第55話「シグレの布教活動5」
「……あ、崇めるわ」
青魔師の女は観念したように、そう零した。
命惜しさに口にした出まかせなのは明らかだったが、シグレは気にしたふうもなく、いや、気付いていないのか、ニコリと笑みを浮かべる。
「よ、よかったです……ふえへ、あなたも浄化しなくちゃいけないかと思いました」
シグレは女と視線を合わせると、懐から何やら取り出して握らせた。
目を凝らして見ると、それはペンダントのようだった。綺麗な魔石のような物が付いていて、中に何か小さな物が封じられていた。
「……な、なにこれ」
「え、遠慮しなくていいですよ。ベリウス様を信仰する証のようなものです。こ、この中にはベリウス様の髪の毛が入っていて、えへへ、すごくパワーを感じられるんですよ」
「か、髪……!?」
青魔師はギョッと目を見開いた。
「そ、そうです。シグレもこれを手にしてから、体が軽くなったような気がしますし、レベルも上がりやすくなったような気がして、何より心が穏やかになってというか……い、今までは不安でいっぱいだったんですけど、自分の中から迷いがなくなって……へふえ、これも全部ベリウス様のおかげなんです」
シグレは興奮気味で、このペンダントについて語る。
しかし。
「……髪の毛、気持ち悪っ」
青魔師はペンダントを見て、ボソっと呟いた。
それから、しまったと口を噤み、シグレを見た。
シグレは信じられないと体を震わせ、表情を歪める。
「嘘だったんですか?」
「ぁ、や、今のは違うわ、その、間違いというか……」
「どうしてわかってくれないんですか……し、シグレははあなたのことを救ってあげたいだけなのに。ベリウス様を信じれば、それだけ幸せになれるのに」
シグレは悲しそうに息を吐くと、スッと立ち上がり、レッドドラゴンに視線をやる。
「ま、待って信じる! ベリウス様を信じるからッ」
青魔師が必死に縋るが、シグレは見向きもしない。
そして、「赤ちゃん、お願い」とたった一言、レッドドラゴンに指示を出す。
「いや、やだ、嫌だ嫌だ嫌だ――ッ」
レッドドラゴンは、主人の命令を忠実に守り、青魔師に迫る。
ごめんなさい、私が悪かった、さっきのは冗談だから! と命乞いをする青魔師を一顧だにせず、その凶悪な牙を突き立てた。
「――ッ、ぁ、ああぁああああああ!」
青魔師の体が砕かれる音と、絶叫の最悪なハーモニーが奏でられる。
レッドドラゴンは咀嚼を止めず、やがて青魔師は音を発さなくなる。
再び、静寂に包まれた洞窟内で、レッドドラゴンが死体を貪る音だけが響いていた。
そして、シグレの注意は最後の一人――回復師に向く。
「あなたはどうですか?」
回復師の女は完全に怯え切っていた。
涙を流し、ガタガタと体を震わせている。
シグレが彼女の下へと歩くけば、「ひ」と短い悲鳴を漏らす。
回復師の股の辺りにじわじわと染みが広がる。それは地面をも濡らし、小さな水だまりを作る。恐怖のあまり失禁してしまったらしい。
「……わ、わあ。ふえへ、我慢してるなら言ってくれればよかったのに」
「…………ます」
「えっと……?」
シグレが首を傾げると、回復師はローブを掴んで声を上げた。
「ベリウス様を信仰します! 信仰しますから何卒! いえ、そもそも私は産まれた時からベリウス様を崇めていたのです! そんな気がしてきました!」
「……ほ、本当ですか?」
「はい! そうです。私はベリウス様以外を信じていません。ありがとうございます。今日、シグレ様に会えて、私は救われました! ベリウス様は素晴らしい存在です!」
回復師の女は涙を流しながら捲し立てる。
シグレは納得したようで、この女にも例のペンダントを渡した。
「で、では、これをどうぞ。大事にしてくださいね。ベリウス様を敬う心を忘れないでください。そうすれば、あなたも幸せになれますから、ね?」
「は、はい! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳! ベリウス様万歳!」
青魔師の女はペンダントを掲げると、祈るように天井を仰ぐ。
焦点の合わない目で、何度も、何度も、狂ってしまったかのように繰り返していた。
「あの、シグレ……さん? それウチも貰っていーい?」
一連の流れが終わった後、ピオンが問う。
それとはもちろん、ベリウスの髪の毛が封じられたペンダントのことだ。
そんな素晴らしいアイテムが存在しているとは思わなかった。あのベリウス様をいつでも身近に感じられる素晴らしい一品だ。どうにかして手に入れたかった。
すると、シグレはぱあと表情を華やかせて、早足でこちらにやってきた。
「……こ、これを!」
懐から十数個のペンダントを取り出すと、その全てをピオンに握らせた。
「え、こんなに……どうして」
「あ、あの……ふえっへ、よかったら、あなたもベリウス教を広めてくれませんか?」
「ベリウス教を、ウチが……?」
「は、はい! あなたのような素晴らしい同志をずっと探していたのです。目を見ればわかります。あなたは本気でベリウス様を崇拝している。シグレと同じ目をしています」
「はい! ですです、ウチはマジのガチでベリウス様ラブです!」
「素晴らしいです! 是非一緒にベリウス様の素晴らしさを広めていきましょう! そうすれば、世界は素晴らしいものになるはずですから!」
シグレはキラキラと瞳を輝かせて、言う。
「そんな大役をウチが……いいんですか?」
責任重大だ。いいのだろうか?
一度ベリウスを目にしただけの、新参者だ。
きっとピオンよりも古参のベリウスガチ推し勢もいるはずなのに……。
「も、もちろんです。大事なのはどれだけベリウス様を信じられるか、崇められるか、ベリウス様に全てを捧げ、ベリウス教を広めようという気概があるかということです」
「そ、それなら、ウチも負けません!」
やはり、今日のことは運命だったのだ。
ホルホルが言ったように、ベリウスの御導きがあったのだ。
「やります! ウチにやらせてください! ウチの全てを賭けて、一人でも多くの人にベリウス教を広めてみせます!」
「ふえへ……その意気です、えっと……」
「ウチはピオンと言います。よろです、シグレ様!」
「ふえっへへ、嬉しいものですね、同志が増えるのは。こちらこそ、よろしくお願いしますね、同志ピオン!」
こうして、ピオンとシグレは固い握手を交わした。
次に、シグレはホルホルにもペンダントを渡した。
ホルホルも同じように「ベリウス教を広めてみせますね~!」と意気込んでいた。
嫌々話を合わせているのかと思ったが、ホルホルの表情を見るにどうもそういう感じではない。どこかうっとりとした表情をしている。
そして、その視線の先にはシグレがいた。
「……シグレお姉様。素敵……」
そうボソッと呟くのを、ピオンは見逃さなかった。
それから、ピオンとホルホルはベリウス教を広めることを目標として活動することになる。今までは赤き竜を復活させるために何となく人族を狩っていたが、ベリウス教という目標が出来たことにより、生活にメリハリがついたような気がする。
のちに、ホルホルが趣味の人形作りを活かして、ベリウス人形を作ることになる。
ベリウス教の布教を兼ねて人形を売りに出すと、歴史的な大ヒットを記録することになるのだが、それはまた別の話である。




