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第44話「Another3」

 ティアナディアの言葉に、ルナは大きく目を見開いた。


「ティアナディア様が偽物でございますか……?」

「えっと、わたしはティアナディアではありますが、ティアナディアではないといいますか……」


 ルナは益々混乱したようで形のいい眉を顰める。


「別世界のティアナディアといえば伝わりやすいでしょうか。ベリウス様の体に何者かが転生したとき、また、わたしも別世界から、この世界のティアナディアに転生していたのでございますよ」


 おそらく、ベリウスの中身がワズンの森で入れ替わったときより少し前のタイミングだったと思う。

 目が覚めたとき、ティアナディアは自分のものとは似て非なるこの世界のティアナディアの体に魂が宿っていた。


 荒唐無稽な話をしたと思ったが、ルナは得心がいったと頷いてみせた。


「なるほど。だとすれば、ティアナディア様だけれど、ティアナディア様ではない。その言い回しにも納得ができます」

「はい。少々、長い話になりますがよろしいでしょうか」


 ルナは静かに頷いた。


「わたしの世界では既にベリウス様は剣聖と勇者に討たれていました――その討たれた日が、今日。聖天祭の日でございます」


 聖天祭の日、ベリウスは剣聖、勇者との連戦にて殺された。

 信じられなかった。不可解だと思った。何かとてつもない不正が、卑怯な陥穽があったのだ。主人だからという贔屓目ではない。どう考えても、ベリウスが剣聖、勇者に敗れるとは思えなかったのである。


「最も悔やまれたのは、ベリウス様が戦っていたとき、わたしは呑気にも夢の中にいたということです。主人が命の危機に晒されているのに、わたしは……」

「ティアナディア様。それはおそらく……」

「ええ、わかっています。それでもでございますよ」


 ベリウスは、魔法か、なんらかのアイテムを使ってティアナディアを眠らせたのだ。そうでなければ、主人の危機に眠りこけるなどという醜態を更すはずがない。


 けれど、それがなんの慰めになるというのか。

 ベリウスは死んでしまった。ティアナディアは何もできなかった。

 それが事実である。


「ベリウス様は聖天祭の日に何かをしようとしていたのです。当時のわたしは、その事実にすら思い至りませんでした……」

「…………」

「その後、旅に出ました。ベリウス様を復活させる方法を探る旅でございます。小さな噂話から、神話で語られるような伝説まで可能性のある全てを片っ端から試しました」


 古い魔導書を漁り古代魔法を唱えたり、遺跡に隠されたレジェンド級のアイテムを求めたり、とある村に大昔から伝わる呪術の類や、胡散臭いと思いながら宗教団体が先導する儀式を乗っ取って利用してやったこともあった。


「その道中に普人種ヒューマンの不思議な少年と出会いました」

「……普人種ヒューマンの少年」

「はいでございます。ベリウス様復活の可能性のあるアイテム――葬巣杖アスクレピオスの生成に必要な供物とするため、百人の村人を狩っていたときのことです。普人種ヒューマンの少年が、それを手伝うと言い始めたのです」


 ベリウスを復活させるんだ! そう豪語するティアナディアを見た少年は、優しい笑みを浮かべて協力すると申し出た。


 それから、同族であるはずの普人種を躊躇いもなく殺し始めた。

 不気味だと思った。真意が読めない。だが、利用できるとも思った。


「彼と一緒に旅をしました。きっと何か狙いがあるのだろうと思いました。わたしの命か、求めるアイテムがあるのか、何かきっと……」


 ベリウスが死んでから、ティアナディアはずっと闇の中にいた。

 ぐるぐると同じ場所を彷徨っていた。なぜ自分を置いていってしまったのか。どうして連れて行ってくれなかったのか。頼ってくれなかったのか――絶望が心中を満たし、聖天祭の日に魂が縛り付けられているようだった。


 そんな中、少年は気さくに優しく話しかけてくる。


 ――ベリウスを復活させる手段はきっとあるよ。こんなにも奇跡に溢れた世界なんだから。絶対に見つかる。


 ――ちゃんとご飯は食べないと力が出ないよ。最近は料理スキルも上げたから、結構おいしいと思うけど……どうかな? 一人で食べられる?


 ――ごめん、サポートお願い! コイツは一人じゃ倒せないっ! ちょ、ティア? 待って、ヘルプ! 僕が死んじゃったらご飯食べられなくなっちゃうよー!


 本気で殺してやろうかと思ったこともあった。矮小な人間如きに気を遣われるのは癪だったし、こちらの気持ちを理解したような軽薄な振舞にも腹が立った。


 うざったい。ティアナディアがどれだけ突き放しても、変わらず接してくる。

 どうせ、何か裏があるのだろう。人族なんて碌なものじゃない。


 ベリウスが復活したら、一番に殺してやる――そう思っていたのに。


「彼は本当に何か謀があるわけではないようなのです。ただ、献身的にわたしを手伝ってくれるだけで……怨恨に捕らわれた旅路は彼のせいでいつしか、ありふれた冒険のようになってしまいました」


 彼の成長スピードは凄まじかった。

 最初こそ、Cランクの魔獣に手も足も出ないほどだったが、気づけば人族の中でも抜きんでた実力、それこそ魔族を相手取っても引けを取らないほどの豪傑となっていた。


 足手纏いだと思っていたが、いつしかティアナディアの方が助けられるようになっていた。


「そんなある日のことです。彼がベリウス様復活のために『次はどこへ行こうか!』と無邪気に言うのです。わたしは言葉に詰まりました」


 敬愛する主人である、ベリウス・ロストスリー。

 彼が死んだ日から、ティアナディアの目的はベリウスの復活だけだった。

 そのために情報を集め、力を振るい、たくさんのものを犠牲にしてきた。

 少年の言葉にも本来ならば諸手を挙げて喜ぶべきだった。


 けれど。


「少年と旅をしているうちに、わたしの中で整理がついてしまっていたのです。ベリウス様はもう死んでしまった。死んでしまった人はもう生き返らないのです」


 そんなことに気づくまで、とても多くの時間が掛かってしまった。

 こんなちっぽけな人族の少年にそれを気づかされてしまった。


「たとえ、この世界でベリウス様が生きていたとしても、わたしのベリウス様ではないのです。この世界は、一見するとわたしの世界と同じですが、やはり似て非なるものなのです。ですが、この世界もまた、わたしの世界と同じ運命を辿ろうとしているのは事実なのでございます」


 この世界はティアナディアの贖罪のために存在しているわけでも、やり直しの機会を与えられているわけでもなく、ただ別のものとして存在している。


 だからこそ――。


「貴方様はひどく迷っている」

「はい」

「ティアナディア様の話を聞いてよくわかりました。貴方様がなぜ、この世界のベリウス様と共にあるのか。それが貴方様にとって冒険の続きに等しいからでしょう」


 少し驚いたものの、ルナの言葉はすとんとティアナディアの胸に収まった。


 そうか。そうかもしれない。

 冒険の続きというのは言い得て妙だ。


「貴方様の世界で共に旅をしていた少年こそが、今のベリウス様の魂なのですね」


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