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第49話「原作都合で消されるはずだった強キャラ」

 ティアナディアは純白と漆黒の剣を振り抜き、カンデラを吹き飛ばした。

 カンデラは地面に二本線を引いて踏ん張り、再び突撃しようとした瞬間――。


「うぎゃぁああうあうあうああうあうあ――ッ、神様、どうかシグレをお救いください、お救いください、お救いくださいです!」


 情けない声と共に物凄い勢いで何かが突進してきた。

 その正体を見て、カンデラや聖騎士たちは白目を剥いた。


「な……ッ、レッドドラゴンと……あの触手はなんですの!」


 討伐ランクAの竜種、レッドドラゴンの背に乗ったシグレと、巨大な触手を以ってシグレを追うツルプルルの姿がそこにはあった。


「シグレ! プルル!」


 ベリウスの声に、半泣きのシグレが急停止。

 レッドドラゴンから降りると、すごいスピードで走って、ベリウスの前に正座をした。


「神様の天啓があったのです……ここに駆け付けなくちゃいけないと思ってですね、ふぇっへへ……神様の邪悪な使い魔を連れてなんとかぁ……」


 その言葉で大体の事の顛末が察せた。

 ツルプルルを邪悪な使い魔と認識しているのは気になるが……。


 よしよし、とシグレの頭を撫でてやると、体を震わせながらも「ふぇへ、えへ」と笑った。喜びと恐れ多さが同時に来たようで不思議な表情をしていた。


 それからしばらくして落ち着いたのか、当たりを見回してシグレは「なっ、聖騎士がこんなに……」と瞳をぐるぐるとさせながら祈り始めた。

 追い付いたツルプルルは、じゅるりと涎を垂らしながら触手をうねらせていた。


「プルル……もう、俺以外喰わないんじゃなかったのか?」

「んー、でもたまにジャンクなものも食べたくなるよ!」

「なるほど……わかった、その辺りはおいおい考えよう。だが、いいタイミングだ、プルル。今から食べ放題といこうじゃないか」

「……食べほーだいッ!?」


 ツルプルルはぎらぎらと瞳を輝かせて、聖騎士たちを見た。


「そいつら好きなだけ喰らっていいぞ」

「すきなだけっ!?」

「ああ、全部喰ってしまってもいいからな。好きに暴れろ」


 ツルプルルが涎を垂らして満面の笑みを作るのと同時に、聖騎士たちの表情が引きつる。

 十本の触手がスカートの中から伸び、聖騎士たちに襲い掛かる。掴み、引きずり込み、喰らい、吸い取り――一方的な蹂躙が始まった。


「シグレもどうだ? 上手くレッドドラゴンを使っているみたいじゃないか」

「あ、あの……あれは神様のて、敵ですよね?」


 聖騎士たちを見て、シグレが問う。


「ああ、俺の目的を邪魔するヤツらだ。大した力はないが如何せん数が多くてな」

「わかりました。シグレにお任せください。神様の手を煩わせるまでもありません」


 シグレはぴこんと耳と尾を立てると、覚悟を決めるように息を吐く。

 瞠目した彼女に瞳にいつもの怯えはなく、魔力はその小さな体躯を滞りなく巡っていた。


「神様に貰ったこの力――ふえへ、竜喚使ドラゴンマスターの力をお見せしましょう」


 詠唱を唱え――僕を喚び出すための魔法を発動。

 レッドドラゴンに加えて、三体のワイバーンが現れた。ワイバーンは天に向かって激しく咆哮すると、シグレに頭を垂れて命令を待つ。


「いい子ですね。さあ、神様の敵を蹂躙しましょうか。一匹でも打ち漏らせば、責任を取って一緒に切腹ですよ。だから、真面目に働いて、ね?」


 シグレはワイバーンの頭を撫でると、小さく呟いた。

 ワイバーンはぶるりと体を震わせてから、やる気をアピールするように両翼を羽ばたかせる。


 レッドドラゴンが魔法隊の隊列のど真ん中に飛び込み、ワイバーンも勇んで突撃していく。余程シグレの脅しが効いたらしい。……本当に脅しかは怪しいところだが。


 ツルプルルの触手は聖騎士を喰らうたびに肥大化し、やたらめったらに戦場を荒らす。彼らも見たことのないバケモノに冷静さを掻いており、統率が取れていない。


 カンデラがティアナディアに完全に封殺されているのも、原因の一つだろう。

 振り上げられたツルプルルの触手が鞭のようにうねり、戦場を一刀両断する。

 シグレが操るレッドドラゴン、ワイバーンが人間離れした膂力と巨躯で戦場を縦横無尽に暴れまわる。


 ここまでくれば隊列も、戦略も、数も意味を成さない。

 あちこちから悲鳴と怒号が響き、戦場は混沌を極めていた。


 流れは完全にこちら側に傾いていた――そのとき。


 ベリウスの前に一人の冒険者の少女が現れた。

 少女は若干失望したような、悲しそうな表情でベリウスを睨む。


「こんな形で名前を知ることになるとは思いませんでした――ベリウスさん!」


 この世界の勇者――ユーリ。

 二度、王都で顔を合わせた。二度目では、彼女が追っていたひったくりを捕まえたことで、再会したときには名前を教えて欲しいとせがまれた。


「俺はこうなると思っていたぞ、人族の勇者よ」


 すると、勇者という言葉に呼応するようにグローブが付けられたユーリの右手の甲が光る。勇者に選ばれた証である紋章が七魔皇を前に熱を帯びた。


「なら、どうして、あの時に私を殺さなかったんですか!」

「なんてことはない。ただの気まぐれだ。その気まぐれで、貴様は今から命を落とすことになる」


 杖を向けると、ユーリも弾かれたように西洋剣を構えた。

 最初に目にした時よりは幾らかマシだが、まだ駆け出し冒険者の装備と呼んで差し支えない範疇で、本来ならば七魔皇と対峙して勝てる見込みなどない。


 だが、原作には敢えて勇者に討たれるというベリウスの策略があった。

 つまり、それがない今となっては、この挑戦は無謀以外の何物でもない。


「私、貴方のことそんなに悪い人だって思えないんです。本当は戦いたくない。何か事情があるんだって思うんです」

「何を温いことを――」

「でも、私勇者なんで! 戦いますよ」


 無謀だとわかっていても、ユーリはベリウスの言葉を遮って戦う道を選んだ。

 同じだ。元々も勇者はベリウスの思惑など知らないのだから、彼女からすればこれは全く変わらない格上への挑戦なのだ。


「はあ――ッ」


 王都の露店で数千本と売られているようなありふれた鉄の剣を振り上げ、迫る。

 まだぎこちない動作で剣を振り下ろし、時には覚えたてであろう闘氣術アーツを使ってベリウスに打ち込んでくる。

 駆け出し冒険者のはずだが、その姿には人の目を惹きつける魅力と熱があった。


「ははッ、それでは傷の一つも付けられんぞ!」


 杖を薙ぐと、ユーリは堪えきれず地面に転がった。

 しかし、すぐに体勢を立て直すと、再び剣を構え直した。

 先の打ち合いで実力差は理解したはずだが、その瞳に陰りは見えない。


「逃げない、逃げない、勇者は逃げない! はあああ――【抜刀】ッ」


 体を引き絞り、敷かれたレールを滑走するような滑らかさで迫る。ホルダーから西洋剣を引き抜く勢いでそのままベリウスに斬りかかった。


 先ほどまでとは一線を画すスピードに思わず対応が遅れ、鉄の剣が頬を擦過した。


「く――ッ」


 だが、【魔禍の冠】によりダメージは入らない――と思ったが。

 勇者の固有スキル【天勇ブレイブ】――一定確率で全てのスキルの影響を受けずにダメージを与える能力により、この戦場で初めてベリウスにダメージが入る。

 頬に赤の一文字が引かれ、それに気づいた聖騎士たちがどよめく。


「おい、あのガキやりたがったぞ!」

「斬った! そうだ、七魔皇も無敵じゃないんだ! やれるぞ!」


 気づけば、ツルプルルやシグレの操る竜種に追い回されながらも、聖騎士たちはベリウスとユーリの戦いに注意を向けていた。まるで、ユーリが最後の希望だと言わんばかりに。


「ふん。掠り傷程度で大袈裟なヤツらめ。偶然は二度も降って来ないぞ」


 ユーリを睨め付け、体に魔力を巡らせる。

 彼女に慢心はない。本気だ。本気でベリウスを打倒す気でいる。


「まだまだああああ――ッ」


 勇んで斬り込むユーリ。その連撃を杖でいなしながら、詠唱を始めた。


「永劫の鉄槌――」


 これは敬意だ。

 勇気ある、小さな勇者に敬意を表する。

 彼女は赤き竜の復活を阻止するため、これから七魔皇を討伐する旅に出るだろう。


「無力の檻は罪の重さ――」


 その道中、様々な苦難に見舞われる。

 決して楽な道のりではない。心が折れそうになることもあるはずだ。

 ベリウスは勇者の正道からは外れてしまったが、かつては同じ使命を課された身――がんばれよ、勇者。そう心の中で唱える。


「母なる大地にその存在を縫い留める――【グラビティ・フォール】」


 本能で何かを感じ取ったのか、ゾッとユーリの表情が引きつる。

 瞬間、重力の帳が彼女の一帯に降りかかり、物凄い勢いで地面に落ちた。


「あぐぁ――ッ」


 強烈な負荷が掛かり地面に押し付けられる。そのレベルでは、抜け出すことは敵わないはずだ。それでも、ユーリは五指で地面を抉り、藻掻き続ける。

 その真っ直ぐな瞳はベリウスを捕らえていた。恨みや憎しみじゃない、ただ、大切なものを守りたい、救いたい、その一心ばかりが伝わってくる。


「わたしは弱いッ……でも、いつか、あなたを倒してみせ――」


 その言葉に驚くとともに感心する。

 そうか、コイツは根っからの勇者なのだ。自分と違って。


「ああ、強くなっていつか俺の前に立ちはだかるがいい、勇者よ」


 そう言って彼女を見やると、既に意識を失っていた。意識を失って猶、強く剣を握り締めている彼女に呆れるとともに自然と笑みが零れる。


 こうして、ベリウスは聖天祭の日を生き残り、破滅エンドを回避したのだった。



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