第45話「Another4」
ルナの辿り着いた答えに、ゆっくりと頷き肯定を示した。
ベリウスが偽物であること、その中身があの時の少年であることには、すぐに気が付いた。
「自分の中で、ベリウス様について整理がついたと自覚した瞬間、その少年のことを何も知らないことに気が付いたのです。長い間旅をしながら、わたしは彼のことを知ろうとしませんでした。でも、ずっと不愛想な態度を貫いていたものですから、今更話を……というのも恥ずかしくて」
結局、この世界に来るまで、少年とは打ち解けることができなかった。
彼のことは何も知らないままだ。彼はきっとティアナディアのことをたくさん知っているのに……不公平だ。自業自得だけれど。
「最初は彼のことが気に喰わなかった。けれど、わたしはそんな彼に救われていたのです」
ティアナディアの心に巣食う闇は、いつの間にか少年が取り除いていてくれた。
それに気が付いたとき、同時に彼に対して返しきれないだけの恩があることを思ったのだ。
「だから、ティアナディア様は、今のベリウス様が偽物だと、その少年であると知りながら、彼に尽くしている」
「以前の世界で彼が冗談交じりに『僕のことをご主人様と呼んでみてっ』と言ったことがありましたので。いい機会だと思ったのでございますよ。必死にベリウス様を演じる彼は少々可愛らしいなと思いました」
当時はふざけるな、と一蹴したものだが、人生何が起こるかわからないものだ。
「この世界での時間はどうでしたか?」
「楽しかったでございますよ。彼のメイドとして過ごした、この十日間はとても新鮮で、久しぶりに自分に素直になれたような気がしました」
「それでも、ティアナディア様はひどく迷っていらっしゃる」
ルナのこちらを見透かしたような口ぶりにも、もはや不快感はなかった。
不思議の連続だった。なぜ、自分が似て非なるこの世界のティアナディアになったのか、元の世界の少年がベリウスになったのか。
ベリウスの死には自分なりに向き合って整理をつけたと思ったが、でも、どうだろう、なんだろう、これは、上手く言葉にできないけれど、何に迷っているのかすらよくわかっていないけれど――。
「多分、わたしはベリウス様を置いて前を向いてしまうことに抵抗感があるのかもしれません」
口を突いて出た言葉は思ったよりも正確に己の心中を表していた。
「ベリウス様は死んでしまいました。でも、この世界なら、また、ベリウス様と話ができるかもしれない……ただ、それは、きっとわたしのベリウスの様ではないのです。もし、生きていたら、わたしはどうすればいいのでしょうか。嬉しいはずです。嬉しいはずなのに、もう、わたしのベリウス様は死んでしまったのです。やり直すべきですか? 彼を犠牲にしたとしても? 二人を天秤に乗せたとしたら……わたしは選ぶことなど耐えられないのです」
まとまりのない激情が堰を切ったように溢れ出る。
そうか。どちらも恩人なのだ。ベリウス様も、前の世界で共に旅をした少年も、比べるようなものではなくて、どちらも……。
気づけば、滝のように涙が溢れていた。慌てて拭うが、勢いは収まらない。
ずっと秘めていた想いを言葉にして、蓋をしていた複雑な感情がそのまま表に出て止まらない。
「本当は気づいているのでしょう?」
ルナはティアナディアの手を優しく握った。
「きっと貴方様は既に自分の中に答えをお持ちですよ。もし、ベリウス様だったら、なんと言うでしょうか。貴方になんと言葉をかけるでしょうか」
「……っ、ベリウス様。ベリウス様は……」
ぶっきらぼうで、圧倒的な力を持っていて、でも、不器用な優しさがあった。
意外と繊細で、野菜が嫌いで、魔法が好きで、ティアナディアの前でいつも強くあろうとした。
いつか、ティアナディアが眠っているとき、ベリウスがぽろっと零した言葉がある。
「娘がいたらこんな感じなのだろうか……そう言って狸寝入りをするわたしの頭を撫でて、毛布を掛けてくれました。ベリウス様は、わたしを愛してくれていたと思います」
「はい」
「……っ、ベリウス様はわたしの幸せを願っていてくれていたと思います」
「はい。わたくしもそう思いますよ」
こうして口にしてみて、初めて本当の意味でベリウスの死に向き合った気がした。
大切な人の死を受け入れる。彼の言葉を大切な宝物として胸に秘めて明日を生きていく。
墓を作ろうと思った――そして、わたしのベリウス様にちゃんとお別れをするのだ。
「この世界のベリウス様は、この世界のティアナディア様にとっての主人であるかもしれませんし、そうではないかもしれません。元々貴方様がいた世界とは異なる世界だとしても、全てが無関係だとはとても思えないのです。この世界のティアナディア様と貴方を切り離すべきかどうかすら、わたくしにはわかりません」
本人に問うことができないのだから、全ては想像でしかない。
これは、きっと、もう一つの可能性だ。
「ただ一つ言えるのは、貴方様は、貴方様と旅をした少年はこの世界で生きているということです」
今日は聖天祭の日。
ベリウス・ロストスリーが勇者に討たれた日。
つまり、今、ベリウスは戦っているのだ。王都で王国軍を、剣聖を、勇者を相手にして、たった一人で戦っている。
「貴方様は大切な人を二度も失うつもりでしょうか?」
雷に打たれたような衝撃が走る。
その言葉で完全に目が覚めた。
たらればを話したらきりがない。
可能性の話をしたら不安が尽きることなどない。
正解などない。正解である必要もない。
ルナの言った通り、たった一つの真実は今ティアナディアと彼は生きていて、彼は命懸けで戦っているということで――その理由など容易に想像できた。
「いいえ。わたしは未来のために戦います」
ティアナディアは胸元の手帳を撫でながら顔を上げた。




