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第8話「とある愚かな騎士の4」

「うぅ……申し訳ありません。反省、ティアナディアとても反省でございますよ」


 肩を落としたティアナディアは、とぼとぼとベリウスの後ろをついて歩く。

 中級騎士を殺害した現場から早急に離れたベリウスとティアナディア。

 その後、ベリウスは、むやみに人を殺さないようにとティアナディアにきつく言い含めたのだ。


 別に博愛主義者というわけではない。変に目立つのは避けたかったし、何よりXデーを回避するまでに、原作のストーリーが大きく歪むようなアクションは起こしたくなかった。

 アレイミントを討伐しているので今更かもしれないが。


「や、別にわかってくれればいいんだ。ティアが俺のために起こってくれたのは理解しているしな」


「ご、ご主人様……! 勿体ないお言葉です」


 バッと顔を上げ、きらきらと瞳を輝かせる。


「きっとあれですよね、人族を殺すなら溜めて溜めて一気にどかーんとした方が気持ちがいいということでございますね! さすがご主人様です」

「別にそこまで人族に対して殺意があるわけではないが……」


 そう聞くと、ティアナディアはハッと何かに気づいたように顔を上げた。

 無表情のはずなのに反応がわかりやすく可愛らしい。

 だが、おそらく見当違いのことを考えている。


「そ、そうですよね! 気に入らなければ、魔族であると手に掛ける! それでこそご主人様。メイドとして全力でサポートいたしますよ!」


 どうして、彼女はここまで殺意が高いのだろうか。

 本人は悪気がなさそうな顔でキランと瞳を輝かせていた。


「まあ、そのあたりはおいおいな……」


 先の戦いで、中級騎士は途中までベリウスたちが魔族であると気づいていないようだった。今も堂々と街中を歩いているが声を掛けられることはない。


 認識疎外は十分に機能している。

 ここまでの精度なのか。

 これでは、たしかに魔族の討伐に苦労するのも頷ける。


 先ほど、路地裏で初老の女性に声を掛けたのは、クエストが受けられるかを確認するためだった。


 原作ゲームでは、彼女からいわゆるお使いクエストを受注できる。

 求められるアイテムは上等なもので、少なくとも駆け出しのプレイヤーが受けるようなものではなかったが、ベリウスのストレージにはそれがあった。


 赤月華の蕾――HPを1にする代わりに対応した割合のSTR《物理攻》値を上昇させる効果を持っている、ワズンの森で入手可能なアイテムである。


 結果。クエストを受注することは可能だった。

 ステータス画面にクエスト受注の欄がでるわけではないが、依頼者は原作ストーリーと同じような問題を抱えており、同じアイテムを求めていた。


 そのアイテムを渡したところ、ゲームで成功報酬として貰えるアイテムが手に入った。

 聖天祭も進んでいるようだし、かなりの精度でこの世界は原作ゲームと酷似している。

 もちろん、すべての要素が同じわけではないが……そのあたりは、根気強く検証していく必要があるだろう。


「なあ、ティア」

「はい、貴方様だけのメイド、ティアナディアです! なんでしょう!」

「STRやHP、MPがなんのことかわかるか?」

「えすてぃー……すみません、わたしが無知なせいで……」


 STRは主に物理攻撃力を表す値だ。

 近撃士ファイター派生の近距離物理職や、遠撃師アーチャー派生の遠距離物理職が使用する闘氣術アーツのダメージ値に参照される。


 言うまでもなく、この値が高いほど与えるダメージが大きく、このSTR値を上下させる魔法マジックや、闘氣術アーツ、装具が存在する。


 先の戦いでも疑問に思ったが、このあたりのステータス項目は認識されていないのか。


「いや、俺の質問が悪かったな。では、魔法マジックを使用するのに消費するエネルギーは何と呼ぶ?」

「……魔力、ですかね」


 ティアナディアは、当たり前すぎる質問に眉根を寄せる。


「なら、闘氣術アーツを使用するために消費するのは?」

「氣力です。魔力は全ての者が宿すわけではありませんから、そういう者は氣力を体内に巡らせて戦います。上位の者となれば、氣力を体外に放出する戦い方もありますね」


 復習をさせるために問うたと勘違いをされたのか、ティアナディアは「どうですか」と得意げな表情を浮かべている。


 少し逡巡しながらも頭を撫でてやると、「ふわああ」と幸せそうな顔で悶えていた。


「……そうか、でも、たしかにストーリー上では、魔力、氣力の区分があったな」


 ゲームシステム上は、どちらもMPとして表示される。

 魔法を使用する場合も、闘氣術を使用する場合も、同様にそこから数値が引かれるのだ。この辺りはゲームに慣れ過ぎた弊害か。


「なら、ステータスについてはどのように確認する?」

「レベルとスキルなら、ステータスプレートを使いますが……」


 何を今更、と言わんばかりに小首を傾げる。


「こう目の前にステータスウィンドウが表示されることは?」

「ウィンドウ……? は、すみません。わたしはまだその領域に足を踏み入れられてはいないようでございます」


 なるほど。ステータスウィンドウで細かなステータスを確認すること、アイテムの出し入れなども含めて、ベリウスの特権というわけか。


 ティアナディアにステータスプレートを見せて貰ったが、参照できるのは名前とレベル、職業クラス、スキルくらいなものだった。


 別のアイテムやスキルを使い、更に詳細なステータスを表示できる手段もあるらしいが、特別なプロセスを踏む必要があるとか。


 ちなみに、アイテムは魔法鞄マジックケースと呼ばれる装具に収納しているらしい。


 こちらに関しては思い返して見れば、プレイヤーもチュートリアルで同じアイテムを受け取っていて、その時点から、ストレージを使用できるようになっていた。物語上の都合というヤツである。


 と、己の思考に没我していると、体に軽い衝撃が走る。

 後ろから走ってきた少女と衝突したのだ。


「わ、っとと」


 短く切り揃えられた桃色の髪に、適度に引き締まった体。

 一切邪気を含まない純粋な瞳に、勤勉そうな雰囲気からは、まだ何色にも染まりそうな真っ白なキャンパスを連想させられた。


 少女は先を急いでいるようだった。

 その場で足踏みしながら申し訳なさそうにこちらを見て、行き先を見て、「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 本当にごめんなさい~」と言って走り去ってしまった。


「ご主人様……あの小娘いかがいたしましょうか」


 隣のティアナディアが不穏な笑顔を浮かべている。

「ダメだぞ」と頭に手刀を切り出すと、「あぅ」と体を縮こまらせる。


 それにしても今の少女……ただの駆け出し冒険者だろうが妙に目を惹いた。


 何故だろうか。何か重要な役割を担っているような、今の一瞬が意味のあるワンシーンだったような、そんな気がしたのだ。


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