第51話「シグレの布教活動1」
「いやぁ、マジでスゴかったわぁ。何度も思い出しても胸が高鳴る! あんなカッコいい人今まで見たことないし、ありえんヤバいくらい強いし、ピオンにも見せたかったなぁ」
ピオンは、先日見た光景を思い出し、うっとりとする。
「うんうん、そうだね~。すごかったんだよね~」
それを見たホルホルは、また始まったと言わんばかりに嘆息し、テキトーな相槌を返す。視線は手元の人形に向いており、こちらの話など全く聞いていなかった。
「よよよ……ホルホル可哀想に。あの感動を味わえないなんて人生マジ半分損してっからね」
「そんな詰まらない人生してないもーん。というか、人じゃないし」
淫魔種。
ホルホルはいわゆる魔族だった。
特徴的な尻尾に、尖った耳。その異性の情欲を煽るような豊満な体つきも種族の特徴の一つだろうか。
少なくとも、ピオンが今まで見てきた淫魔種は漏れなく全員抜群のスタイルを誇っていた。
そう言う、ピオンは黒精種。
ホルホルと同じく、魔族だった。
褐色の肌に尖った耳。装備は基本的に動きやすい軽装を選んでいる。体型は比べるとスレンダーで、これも種族の特徴の一つだった。
「いやぁ、でも、マジでメロかったなぁ……ベリウス様!」
先日、王都アルティバの高台で戦っていたベリウスの姿を思い出す。
相手はあの剣聖カンデラに加え、数百名の聖騎士たち。それをベリウスは魔法を駆使し、ほとんど一人で蹂躙した。人族たちは手も足も出ていなかった。
圧倒的な魔力量に、攻撃手段の多さ。その戦いっぷりは芸術的ですらあったのだ。
「め、メロ……?」
「濡れるほどめちゃカッコいいってコト!」
「はあ……下品だよ~。ピオン」
ホルホルはひと段落ついたのか、手元の人形を魔法鞄に収納する。
人形作りはホルホルの趣味だ。以前、人形を作っている時だけは嫌なことも全て忘れられるのだと話していた。
「ベリウス様って、七魔皇の人だよね~?」
「そそ! アタシ的には七魔皇最強はベリウス様だと思うんだよね」
「この前まで名前くらいしか知らなかったくせに……つまりさ~、ピオンはベリウス様の傘下に入りたいってこと?」
「そりゃ、入れたらいいと思うけどさ……」
ベリウスは孤高の魔人種として有名だ。
七魔皇に選出される前から、その実力は魔族に知れ渡っていた。
彼の傘下に入りたいという魔族も少なくなかったと思うが、ベリウスはその全てを断っていたのだろう。実際、魔族は個人主義的なところはあるが、最近、特に赤き竜の目覚めが近づいてからは、その限りではない。
赤き竜に直接魔力を収めることができるのが、七魔皇だけであるため、一般の魔族はいずれかの七魔皇の傘下に入るという流れが出来つつあるのだ。
以前の赤き竜復活の際も似たような感じだったとか、そうでもないとか。
「ベリウス様と一緒に行動してるのって~、メイドの子が一人くらいだったよね」
「くぅう、羨ましい! アタシも……あ、でも、この前見た時、もう何人か増えてたような気がするわ。めちゃでっかい触手で戦う子と、人族っぽい子と……」
「え、人族?」
「うん、遠目で見ただけだから多分だけど……でも、そういう自由な感じもいいよね。マジメロい」
「うわあ~、盲目だぁ」
最初はどうかとも思ったが、きっとあのベリウスのことだ。何かピオンには思い付きもしないような高尚な考えがあるに違いなかった。ホルホルだって、ベリウスを前にしたらきっと同じように考えになる。
問題があるとすれば、自分たちの方だ。
「傘下にと言っても、アタシらのレベルじゃあさ……」
ピオンとホルホルのレベルは二十。
魔族として考えれば低い部類だ。基本的に二人で行動しているとはいえ、あまり無茶はできない。正直、中級騎士でも油断はできないほどだ。
「ま~ね~。ダンジョンでテキトーな冒険者狩ってせこせこ魔力を集めるのがせいぜいだよね~。現実、せちがら~い」
言って、ホルホルは足元に倒れた人族の冒険者を見る。
それぞれ体に深い裂傷が刻まれた死体が三つ。
近接系の職業の冒険者が一人、遠距離物理型が一人、回復系の職業が一人である。
ここは、ニハルの迷宮。
比較的王都に近い場所にある迷宮だ。
特に浅層の難易度が低いため、駆け出しの冒険者などがよく利用する。
ピオンとホルホルは、その駆け出しの冒険者を狙ってこの迷宮に潜っていた。
一応、冒険者としての身分も持っていて、その依頼をこなすという体で来ているため、後でちゃんと魔獣も狩らないといけない。
意外と、認識阻害を上手く使って冒険者として人族に馴染んでいる魔族は少なくない。ピオンとホルホルのレベルだと、バレるリスクは大きいのでいつも戦々恐々としているが……。
「でもさ、多分しばらくは安全だよね」
人族もバカではない。
魔族を発見する魔具はこれまでに何度か作られた。だが、それを見て魔族が発見器を欺く魔具を作る。結局は鼬ごっこなのだ。
そして、ピオンとホルホルくらいの魔族だと、その魔具に頼らないと安心はできない。最近はそれが新調されたばかりだから、おそらくまだ大丈夫だ。
……剣聖のようなイレギュラーに出くわすか、人族を殺している現場を見られでもしない限り。
「そうだね~。じゃ、死体を片付けますかぁ。売れそうな装備は剥いでぇ、あとは魔獣の餌にしちゃうのがいいかな」
「お前たち……何をしているんだ?」
声がして咄嗟に振り向くと、そこには人族の冒険者がいた。
一人、二人……三人、四人。四人パーティー。
「あーあ、見られちゃったね~」
彼らの視線はピオンとホルホル、そして、足元の死体に向いていた。
「魔族ね、鑑定できたわ。レベルはそこまで高くない。いきましょう――戦闘準備ッ」
眼鏡をかけた魔導系の職業の女が声を張る。
パーティーメンバーが、それぞれ武器を構え、殺意を飛ばしてきた。
ホルホルはいつも通りのゆったりとした口調だが、これはまずい。非常にまずい状況だ。
「――ッ、最悪。マジついてないじゃん」
彼らの首元には銀色のタグが付けられていた。
つまり、白銀等級――神金、白金、黄金に続く上から四つ目の等級だった。




