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第50話「決着」

 あれから戦況は変わらず、ベリウスたちの勝利として戦いは終結。

 ツルプルルとシグレの滅茶苦茶な攻撃に聖騎士たちは立て直すことができず、ティアナディアは見事にカンデラを打ち破った。


 ユーリも、カンデラも命までは奪わなかった。ベリウスの目的は、あくまでティアナディアを守ることであり、彼女たちはその障害になり得ないからだ。

 むしろ、ティアナディアの正体が天使の先祖だと露見したときに味方になる可能性すらある。


 ベリウスとティアナディアは、墓の前にいた。

 と言っても、形だけのもので遺体は埋まっていない。墓に関しても石を削って作った簡易的なものだ。


 これは、■■とティアナディアがいた世界のベリウスの墓である。

 改めて死を受け入れる儀式であり、前を向くための決意表明でもあった。

 それぞれ花を供え、手を合わせる。

 ティアナディアはほんの数秒ですぐに顔を上げた。


「もう、いいのか?」

「はい。もう十分過ぎるほど想いは伝えていましたから」


 ニコリと微笑む。

 どうと風が吹き、ティアナディアの銀髪を揺らした。

 王都を一望できる丘の上に立った一本の木の根元に墓石は置かれた。なぜ、この場所なのか……それがわかるのは、きっとティアナディアだけだ。それでいいと思った。


「なあ、それはそうと俺のこといろいろ複雑じゃないか……」


 彼女が前の世界の出来事であるベリウスの死を割り切り、自分との再会を喜んでくれていることはわかっている。

 わかっているのだが、それはそうと、ベリウスの体を使い、その名を名乗っていることに関して思うところはないのだろうかと急に不安になった。


 しかし、ティアナディアはうーんと首を傾げる。


「そういうものだと認識しているので特に……あなたは意外と繊細ですね?」

「いや、そんなことないと思うけど!?」


 この辺りの感覚の違いは、生きてきた世界や種族による価値観の違いによるものなのだろうか。イマイチ判断が付かなかった。


「言ったでしょう? わたしにとってあなたは、ただのご主人様です! あなたがどう思っていようと、それは変わりません」

「そうか、なら気にしないことにする。別に後ろめたさがあるわけじゃないからな」

「はい。それでこそご主人様でございます!」

「ますたぁ! てぃあー!」


 声がする方に視線をやると、シグレと、シグレに触手を撒き着かせて手を振るツルプルルの姿があった。


「め、メイド長ぅう……」


 シグレはげっそりとしていた。

 その理由は考えるまでもない。ツルプルルに魔力を吸われているのだ。その証拠にツルプルルの肌は心無しか艶がある気がする。


「ますたぁ、ますたぁ、シグレもそこそこおいしいよ!」

「プルルさんは信仰が足りませんね、だからお腹が空くのです……ほら、シグレと一緒に祈りましょう」

「祈ってもお腹はいっぱいにならなかったよ!」


 やせ細ったシグレがツルプルルを諭すが、何も響いていないようだった。


「い、いいですか? シグレたちの体は神様のものなのです。神様に尽くし、神様の尊ささを広めるのです。そのために、シグレたちは尽力しないといけない、です」


 なんだか知らないうちにスケールの大きな話になっていた。

 シグレが勝手に神様と崇めているだけだと思っていたが、何やら謎の思想を拡大しようとしている。


 抗議の意味を込めて視線を送るが、シグレは何故か誇らし気だった。うっとりとした表情で神髪の聖遺物とやらを握っている。もういろいろ手遅れかもしれなかった。

 ツルプルルはというと、よくわかってない様子で首を傾げている。


「んー、プルルはますたぁが食べられればそれでいいよ? ますたぁの……えっと、おいしさを広める?」


 そのままちゃっかりと触手を伸ばして、ベリウスの腕に巻き付かせた。ぐんぐんと魔力を吸い取られていた。


「ちょ、プルルちゃん! 少しは自重してください! もっと、メイドとしてご主人様を敬う心を以ってですね」

「プルルはメイドじゃないよ!」

「またそんなことを……っ! 教育、教育をしないと……」


 ティアナディアがツルプルルをベリウスから引き剥がそうと引っ張るが、引っ付き虫のようにくっついて中々取れない。どころか、更にツルプルルの触手が絡まってくる。


「きひひ、やっぱりますたぁが一番おいしいね。ますたぁ、だいすきぃ」

「プルルちゃん離れて! 離れてください……!」

「てぃあはうらやましいの? 一緒に食べる? おいしいものはみんなで食べるといいよ! 一緒にますたぁ食べよう?」


 なんだか目の前で恐ろしい提案がなされていた。

 ティアナディアが頷くわけもないとは思っていたが。


「た、たべ、たべりゅなんて……そんなはしたない……てれてれ」

「あれ!? ティア!? 止めてくれるんじゃないのか!?」

「だ、だめ、でしょうか……? ご主人様?」


 上目遣いで首を傾げるティアナディアに何も言えなくなる。

 わかっていてやっているのだろうか。それとも天然か。本気を出したティアナディアに敵うわけもないというのに。


「お、おい、シグレ! なんとかしろ!」

「も、もういっそシグレを食べてください、食べられることで少しでも役に立ちたいです、シグレ自身を生贄にします……」


 ダメだ。シグレはバッドなモードに入ってしまっていた。


 破滅エンドの回避はなされたが、物語は終わらない。

 もし、ティアナディアが天使ミカエラの子供だと露見すれば、全ての魔族が敵に回ることになる。だが、それは人族が味方になることと同義ではないため、依然、両勢力を相手取ることを考えなくてはならなかった。


 結果、ベリウスは悩みの末に勇者に七魔皇を倒させ、ティアナディアを守らせる方法を取らせることを選んだ。


 これまでに訪れた赤き竜復活の危機を全て切り伏せた勇者の力を信じて――。


 だが、それは最もティアナディアを不幸にする愚かな選択だ。

 大切な者は自分の手で守る。その力が、設定が、知識が今のベリウスにはある。

 敵に回る可能性のある、他の七魔皇。

 そして、現在七魔皇である、ベリウスを討たんと迫る人族たち。

 その全てを蹂躙し自由気ままにこの世界を謳歌する――ベリウスは改めて心に誓うのだった。


    ◇


 この世界で起こった異変の一部始終を観測していた。


 違和感。不和――あるべき世界が再び歪んでしまった。

 どれだけの悪逆も、正義も、非道も、救済も問題にはならず、ただ、物語としての明確な間違いというのは存在した。そうあるようにできている。つまり、そうである以外に許される余地はない。


「ああ、それはよくない。とてもよくないことだ」


 些事ならば問題ない。

 だが、物語にはどうしても外すことができない骨の部分というものもある。


 軸が揺れ動いてしまえば、その世界の存在意義はなくなってしまう。

 何よりもあんなふざけた結末は許容できない。


「ベリウス・ロストスリーは命を落とし、ティアナディアは堕天使として勇者の前に立ちはだかる――これが世界を正すために必要なのだから」


 世界を観測する大いなる意思は歪んだ世界を前にぽつりと呟いた。

 この世界にメスを入れる――腫瘍は取り除かなければならない。


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