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第42話「Another」

 ■■は、浮遊霊のようにベリウスの人生を眺めていた。

 ベリウスの覚悟。チュートリアルが始まる前に何があったのか。それは■■が推測した通りだったが、改めて彼の想いを体感すると胸が苦しくなった。


「ダメだ。ベリウス、そっちに行っちゃダメだ!」


 必死に手を伸ばすが、こちらに気づく様子はない。

 当たり前だ。これは過去の記憶であり、二人は同じ時間に存在していない。

 それでも声を発すのを止めなかった。いや、止められなかった。


「そのままじゃダメだ! 自分を犠牲にしたってティアは幸せになれない! お前が居ないとティアは!」


 そのとき。

 ふと、ベリウスが足を止めた。


「……ベリウス?」


 ベリウスはこちらを振り返り、ふと微笑を浮かべた。

 交わることのない二人。しかし、この瞬間、たしかにベリウスと通じ合っているのを感じた。


「ベリウス待ってくれ……ティアのために……戻ってきてくれよ」


 言葉にして心が苦しくなるが、これもまた紛れもない本心だった。

 しかし、ベリウスはゆっくりと頭を振る。


 続けて、口を開くと――




「貴方は言いましたわ。何があっても忠臣である、ティアナディアを救いたいと。その願いは偽りだったと言うのですか!」


 気づけば、ベリウスの意識は王都の高台へ戻っていた。

 随分と長い時間、ベリウスを見ていたような気がするが、現実では全く時間が過ぎていなかった。


 聖剣に手をかけたカンデラが怒気を孕んだ声で強く訴えかけてくる。

 ベリウスの最後の言葉の意味を考える。いや、ダメだ。それが迷いになるなら排除するべきだ。とっくに覚悟は決めてきた。真実を見抜き、この場に立っている。

 自分がベリウスだ。ベリウスは愛すべき忠臣を守るためにここまできた。


「嘘なんかじゃないさ。言っただろう、心変わりしたのだ。勇者なんかに任せておけるものか。俺は俺の力で悉くの敵を捻じ伏せてティアを救ってみせる!」


 それが真にベリウスが成すべきことだった。

 原作都合なんてクソ喰らえだ。破滅エンドを回避して、立ち塞がるもの全てを蹂躙し、ティアナディアと共にこの世界を自由気ままに生きるのだ。


 そのために、死力を尽くしてXデーを乗り越え、明日を迎える。


「今度こそ、正真正銘の悪役になっちまったからな。俺が優先するのは己の欲望だけだ」

「そうですの……貴方のことは嫌いではありませんでしたが、残念ですわ」


 カンデラは細く息き吐き体中に魔力を漲らせると、指を鳴らした。

 その合図を聞いて、ぞろぞろと王国の聖騎士団が現れる。

 対魔獣、魔族に特化した第二部隊の重装隊、魔法隊がベリウスを取り囲む。遠くからこちらを狙う、別動隊の気配もあった。


 だが。


「最初から気づいていたさ。かの剣聖が随分と臆病なものだと笑いを堪えるのに必死だったぞ」

「だとすれば、振る舞い方を間違いましたわね。対魔族の訓練が施された聖騎士総勢二百五十名――クソ余裕ぶっこき過ぎですわ、騎士団舐めんなよ」


 カンデラは聖剣を抜き去り構えを取る。

 口調は乱れているものの、纏った氣力、魔力は洗練されていた。

 天聖剣士は、魔力と氣力の両方を使う。対象に与えるダメージは、STRとINTでより被ダメージが大きい方が参照される。ベリウスの場合、劣っているのはMDEFであるため、INT値が参照された物理攻撃を受けることになる。


 ――で。それがどうしたというのか。


「舐めているのはそちらの方だろう。我が名はベリウス・ロストスリー。心して掛かれよ、俺は魔族の頂点たる七魔皇最強の男だ」


    ◇


「……ルナさん、今のベリウス様は偽物でございます」


 ティアナディアの言葉に、ルナは静かに頷くのみだった。

 彼女もその事実に気づいていたのだ。それが星占術師の力によるものか、単に洞察力のなせる技なのかはわからないが。


「ティアナディア様はいつから気づいていらっしゃったのですか?」


 ルナは薄っすらと意味深な笑みを浮かべて問う。


「十日前、ワズンの森で再開したときでございます。上手く取り繕っていましたが、長年共に過ごしたわたしが気づかないはずもございません」


 その立ち姿。

 食事のときのちょっとしたクセ。

 戦う時の呼吸。

 瞬きの頻度。

 歩幅。

 そして、ティアナディアを見る、その視線。


 全てが自分の知るベリウスとは違っていたから、すぐに気づいた。

 自分が長い間旅をしてきた主人とは別の人格が彼の体には宿っていたのだ。


「となれば、やはり貴方様の態度は不自然ですね」

「…………」


 ルナの瞳に吸い込まれそうになる。全てを見通すような、妖しい瞳に。

 ティアナディアを見ながら、ルナは水晶玉に指を這わせ、首を傾げた。


「敬愛する主人の中身が別人と知りながら、どうして苦言を呈すことも、怒りに感情を染め上げることも、糾弾することもせず、付き従っていたのでしょうか」


 ルナの疑問は最もだ。

 自分に生きる意味をくれた。

 生きる術を教えてくれた。

 彼に相応しいメイドとなれるように努めてきた。

 人生の師であり、心から尊敬できる最強の魔族。

 その中身が別人に入れ替わるなど、義憤の念が尽きることはないだろう――本来ならば、そうなのだ。


「それは……」


 けれど。

 彼が隠し事をしていたように。

 ティアナディアもまた彼を偽っていた。


「わたしも偽物だからでございますよ、ルナさん」


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