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第48話「原作都合で消されるはずだった強キャラ」

「あなたの本当の名前を教えてくれますか?」


 ■■が一通り泣いて落ち着いた頃、ティアナディアが言った。


 少し逡巡する。

 きっと、ティアナディアが言っているのは、現実世界ではなく、ゲーム世界での名前だ。あの世界では名前を■■と表示させていたから、偽名だと考えたのだろう。


 あのゲーム世界こそ、自分にとっての現実だった。

 だから、その先の現実まで意識する必要がないが、それでも――。


「俺の名前は――」


 ゲーム世界ではなく、自分にとっての現実世界での名前を口にした。

 自分にとっての弱いところ。でも、この姿まで見られていて今更だ。

 ティアナディアは何度かその名前を口にすると、満足げにニッと笑った。


「だが、俺はベリウス・ロストスリーとして生きるぞ。この世界に来たときに、そう決めたのだ。原作都合を捻じ曲げて、破滅エンドを回避し自由気ままに世界を蹂躙してやると!」


 そう宣言すると、みすぼらしい体が再びベリウスのものに変わっていた。

 綺麗な金髪。細身ながら引き締まった体に、荘厳なローブを纏って堂々と仁王立ちをする。


「そうですか。それがあなたの覚悟だと言うのなら……あ、ということは、本当のあなたの名前を知っているのは、わたしだけということですね。てれてれ」

「……ま、まあ、そういうことになるな」


 くねくねと体を動かすティアナディアを見て、返答に困った。

 一緒に旅をしていたときは辛く当たられた思いでしかないから、自分をあのときの少年だと知って猶、こういう対応をされるのはまだ違和感があった。


「では、わたしはあなた様(・・・・)のメイドとして、あなた様をご主人様と呼び続けます。この世界にきたときに、そう決めたのです。構わないですね?」

「ああ」


 力強く頷いた。

 それが彼女にとっての覚悟ということらしい。

 ティアナディア小走りで回り込むと、ベリウスの隣に立って腕を絡ませた。


「最後に一つだけいいでしょうか」

「なんだ」

「あなたはどうして、わたしを救ってくれたのですか?」


 そうか。ティアナディアからしたら、それを疑問に思うのか。

 自分にとっては当たり前のこと過ぎたから、口にしたこともなかった。


 これはただの執着だ。いつ死んでも惜しまれないような人生を送っていた自分が前を向くための気持ちの悪い執着で、ティアナディアが、あの時の自分の全てだった。

 だが、もう少しだけ綺麗な言い方をしてもいいのなら――。


「ティアを救うなんて当たり前のことだよ。俺の方がとっくに君に救われていたんだから」


 ティアナディアは困惑して首を傾げる。

 だが、こちらの表情を見て誤魔化しの解答をしたわけではないとわかったのか、それ以上何かを追及してくることはなかった。


「よし、ティア。準備はいいか?」

「はい! いつでも問題ないでございますよ!」


 ベリウス・ロストスリーは、ティアナディアを守るために自らが勇者に討たれる選択をしたが、結果、彼女は不幸の未来を辿ることになった。


 だが、今のベリウスには原作の知識がある。


 立ち塞がる悉くのものを蹂躙してティアナディアが幸せになる未来を誰の力でもない、ベリウス自身の力で掴み取ることを改めて誓おう――さあ、これがその一戦目だ。


    ◇


 幻惑を解除したベリウスとティアナディアの意識は王都の高台に戻った。

 目の前には聖剣を構え、苦い顔をしたカンデラが。

 その奥の聖騎士は意識を持っていかれる前より遥かに数を増していた。おそらく、増援が間に合ったのだろう。


「ちっ……想像以上にMPが削られているな」


 ステータス画面を確認して、舌打ちを漏らした。

【魔禍のアブソリュート・クラウン】が問題なく機能した証拠でもあるが、随分と長い間、幻惑に捕らわれていたらしい。


 今になってやっとルナの忠告を思い出した――慢心。

 この世界はたしかにベリウスの知っているゲームの世界と似ているが、あくまで似ているだけで同じものではない。


 痛みがあるし、それぞれの人々に感情があって、営みがあって、命があって――その全てを知った気になるは慢心であり、何より傲慢だ。


「にしても、腹立たしい!」


 ベリウスはスキルツリーを弄って、SPIの値をやたらめったらに上げた。これで簡単には状態異常に掛からないはずだ。


「怯まないでくださいましッ! もう一押しですわ! ここで仕留めますわよ!」


 カンデラは魔力を滾らせて、こちらを睨め付ける。

 目を覚ましたベリウスを見て、及び腰な思考が過った者もいただろう。カンデラはそんな聖騎士たちを鼓舞するために、聖剣を掲げて声を張った。

 その勇敢さとカリスマは、前のめりな熱となって聖騎士たちに伝播する。


「そうだ、やれる、俺たちの手で街を守るぞ!」

「俺たちが七魔皇の一人を倒すんだ!」

「剣聖様もついてるからな! 負けるわけない!」


 聖騎士たちは勇んで、それぞれ武器を構える。

 だが、ベリウスから言わせれば、蛮勇以外の何物でもなかった。


「貴様らは間に合わなかったのだ」


 唯一無二のチャンスを逃した。

 もう、聖騎士たちに勝ちはない。


「俺が幻惑に侵されているときに決めきるべきだった。それができなかった時点で、俺が目覚めた時点で、お前らの死は確定した」

「クソ抜かせッ、ですわのわッ!」


 再戦の口火を切ったのはカンデラだった。

 地面を蹴り、疾駆。聖剣を振り上げ繰り出された水際立った一閃を――ティアナディアの漆黒と純白の二本の西洋剣が受け止めた。


「わたしが相手です! あなた如きがご主人様を相手にするなど百億年早いでございます!」


 ティアナディアは二本の剣を自由自在に操り蝶のように舞う。

 右の漆黒。

 更に左の純白。

 体を捻って死角から繰り出される一撃、更に宙を舞って、両の剣を叩きつけ、銀色が弧を描いて立ち位置を変え、流れるような動きでカンデラを斬り付けた。


「《ブラン・エ・ノワール》――ッ」


 そのままの流れで、闘氣術アーツを発動。

 白と黒の二連撃にカンデラは咄嗟に防御の型で耐える。

 が。


「続けてッ――でざいます!」


廻天リボルブ】――双剣天機エクスマキナの固有スキル。同一のスキルを続けて発動する際、一度だけそのリキャストタイムをゼロにする。


 ノータイムで放たれた同一スキルの二連撃にカンデラのガードは間に合わない。


「ぐぅぁ――ッ、そんなの知らなッ」


 鎧が砕け、吐血。

 相当のダメージが入ったはずだ。こうなれば、これまでと同じパフォーマンスは出せまい。心なしか剣を振るう腕も重たそうに見える。

 それでも瞳の炎は消えず、攻めの姿勢は変わらない――剣聖の意地というヤツだろう。


 しかし、息を吐く間もない連撃にカンデラは防戦一方になる。

 頬に裂傷が刻まれ、胸の鎧が砕け、呼吸の暇もなく体は上手く動かせていない。


「ちッ、クソッ、邪魔! です! わ!」

「ふふ、聖剣の名が泣きますね。軽いでございますよ!」


 カンデラがダメージ覚悟で反撃を試みるが、ティアナディアはそれをひらりと軽い動きで躱す。


 ティアナディアは踊るようなステップでカンデラを翻弄していた。銀髪と、漆黒と、純白が軌跡を描いて芸術的な舞踏をみせる彼女に思わず身惚れてしまう。


「俺らも剣聖様に続くぞおおおお――ッ!」


 部隊の隊長格らしき男が号令をかけ、数を増した重装兵たちが迫る。

 聖騎士たちは増援で合流した後方の魔法隊の魔法マジックによる強化、また、闘氣術アーツによる身体能力増加を施した身体を以って、鯨波を上げて突撃してくる。


「詠唱破棄――【魔攻上昇マジックアップ】、【魔攻超過マジックフォース】、【クレイジーフォース】、【範囲超過エリア・ゼロ】」


 だが、有象無象がどれだけ束になったところで障害になりえはしない。

 INT値を上げるスキル、攻撃範囲を広げるスキルを使用し、続けて魔法を唱える。


「灰より出でし灼熱よ、大地を焦がし、天を貫き、悉くを灰燼と化せ――」


 魔力の燐光が沸き上がり、幾重にも巨大な魔法陣が重ねられる。

 大地がどよもし、たじろぐ聖騎士たちが視界の端に映る。

 初級、中級、上級、超級のさらに上、聖級の位。


「《プロミネンス・ピラー・カタストロフ》――ッ」


 ぶわりと熱気が吐き出され、眩い閃光と共に巨大な火柱が立った。

 悉くを飲み込み、焦がし、溶かし、灰と化す、圧倒的な熱の塊。


 聖騎士が組んだ隊列の中心に天を突くほどの炎の柱が屹立する。

 絶叫が響き、黒影が蠢き、それら全てを塗りつぶして炎は燃え続ける。


「思い出すがいい。記憶に刻むがいい。俺は悪役だ――行く手を阻む者全てを蹂躙する、この世界の悪だともッ」


 炎が収まって猶、ゆらゆらと燎原が広がる様はまるで地獄の再現だった。

 血気盛んだった聖騎士たちは水を打ったように静まり返り、その表情は恐怖に歪んでいた。


「……敵うわけがない。こんなの災害だ」


 聖騎士の誰かから掠れた声が漏れた。

 それは彼らの心中の代弁だった。誰もが同じように死に恐怖に、逃走ばかりが脳裏を過り、剣を握る手に力はなかった。


 それでも半狂乱の中、また、勇気を振り絞ってベリウスに突撃する者もいた。

 剣を振るい、矢を射り、魔法を放ち、仲間を守るための盾を展開する。

 ベリウスはそれらを軽くいなしながら、矢継ぎ早に魔法を唱える。

 このままでも負けることはないだろうが。


「きりがないな」


 ティアナディアとカンデラの戦いを見やる。

 二人の戦いだけを切り抜いてみれば、ティアナディアが優勢だった。

 彼女の二振りの剣を相手にカンデラは防戦一方で、たまに繰り出した一撃も容易く回避されてしまう。レベル差もあるし、カンデラが得意とするのが対魔獣の戦闘であるというのも一つの要因だろう。


 だが、カンデラは魔法隊による潤沢なサポートを受けていた。

 STR、AGL、PDEFの上昇に加え、回復系のスキルも受けて耐え忍んでいる。

 比べて、一人で戦うティアナディアのMPには限界があるし、少しずつだがダメージも蓄積している。


「悔しいですが一対一なら貴方に勝てませんでしたわ。ですが、これは人族の戦いッ、どんな手を使っても、貴方方はここでクソ葬ってみせますわッ」


 カンデラは引き上げられたステータスを十全に使いこなし、裂帛。

 聖剣による重たい連撃を繰り出し、気合でティアナディアを押し込める。

 しかし、ティアナディアは焦るどころか、口角を上げて瞳を輝かせる。


「おめでたい脳みそをしていますね!」

「なにを――ッ」

「どうして、わたしたちには仲間がいないと思い込んでいるのかと聞いているのでございますよ! 剣聖ッ!」


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