第7話「とある愚かな騎士の3」
「はあああああ――ッ」
スキルには、魔纏、闘氣術、魔法の三つが存在する。
魔纏は、魔力回復速度補正、火属性ダメージ軽減など、常時肉体に効果が作用しているスキルである。
闘氣術は基本的に物理系のスキル全般を指し。
魔法は魔法系のスキル全般を指す。その大きな違いは詠唱があるか否かという点にある。
魔法を発動するためには詠唱が必要だが、闘氣術にはそれがない。
つまり、魔導系の職業に対して、物理系の職業は先手が取れるのだ。
「《メイル・クラッシュ》――ッ」
アルマは両手で持った剣を振り上げ、闘氣術を使用する。
このスキルを使えば、これ以降相手は近接武器により受けるダメージが増す。
男は棒立ちのままだ。剣は滞りなく振り下ろされ、直撃――その刹那、弾かれた。
「な――ッ、バカな」
じんと手のひらに痛みが広がり、驚愕から咄嗟に距離を取る。
ガードしていた感じもなかったし、特にスキルを使ったようには見えなかった。
見えない壁に阻まれ感覚だった。全く手応えがない。
男はそれがさも当たり前のことのように、こちらを見ている。
「ふむ。初手にPDEF《物防御》を下げる闘氣術……選択肢としては悪くない。職業は剣撃士。レベルは二十程度といったところか」
PDEF……また、わけのわからない単語を。
「――ッ、負けるか。騎士の誇りに懸けて負けるものかッ!」
もう一度剣を強く握り、男に向けて突進する。
驚きはしたが、こちらの有利が変わったわけではない。
男が魔法を使うためには詠唱が必要だし、それまでの間、こちらは無防備なヤツに打ち込み続けることができるのだ。
「ふっ、逃走を図ろうとしていたくせに、よくもそこまで自分を偽れるものだ」
アルマは何度も、何度も、時には闘氣術を使用して剣を振るう。
しかし、男は涼しい顔で突っ立っていた。
先ほどまでと同じく、攻撃が通った感じはしない。傷一つどころか、砂埃すらつかない。攻撃しているこちらの方が一方的に消耗している。これまでの過酷な修行を思い出し、一心不乱に剣を振るうが全く以って通じない。
「そろそろ飽きたな――【炎球】」
男がそう口を開いた刹那――眼前に灼熱の業火が弾けた。
まともなガードをすることもできずに直撃、全身を炎が包み思わず絶叫した。
「――ッ、あ、がああぁぁぁあ!?」
痛みに悶えて地面に転げ、炎を沈下しながら、目の前で起きた信じ難い出来事に驚愕していた。
「――ッ、今のが【炎球】? 嘘だ、上級魔法の間違いだろ……」
「ふむ、貴様は今の魔法がなんであるかも見抜けない程に無知なのか」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ! こんなの初級魔法の威力じゃない!」
頭を掻きむしり声を荒らげる。
ハッタリだ、そう思わないと正気を保っていられそうになかった。
それに、驚くべきなのは、魔法の威力だけではない。
「……しかも無詠唱だと!?」
ヤツは詠唱をしていなかった。
詠唱をせずに魔法を使ったのだ。
「ありえないだろ……なんだよ、なんなんだよ!」
ならば、本来はアルマの攻撃を喰らうことなく、先手を打つことができたということか。タイミングを問わずアルマを打倒する武器を備えていながら、それを行使しなかった。
最初からずっと遊ばれていたのだ。
「やはり、今の俺は弱いな。これで半分しか削れない。早急に手を打つ必要があるか」
ふと視線を上げて目に入った男は何倍も大きく見えた。
男はこちらには欠片も興味がないような態度で思案顔を浮かべている。
最初に感じた恐怖は、己の本能は間違いではなかった。
コイツはヤバい。
普通じゃない。
得体が知れない。
底が見えない。
魔族だとしても規格外過ぎる。おそらく、レベルは五十……いや、それ以上もあり得る。
それどころか、七魔皇直属の配下という可能性もあるだろうか。
「そろそろ終わりにしようか。最初に告げた通り、俺も暇ではないのでな」
淡々とした物言いに全身が粟立つ。
死の恐怖に口がぱくぱくと動く。
やっと絞り出した声はひどく震えていた。
「待ってくれ、あ、貴方のことは誰にも言わない、だから……ッ」
命だけは助けて欲しい。
見逃してくれ。
頼む――そんな情けない願いが叶わないことは最初からわかっていた。
それでも、そう願わずにはいられなかった。
上級職の女は、男を神よりも、天使よりも、竜よりも尊い自分の主人だと言った。
よくわかる。アルマにとっても今まさに、男は神にも等しい存在だった。
「余計な正義感を振りかざさなければこうはならなかったものを」
男は心底呆れたような目でアルマを蔑む。
そして、ゆっくりと杖の先がこちらに照準を捕らえた。
「まっれ、話を――うぶぅ」
もう一度無詠唱の魔法が閃き――意識が途絶える直前、男の首元に七魔皇を示す紋章が刻まれているのが目に入った。