第9話「スキルリセット」
ティアナディアが選んでくれた宿に宿泊手続きを済ませる。
「ご主人様を半端な宿に泊まらせるわけにはいきませんからね!」
と張り切った彼女に上級冒険者や騎士でも隊長クラス、はたまた貴族が利用するような高級宿の四階に案内された。
気にしなくていいと言ったのだがティアナディアは頑として譲らず……金策の手段はあるので、まあ、いいかと受け入れたところ。
「ベッドが一つしかないな……」
豪奢な天蓋付きのキングサイズが堂々と鎮座している。
複雑の意匠が凝らされたベッドフレームに、如何にも高級そうなレース。部屋に敷かれたカーペットや、家具類まで全て職人が手作業で作ったような繊細さがあり、どうも気後れする。
「…………?」
ティアナディアはベリウスの疑問に首を傾げる。
「俺とティア、二人いるじゃないか」
「メイドとしてご主人様と床を共にするのは当たり前のことでございます決してやましい気持ちがあるわけではなく外敵が侵入してくる可能性もありますしご主人様の快適な睡眠をサポートする必要もありますしご主人様がそういう気分になった時にすぐに対応できるようにどきどきとにかくメイドとして絶対に譲れません!」
「めちゃくちゃ早口だな!」
思うところはあったが――具体的には、今の状態でティアナディアの好意に付け入るようなことはしたくないのだが、これだけ広ければそう問題も起こらないだろう。
そう思って、了承するとティアナディアは「よしっ」と小さくガッツポーズをした。
その後、少しやることがあるのでと部屋を飛び出した彼女を見送り、ベリウスは部屋で一人になった。
「さてと。そろそろ、この弱っちぃステータスをどうにするか」
単純にベリウスの能力値を上げる。
それが、破滅へ抗う一つの手段だった。
というか、現状で明らかになった情報では、それくらいしかできることがなかった。
中級騎士と戦った時も思ったが、今のベリウスはレベルと固有職業の魔導皇帝というアドバンテージを含め考えたとき、ステータスが貧弱だと言わざるを得ない。
というより、スキルの取得の仕方が悪い。
だが、以前考えた通り、攻略サイトも何もない初見でのスキルポイント割り振りで、『Legend of Ragnarok』で最も複雑なスキルツリーを誇る魔導皇帝のスキルを自在に取得するというのは不可能と言っていい。
「けど、原作の知識さえあれば……」
ベリウスはストレージ内で目当てのアイテム――UNSコード03を発見する。
これは初期にプレイヤーが配られる、基本的に譲渡及び売買不可のアイテムで、一度だけスキルポイントの割り振りをリセットできるという代物だ。
敵役であるベリウスが持っているかは不安だったが、そういうものなのか、これも転生の恩恵なのかはわからないが、一つ手間が省けた。
こちらの世界で手に入れようとしたら、おそらく面倒な手順を踏む必要があっただろう。
UNSコード03は、回路基板のような小さな板状のアイテムである。
ベリウスは迷うことなく、それを使用。改めてスキルツリーを確認する。
「よし、リセットできたな」
魔導皇帝は理論上全ての魔法を取得可能な固有職業である。
もちろん、スキルポイントが有限である以上、本当に全てをというのは難しいが、職業を跨いで魔法を取得できるというのは、想像以上のシナジーがある。
例えば、中級職の召喚師には、【クレイジーフォース】という、PDEFを下げる代わりに、INTを大幅に上昇させる、固有の魔法がある。
これは単独でのINTの上昇率が最も高い魔法であり、それは偏に、直接対象に攻撃できる高火力の魔法を覚えない召喚師だからこそ許されたものである。
魔法攻撃力全振りの職業、例えば、黒魔導士が同スキルを使用できればバランスが壊れる。当たり前だが、強さのバランスはその職業内で覚えられるスキルや、ステータスの中で取られる。
だから、全ての魔法を取得可能な職業など想定されていないのだ。
これが、ベリウスはどうせチュートリアルで死ぬから悪ふざけで最強にされたと評される所以の一つである。
「《クレイジーフォース》やら、MPの上昇値を考えても、召喚師のスキルはある程度取得しておきたいな」
《魔力上昇小》にスキルポイントを割り振り、枝分かれしたスキルツリーの《魔獣感知C》の方を取得。この段階で召喚師のスキルツリーに分岐ができる。
更に、《低級召喚》を取得し、上方向にスキルを掘って行けば《クレイジーフォース》も手に入るだろう。
あとは、上級職の死霊師、竜喚師、黒魔導士あたりのスキルも掘っておきたい。
スキルポイントは有限だから、どの職業のどのスキルをどの程度取得するかは慎重に考えねばならない。
ベリウスは様々な可能性と検討し、原作知識と照らし合わせながらスキルポイントを割り振る。
順調に目当てのスキルを取得していき、一歩、また一歩と最強に近づいていった。
「はははッ、夢のようだ。まさに、俺の考えた最強のプレイヤーが完成するぞ」
原作のストーリーが順調に進めば、ベリウスは死んでしまう。
ベリウスは今も猶、確定した死の未来へと向かっているのかもしれない。
それでも身を包むのは高揚感だった。
どう考えても人族が今のベリウスを殺せるはずがない。
格が違う。まさに、神の領域に足を踏み入れようとしているのだ。負けるはずがない。死ぬわけがない――このときは、そう思って疑っていなかった。




