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第47話「貴方だけのメイド2」

「ティア……? ティアなのか?」

「はい、わたしはティアナディア。いつも貴方様の隣に。貴方だけのスーパーウルトラパーフェクトメイド、ティアナディアですよ」


 ティアナディアはベリウスの手を取って立ち上がらせた。

 よろけるベリウスの支えになって、優しく背中を擦る。


「いや、でも、違うんだ、それは……」


 ティアナディアが駆けつけてくれたことに充足感を覚えたものの、それも一瞬のことだった。


 先程突き付けられた事実は決して嘘ではない。■■は、自分のためにベリウスを偽り、ティアナディアを騙した。自分は彼女が敬愛する主人ではないのだ。


 ティアナディアは勘違いをして、優しい言葉をかけてくれている。

 これは、本来自分に掛けられるような言葉ではない。

 偽物の、嘘つきの自分なんかが貰っていい言葉ではない。

 自分は誇れることなど一つもない。力はない。覚悟もない。

 ティアナディアに信頼を寄せて貰えるような存在じゃない。


「僕は君のご主人様じゃないんだ。俺はベリウスの偽物だ」


 ここまで隠し通していたことを、ついに言ってしまった。

 彼女の優しさが、敬愛の念が、偽物の自分には心苦しくなってしまったのだ。


 ティアナディアは怒りの形相をしているに違いない。

 彼女の顔を見ることができない。

 裏切られたと思ったか。

 軽蔑されただろうか。

 殺意を抱いたか。


 だって、ティアナディアからしたら、■■は敬愛する主人を偽る極悪人だ。

 しかし、彼女の口から出たのは――。


「はい。初めから気づいていましたよ?」


 あっけらかんとした調子で言ったのだ。

 反射的に彼女の顔を見るがキョトンとしている。

 今更何を言っているのか、とでも言いたげだ。


「考えてもみてください。わたしは貴方様のことをなんと呼んでいますか?」

「……ご主人様」

「わたしはベリウス様のことをそうは呼びませんよ」

「……ぁ」


 仕方ないなあ、と微笑むティアナディアに、思わず情けない声が漏れる。

 そうだ、そうだった。どうして、こんなことにも気づかなかったのか。


「ティアは初めから……」


 彼女はこくりと頷いた。

 とんだ思い違いをしていた。

 自分は上手くベリウスを偽れているのだと思っていた。

 ティアナディアの狂気的なまでの執着を知っていながら、どうして騙し遂せたと勘違いしてしまったのか。


 羞恥に顔が赤くなる。と同時に、別の疑問が突いて出た。

 どうしてティアナディアは、自分のことをご主人様と呼ぶのか。


「……俺のことを憎んでいてもおかしくないのに」


 ベリウスを名乗り、ベリウスの体を使う、どこの馬の骨とも知れない■■を。


「ふふ、わたしは本当にすぐに気づいたんです。でも、あなたは気づいてくださらないのですね? わたしのこと」


 意地悪く笑うティアナディアに、困惑が深まる。

 何を言っているのか。どういう意味だ? 全く見当が付かなかった。


「あなたと一緒に旅をしました。あなたは人族なのに、わたしの執着のために普人種を殺す選択をして、わたしについてきてくれました。最初は何か思惑があるのだろうと疑っていましたが、あなたは全くそんな素振りを見せないのです」

「ちょ、待て……まさか、お前は」

「洞窟を巡り、砂漠を横断し、雪原を越え、妖しい呪術に手を出して、時にはクリエイター級のアイテムを求めて旅をしたのです」

「待て待て待て……」

「いつもわたしのことを気に掛けてくれました。わたしのことがよっぽど好きだったのですね。わたしとあんなことやこんなことをするにじそーさく? を作ったり……」


 そんなことが有り得るのだろうか。

 だが、そうでなければ知り得ない情報ばかりを彼女は語る。

 ずっと勘違いをしていた。彼女はこの世界のティアナディアではなくて――。


「……お前は俺と同じ世界の」

「はい。わたしも貴方と同じタイミングでこの世界に転生したのでございますよ」

「……だとしても、二次創作のことを知ってるのはおかしいな。話したことあったか……?」

「た、たしかに。……うーん、やはり、ウルトラメイドとしてご主人様と深い心の繋がりがあった故のことでしょうかね」


 向かい合ったティアナディアが、■■の手を握ってふと微笑んだ。


「それがあなたの本当の姿なんですね」


 言われて、病衣に身を包んだ現実世界のみすぼらしい体のままであることに気が付いた。


「……こんな姿見られたくなかったな」

「わたしは新しいあなたを知れるのは嬉しいですよ。これはこれで可愛いと思います」

「……バカにしてるよね、それ」


『Legend of Ragnarok』の世界にいるときだけは、弱い自分から脱却できていたような気がした。


 この姿は弱さの象徴で、目を逸らしたい現実だ。

 誰にも必要とされなかった、いなくなっても気づかれないような存在だ。


「いえいえ。いえいえいえ。そんなことはございません」


 しかし、ティアナディアは真剣な表情で否定する。


「わたしは後悔していたのですよ」

「後悔?」

「貴方に救われていたのに、それを一切伝えることができなかったことをです」

「救う? 僕が? 何を言って……」


 当惑する■■の手をティアナディアはギュッと握った。


「わたしはずっと闇の中にいました。ベリウス様の死に捕らわれて、現実から目を逸らし、無暗に力を振るい、自らも深淵に向けて歩を進めていた。そんな中、あなたはわたしと一緒に歩いてくれた」

「そんなこと……」

「感謝してもしきれませんよ。そうしているうちに、終わりがないと思っていた闇から抜け出していたのです。いつの間にか、ベリウス様のことについても、自分の中で整理がついていたのです」

「そ、んな俺なんか……」


 上手く言葉が出なかった。

 あれは全て自分の欲望のためにやったことだ。

 ベリウスを羨ましいと思った。勝手にティアナディアの狂愛に縋った。彼女の幸せを願いながら、自分のことしか考えていなかった。


「違うんだ、それはきっと僕自身が救われたかっただけで……」


 ティアナディアはゆっくりと頭を振る。


「それでも。そうだとしても、わたしはあなたに救われました。前の世界では素直になれませんでしたが、今ならはっきりと言葉にできます。ずっと、伝えたかった――」


 大きく息を吸って、吐いて。

 ティアナディアは花が咲いたような笑みを浮かべた。



「わたしを救ってくれてありがとうございます。誰がなんと言おうと、わたしにとってあなたは大切な人で、なくてはならない存在ですよ」



 ティアナディアの言葉にじんと胸が熱くなる。

 再び涙が溢れ、上手く言葉が出ない。

 こんな奇跡があっていいのだろうか。


「……そっか、僕はちゃんと君の中で生きていたんだ」

「はい」

「……ティア。ティアナディア」


 実態を確かめるように手を伸ばすと、彼女は優しく抱き留めてくれた。


「はい。わたしは、あなたの知っているティアナディアでございます。この世界であなただけが知っている、あなたのティアナディアですよ」


 ティアナディアは幼子をあやすように■■の頭を撫でる。

 彼女の体温と優しい香りに体を委ね、産声を上げたように涙を流した。


 思えば、ティアナディアはヒントをくれていた。

 レベル上げに意味があるのかという指摘も、ルナのことに関しても、他にも気づかないところで幾つもサポートをしてくれていたに違いない。


 きっと、■■が何をしようとしていたか気づいていたのだ。

 ふと、記憶の中でベリウスに掛けられた言葉を思い出した。


 ――ティアはお前が守れ、勇者よ。


 それは本当に、ただ言葉通りの意味だったのかもしれない。

 ■■は、改めてベリウスに誓った――何があってもティアを守ってみせるよ。


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