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第53話「シグレの布教活動3」

「ふぇへへ……聞き間違いですかね?」


 妖狐種の少女は、ふらふらと体を揺らしながら近づいてくる。

 ピオンの顔を覗き込むと、ふえっへっへと不気味な笑みを浮かべた。


「そんなことありませんよね。し、シグレが神様の名前を聞き間違えるわけがないです。あ、あなたですよね? この狐耳でちゃんと聞き届けました」

「え……神様って」

「よ、呼びましたよね? 同志だと思ったんですけど、ち、違うんですか?」


 妖狐種の少女の言っていることは、よくわからなかった。

 だが、桁違いのプレッシャーだ。先ほどまでの銀等級の冒険者たちとは格が違う。タグが見えないが、冒険者ではないのだろうか。


「ねえ、君はどこの冒険者だい? その竜は君が操ってるんだよね」


 剣撃士の男が割り込む。


「……ぼ、冒険者じゃないですよ。その子は、はい……シグレの子です」


 剣撃士の男が妖狐種の少女――自らをシグレと言う少女をひどく警戒し、身体は震えていた。彼の仲間の青魔師と、回復師も同じ反応だ。


「どうしてだッ」

「……はい?」

「どうして、俺の仲間を喰った! 君は竜操師ドラゴンマスターなんだろう!? 自分の竜も制御できないのか!」


 剣撃士の言葉に、シグレはわけがわからないといった風に首を傾げる。

 竜操師――そうだ、たしかに、竜を操るといえば、真っ先に思い浮かぶのはそれだ。竜を召喚し、操る召喚師サモナー派生の上級職。


「……特にこの子が勝手をしたとかはないです」


 否定をしないということは、本当に竜操師なのか。

 ピオンも見るのは初めてだった。


 となれば、レベルも四十は下らないはずだ。


黒精種ダークエルフの子が、同志かもしれないとお、思って。もしそうだったら、殺されたら困るんです。ふえへ、救われるべき存在だから」

「はあ? 何を言って……コイツらは魔族だ! わかっているのか!」

「は、はい。わかりますよ」

「なら、なぜ、どんな理由があって庇う! どんな理由があって、普人種ヒューマンである、僕の仲間を殺したんだ!」

「人族だったら守るんですか?」

「は、はあ?」

「魔族だったら殺すんですか?」

「何を言っている……」


 剣撃士の男は困惑する。

 ピオンも同じだった。人族が魔族を殺すのも、また、その逆も当たり前のことだ。わざわざ論じるまでもない。だというのに、シグレは本気で不思議そうにしていた。


「ち、違いますよ。神様を信じている者は救われるべきで、そうでない者は死ぬべきなんです。人族とか、魔族とか関係ないに決まってるじゃないですか」

「何よ、神様って……」


 青魔師の女が呆然と呟いた。

 ピオンも同じように思った。

 わけがわからなかった。きっと頭がイカれてるのだ。


「ピオン今のうち~、ほら、早く」


 そんな時、ホルホルの忍び声が聞こえた。

 冒険者たちの意識がシグレに向いている間に、こっそりと近づいてきたらしい。

 ホルホルの体は血で真っ赤に染まっている。顔にも脂汗が浮かんでいる。意識を保つのもギリギリなはずだが。

「大丈夫なの?」

「とっておきのポーション使ったからね。一応、傷は塞がってるよ~。無理はできないけど……って、そんなこと言ってる場合じゃないって」

 ホルホルが、シグレたちを見る。

 冒険者たちの注意はまだシグレに向いている。レッドドラゴンも、主の言うことを聞いて大人しくしている。こちらに背を向けているのもありがたい。

 ピオンは小さく「そうだね」と言うと、シグレたちから視線を切る。

 口元に手を当てて息を潜めると、中腰で音を立てずに歩き始めた。

 ここは逃走一択。命あっての物種だ。この混乱に乗じてひとまず離脱する。

 しかし、現実は想像以上に残酷だった。

「あはは~、ダメかぁ。チャンスだと思ったんだけどな~」

 低い唸り声が響き、バッと両翼を開いく。

 ワイバーン――竜種の一体で、レッドドラゴンほどの力はないが、満身創痍のピオンとホルホルでどうにかなる相手ではなかった。

 シグレはもう一体の竜種を使役して、ピオンたちを見張らせていたのだ。

 さすがは上級職。いや、上級職の中でも洗練されている。

 シグレを見やると、ふえへと不気味な笑みを浮かべた。こちらの浅慮などお見通しだと言わんばかりに。

「は……ははっ、ダメかぁ」

 ピオンとホルホルは絶望から、その場に崩れ落ちる。

「ごめん、ごめんね……あーあ、ホルホルにも、最後にベリウス様の姿を一目でも見て貰いたかったな」

「ピオンはブレないな~、最後までそれなんだ」

 ホルホルの手を握ると、彼女はギュッと握り返してきて呆れたように笑った。

 今度こそ終わった。そう思って死を覚悟したとき、シグレがドタドタと走ってきて、ピオンとホルホルの手を握った。

「や、やっぱり……! か、神様のこと知ってるんですね!」

「えっと神様って……もしかして、ベリウス様の」

「そ、そうです! 当たり前です! それ以外ありません! 神様と知り合いですか? 神様のことを知っているんですか? どうなんですか?」

 シグレが興奮した様子で問うてくる。

 わけがわからない。このわけのわからない状況で正常な判断ができるわけもなく、ピオンの口は勝手に開いていた。


「知ってるというか……先日の高台での戦いを少し見ただけなんだけど、めちゃカッコよくて。魔法を使う姿が本当にメロいというか。あの鋭い目でウチも見つめられたいというか。ベリウス様にならウチの全部を捧げてもいい、いや、捧げたいくらいにマジで思ってて、だから、全然知り合いとかではなく、一方的に推してるというか、そりゃ、ベリウス様のために戦えたらそれが一番なんだけど――」

「ちょ、ちょっと、ピオン!?」


 ホルホルが慌てて袖を引いてくるが、もう遅かった。

 人族に何を言っているのか。彼女らにとって、七魔皇であるベリウスは倒すべき存在で敵だというのに。それを崇拝するような言葉をこの状況で吐くなんて。


 でも、後悔はなかった。

 きっと、あのベリウス様なら、こんな状況でもあの余裕を崩したりしないだろうから。

 ベリウスのようにとまでは行かなくても、彼に胸を張れる自分でいたいと思ったのだ。


「てわけ! はい、ウチを殺すなら殺したら!」


 もうやけだ。いや、これがなけなしの矜持だ。

 何と言われようと、この胸の熱い思いは変わらないのだ。


「何されても気持ちは変わらないから! ベリウス様への気持ちを偽るくらいなら、ここで気持ち良く死んでやろうじゃん!」

「す、素晴らしいです……っ!」


 しかし、シグレの反応は想像とまったく違っていた。


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