第54話「シグレの布教活動4」
「……へ? 素晴らしい?」
「やっぱり同志だったんですね!」
「同志……?」
シグレはピオンの手を掴んで大きく目を見開いた。
「そ、そうです……ふえっへ、よくわかります。神様は本当に尊い御方です。七魔皇とか言うけど、一魔皇でいいと思います。魔法すごいですよね、本当に芸術的で感動します! というか、存在するだけでありがたいですし、言葉を掛けて貰えたら飛び上がるほど嬉しいですし、存在を認知してくれるだけで十分というか……ふえへ、へっへへ」
シグレはうっとりとした表情を浮かべながら言った。
そうか。冷静に思い返して見れば、シグレはベリウスを神様と言った。
シグレが妖狐種であるという先入観から上手く繋がらなかったが、彼女は人族の身でありながら魔族の、それも七魔皇の一人を崇めているのだ。
「ど、どうしてなん……?」
「どうして……ですか?」
「人族だよね……? それなのに、魔族のベリウス様を」
「神様だからですよ。し、シグレみたいな弱き者が神様を讃えるなんて当たり前のことじゃないですか? 人族とか、魔族とか、どうして小さなことにこだわるんですか?」
ああ、そうか。
本当にそうなのだ。
この少女は心からそう思っているのだ。
彼女の中にはベリウスか、それ以外かしかないのだ。
ああ、そうだ。この少女をどこかで見たと思った。先日にあった王都の高台での戦いだ。あの時も聖騎士団を蹂躙するレッドドラゴンの姿があった。シグレはベリウスと共に、剣聖らと戦っていたのだ。
「ベリウス様は、シグレなんかを救ってくださった尊き神様です。神様の前では種族なんて些細な問題なんです。そうは思いませんか?」
「……お、思う」
気づいた時には、そう答えていた。
でも、本心だった。
シグレは頭のおかしい人族だと思った。
違うのだ。おかしいのは、シグレではなく――。
「そうだよね、ベリウス様を崇めるなんて当たり前のことだし、そうじゃない人はおかしいよ。うん、マジでそう思う。ウチもベリウス様を一目見た時から、考えが変わったもん」
「ああ、やっぱり、あなたはシグレの同志です。間に合ってよかったです。あなたは救われるべき存在です……ふえっへへ、この気持ちを共有できるのって嬉しいな」
シグレは照れたように頬に手を添え、狐尾を左右に揺らす。
つまり、シグレはベリウスの敵を殺して、同じくベリウスを崇拝する者を助ける。そこに、種族は関係ない。人族だろうが、魔族だろうが、関知しない。
なんて素晴らしくわかりやすい考えなのだろうかと思った。
「あ、あなたはどうですか……?」
次にシグレの注意はホルホルに向いた。
ホルホルは自分に矛先が向くとは思っていなかったのか、「……え」と呆けた顔をしている。
だが、向こう見ずなピオンと違って、危機察知能力の高いホルホルはさすがだった。
「わ、私も同じですかね~、ほら、えっと……ピオン、この子からベリウス様の話を聞いて、すごっく憧れていて~」
「ほ、本当にそう思っていますか?」
訝しむシグレ。
「本当に決まってるじゃないですか~。私も一目だけでもそのお姿を目にできたら幸せだろうなってずっと思っていて、今日シグレさんに会えたのも何かの運命……ううん、ベリウス様のお導きかも」
ホルホルは完璧な作り笑顔をした。
ピオンの話を聞き流していたくせに、よくもまあ。
だが、ここでそれを指摘するほど、ピオンもバカではないし、ホルホルだってベリウスを直に見れば、どうせピオンやシグレの考えが正しかったと思うに決まっているわけだし。
「ふえっへっへ……そうなんですね! 同志に二人も会えるなんて、今日はなんて素晴らしい日なんでしょう。たしかに、神様の御導きかもしれません」
シグレは手を叩くと破顔。
完全にホルホルの言い分を信じたようだった。
「う、うん~、絶対そう! 私も嬉しいな~」
「で、あなたはどうですか? ベリウス様のことは知っていますか?」
次に、シグレの注意は剣撃士の男へと向いた。
剣撃士の男は何かを葛藤するように、グッと拳を握る。それから、いやいやと頭を振り、改めて剣を強く握った。
「知らないわけないでしょう! 七魔皇の一人! 僕たち人類の敵だッ! だというのに、君は人族でありながら、その七魔皇を崇めてるときた! ふざけているッ」
「ふえ……ま、まだそんなこと言ってるんですか?」
シグレは首を傾げる。
ベリウスの魅力を理解できていないのが不思議でならないと言った様子だった。
「あ、頭おかしい……この人」
「それは君だろう! この狂信者め! どうしたら、七魔皇なんて特級の害を崇めるなんて発想になると言うんだッ」
剣撃士の男は声を荒らげて剣を構える。
その瞬間、シグレの表情に影が差したのをピオンは見逃さなかった。
「あ、あの……シグレなんかには何を言ってもいいんです。でも、神様への暴言は許せません。ふえへっへ……じょ、浄化しなきゃ。食べて、赤ちゃん」
指令を受けたレッドドラゴンの動きは迅速だった。
鎖から解き放たれたように駆け、剣撃士の男に迫る。
「……ぁ、や、待って、やっぱり――ぅ」
男は引けた腰でなんとか西洋剣を振るうが、強靭な鱗に弾かれる。レッドドラゴンはそれを意に介することなく、頭から男を喰らった。
「うあぁあああああああ――ッ」
バキバキ。ゴリゴリ。
絶叫。鮮血が弾け、鈍い音が響く。
初めこそ、レッドドラゴンの頭を叩いて抵抗していたが、すぐに糸が切れた操り人形のようにだらんと手足を落とし、声を発さなくなった。
どさり。男の体が地面に落ちる。
レッドドラゴンは、残った体にも喰らい付き、その全てを飲み込んだ。お腹が空いていたからというより、そうしないと主人に怒られるから、という一種の恐怖心を竜からは感じた。
「い、いい子ですね……ふえへ」
シグレはレッドドラゴンに近寄ると、その体を優しく撫でる。
そして、次にシグレの視線は青魔師の女に向いた。
「……ふえへ、あ、あなたはどうですか? ベリウス様を崇めますか?」
女の顔は並みだと鼻水でぐしゃぐしゃになっており、シグレに見つめられただけでよろよろとその場に崩れ落ちた。




