第43話「Another2」
思えば、カンデラが高台を指定したのは、こういった事態を想定してのことだったのだろう。
辺りに障害物はない。断崖絶壁の下に街が広がっており、逃げ場はない。
ベリウスは一方的に遠距離魔法を受け、フル装備の近撃士、盾守士、剣撃士、拳闘士、槍撃士などが、ベリウスを囲んで代わる代わる攻撃を仕掛けてくる。
しかし、その程度だ。
この条件でも猶、ベリウスは敵を圧倒していた。
「ふはははッ、温い、温いぞ! この程度で俺を止められると思っていたのかッ」
精々、レベルは二十前後かそこら。
使用してくるスキルは既知のもののみ。
兵士たちの隊列は、ベリウスが放った業火に当てられ容易く崩れる。
範囲攻撃を使えば奥の兵士たちも吹き飛び、状態異常に掛かった前線の兵士の足は重い。
「隙だけだぜ! はぁああ――【メイル・クラッシュ】ッ」
剣撃士の男は大きく振り被って斬りかかってきた。
が、ベリウスは一瞥するのみで、特別な対処はしなかった。
それでも、直撃したはずの刃がベリウスを傷つけることはなかった。男は諦めず何度も斬りかかるが、結果は変わらない。
「――ッ、嘘だろ……バケモノ……」
男の表情が恐怖で歪み足が止まる。震えた手から、剣が零れる。
ベリウスは魔法でその剣を操ると、男の体に突き刺した。
鮮血が迸り、悲鳴を上げる間もなく男の体がぐらりと倒れた。
ベリウスは男の死体を踏みつけ、声を上げる。
「そうだッ、もっと恐怖しろッ。原作の都合がなければ貴様らが俺を倒すことなど叶わないと知れッ。まだまだ魔力は潤沢だぞ、有象無象共ッ」
顔面に受けた返り血を拭って、ベリウスは戦場を見渡した。
戦闘が始まってからベリウスは場から一歩も動いていない。
兵士たちの攻撃も碌に防いでいない。全てのダメージは【魔禍の冠】によりMPが肩代わりしてくれるからだ。
「隊列を組み直してくださいましッ! 相手のペースに呑まれてはいけませんわ! いくら七魔皇と言えど消耗はしているはず! もう少しの辛抱です!」
カンデラが必死に指示を出すが、場は混乱を極めていた。
【ニーラカンタの湖面】――範囲内の敵を猛毒状態にする沼を兵士たちの隊列の中心に展開したことで彼らは大きく分断された。
ベリウスから見て右、左、そして、ベリウスの正面。正面の兵士たちは、ベリウスに突撃するべきか迷っていた。剣撃士の攻撃が全く通用しない様を見ていたからだ。
猛毒に侵された者は、激しい頭痛と嘔吐感でその場に座り込んでいた。勇を鼓して立ち上がり、ベリウスに剣を向ける者もいたが、やはり動きは悪い。
「どうした、脚が止まっているぞ」
目の前の兵士たちの勢いが削がれたのを見て、注意を奥の魔法隊に向ける。
高台の正面にある山の奥、本来は街の外を哨戒するのに使われる塔や、外壁の上からも、遠距離魔法でこちらを狙う敵の姿があった。
一度魔法を使用したら位置を変えるなどの工夫もないため、既に敵の位置は既に割れていた。
「いいのか? 貴様らの相手をしなくていいとなると、俺の手が空いてしまうなッ」
ごまつく重装隊から視線を切ると、魔法を唱え、まずは山に潜伏した敵を穿った。
流星のような輝かしい光線が弧を描いて放たれ、着弾。生い茂っていた新緑が削れ、痛々しい山肌が露出した。
ちりちりと焼ける燎原の中に、僅かに蠢く黒い影が見えた。それが仲間の成れの果てだと認識した重装隊の兵士たちから、「ひっ」と怯えた声が漏れた。
外壁の上でこちらに狙いを定める魔法隊に視線を向けると、それだけで彼らは蜘蛛の子を散らすように逃走を図った。慌てて足を踏み外し、街に落下する者もいた。
あちらには、カンデラのようなカリスマ性を持ったリーダーもいないだろうから、心が折れるのも早かった。
「はははは――ッ、十倍は人数を揃えてくるべきだったな。質も悪い。レベルが低い。練度が低い。知識不足だ。たかが知れているッ」
続けて、外壁の上の次の地点、哨戒用の塔も狙撃していくと、彼らは攻撃を仕掛けて来なくなった。ベリウスが狙撃した者たち以外の魔法隊も逃走。これで遠距離からの攻撃に気を散らされることはなくなった。
残った兵士たちの表情を見れば趨勢は決したも同然だった――助けてくれ、もうやめてくれ、背を向けて逃げ出したい、逃げたい、逃げたい、逃げたい!
そんな恐怖ばかりが、目の前の悪に対する怯えばかりが伝わってくる。
残った問題は――。
「次に七魔皇を相手取るときは、万全を期せよ、なあ、カンデラ!」
「ですわのわ――ッ」
眩い燐光を纏った聖剣を振り上げ、カンデラが裂帛してきた。
魔法を使いAGI《俊敏》、LUK、STR、MDEFを限界まで引き上げたカンデラは、その強化された体躯を自由自在に操り、連撃を仕掛けてくる。
「必ずここで倒してみせますわッ! 先代剣聖に、天使ミカエラ様に、これから人族を担う勇者様に誓って、貴方を今ここでッ!」
聖剣とベリウスの杖が交差し火花が散る。
重たい一撃だ。この世界に来てから戦った誰よりも、どの魔獣よりも強敵なのは間違いないだろう。人族を背負った剣聖としての覚悟の乗った強い剣だ。
だが、所詮はレベル六十。
三十九の差は僅かと切り捨てられる数字ではない。
「跪けよ、剣聖――【スネイク・スタンプ】ッ」
対象に蛇を模した紋章を刻むことで動きを止める、捕縛用の魔法。
異常状態耐性の高い剣聖であれば、ほんの数秒で拘束は解けるだろうが、この間合いでは致命。
「ふ――ッ」
しかし、ほぼゼロ距離で放ったそれを、驚異的な反射速度で回避。
カンデラはそのまま勢いを殺さず迫る。氣力と魔力を練り上げ、闘氣術のための最低限の溜を作った。
「ここですわッ、闇を切り裂――な、ぇ」
が、剣を斬り上げようと腕に力を込めたところで、ピタリと動きを止めた。
カンデラの目の前にはベリウスが放った鉱石のマテリアルがあったから。そして、カンデラはそれがなんであるか気づいていた。
爆裂鉱――主にウヌクアルハイの岩窟で採取できる、僅かな衝撃を与えると勢いよく爆ぜる、下手な魔法よりも殺傷性の高い逸品である。
放る瞬間にベリウスが亀裂を入れていた爆裂鉱は眩い光を放ち、爆破。鋭い礫をまき散らしながら爆炎を吐き出し、ベリウスとカンデラを巻き込んだ。
「く、きゃあ――ッ!?」
カンデラは咄嗟に顔面をガードするが、爆風に煽られ地面を転がった。すぐに立ち上がり体勢を立て直そうとするも、ふらりふら、たたらを踏む。
綺麗な肌は煤で汚れ、頬には擦り傷が、顔面を打ったのか鼻血も伝っていた。
比べて、仁王立ちするベリウスは【魔禍の冠】により無傷だ。
「ははッ、綺麗な顔が台無しだな、剣聖ッ」
「いいえ、戦うわたくしはどんな姿でも美しい! そして貴方はやはり人族を舐めすぎですわッ」
カンデラは鼻血を勢いよく拭って、どこかへ合図を送るように右手を掲げた。
「はい、じゅ、準備できましたぁ」
すると、茂みの向こうから頼りなさげな声が聞こえてきた。
続けて、ぶつぶつと複数人による、魔法の詠唱が聞こえる。
重装隊の背後に待機していた、魔法隊のヤツらだ。何かを仕掛けてくる様子もなく、遠距離から狙撃を試みる魔法隊や、目の前のカンデラ、重装隊に比べて優先度が低いと放置していたが。
「いきますっ――【ナイトメア・メモリー】」
魔法隊により魔法が放たれた。
それは魔法陣を用い複数人で一つの魔法を起動させる、結合魔法の一種だった。
妖しい光が煌めいた刹那――ぐるり。ベリウスの視界が暗転する。
ゲームではソロプレイが基本だったこと、そもそも使い手が少なかったことから、結合魔法への造形は深くない。
だが、スキル名や現状から効果は推測できる。
おそらく、これは幻惑系の魔法だ。幻惑は異常状態の一種である。認識ができれば解除もできる。このレベル差があれば結合魔法だろうと力技で脱せるはずだ。
わざわざカンデラが時間を稼いでまで放ったスキルがこの程度とは拍子抜けだ。
そう思い、杖を掲げると――。
「……なッ」
眼前に現れた人物に思わず動きが止まった。
揺れる銀髪。水晶の瞳。神が造形したような奇跡的な均衡のとれた肢体。
幻覚だ。何を動揺しているのか。これは敵の魔法が見せている偽物だ。そう自分に言い聞かせて、再び杖を掲げる。
「偽物クセに借り物の力で何をイキがっているのでございますか?」
だが、彼女が発した言葉はベリウスの正常な思考を奪うのに十分だった。
「……っ、ティア」




