早く打ち、頬は熱を帯びる。
(……なんで……王子様に抱えられて……こんなにドキドキするの……!?……まぁ、するよね)
思わず目を伏せて小さく息を吐くと、視線の端でルシエルが優しく見守る笑顔。
その瞬間、言葉にならない甘さが胸に広がり、軽く頭がふらつく。
「えっと……あ、ありがとう……ございます……」
思わず小声で礼を言いながらも、顔の赤みはまったく引かず、手を無意識に胸の前で小さく握る。
(落ちてきた先が戦場で、助けてくれたのが王子様……って、こんなの……テンプレでも、想像以上に心にくる……)
ルシエルの腕から降ろされた直後の、ほのかな高揚感と混乱。
それでも、目の前の笑顔に息が止まりそうになる。
――空から落ちた模型好き趣味女子と、完璧すぎる王子様の出会い。
それはまだ何も知らない世界で、静かに始まった“運命の第一歩”だった。
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