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第41話「英雄計画2」

 瞬間、カンデラの姿が歪み視界がぐるりと暗転する。

 脳内に流れ込んで来たのは、存在しないはずの原作世界のベリウスの記憶だった。


 ティアナディアの秘密を知ったのは、ティタウィンの聖墓を訪れた時だった。

 ティタウィンの聖墓は、かつてティアナディアと出会った場所であり、現在は討伐ランクB以上の魔獣ばかりが住まう迷宮となっている。


 ティアナディアはよく発熱に悩まされていたが、その感覚が狭まってきたのがきっかけだった。ティアナディアと出会った、この場所にヒントがあると考えたのだ。


 しかし、最奥で見つけたのは、ティアナディアの秘密に関して掘られた石板だった。



 天使ミカエラは、とある魔族の男と恋に落ち子を成した――その名をティアナディアという。



 予想外の事実にベリウスの体に激しい衝撃が走った。

 ただの魔人種ディアボリカではないと思ってはいたが、まさか……。


 不幸中の幸いだったのは、発熱は成長過程で天使と魔族の血が反発し合うことで起こるものであり、じきに収まるだろうということだった。

 別にティアナディアに天使の血が混じっていたからと何かが変わることはない。ティアナディアは、ティアナディアだ。


 だが、多くの魔族はベリウスと同じようには思わないだろう。

 他の魔族がティタウィンの聖墓の最奥に足を運ばなかったのは、ただ運がよかったからに過ぎない。もし、この場所が露見し、ティアナディアの正体が知られれば、七魔皇を始めとする魔族はティアナディアの捕獲を試みるだろう。


 人族の象徴、赤き竜を封じた天使ミカエラに子共がいたと知って、それをどうするかなど想像するのも恐ろしい。


 その力を利用するか、実験台にされるか、殺されるか、最悪死ぬまで拷問にかけられる可能性だってある。


 ベリウスは七魔皇に選定されるだろうから、人族との戦闘も避けられない。

 ティアナディアを狙う七魔皇を始めとした魔族たちと、その他全ての人族たち。

 それら全ての戦力を一人で相手取るのは、いくらなんでも非現実的だ。

 協力を仰ごうにも、守る対象が天使では魔族は力を貸してくれないだろうし、人族もまた七魔皇であるベリウスの要請に応えることはないだろう。


「だが、打つ手がないわけではない」


 魔族にとっては実に忌々しい、勇者の伝説がある。

 赤き竜の封印が緩むたびに現れ、全ての七魔皇を倒し、九つの固有スキルを駆使し、赤き竜の復活を防ぐ、強く気高く心優しい勇者の伝説。弱きを守り、正義を全うする希望の光。

 繰り返し訪れる危機の全てを退け、これまで赤き竜の復活を一度も許さなかった配役が勇者だ。

 十数回とあった赤き竜復活の危機をたったの一度も許すことがなかった勇者たち。


 まるで最初から決まっているかのように、勇者は必ず七魔皇を打ち倒すのだ。

 たった一度の例外もなく、これまで七魔皇は勇者に敗れてきたのだ。


 まあ、これは人族から見た英雄の話で、魔族からすれば真っ先に討ち滅ぼすべき怨敵に他ならないのだが……ベリウスには、それよりも大切なものがあった。


 憎い勇者を倒し、人族を滅ぼし、同族の繁栄を願うよりも優先したい願いがあった。


「ふんだ。ふんだ、ふんだですよ! もう知らないでございます。つーん、つーん!」

「しゃあっ! ご主人様に褒められた! 嬉しい! もっと、もっと欲しいでございます、もうこれなしじゃ生きていけない体にぃい……」

「うぅ……ティアナディア、一生の不覚でございますよ。次こそは、次こそは、ご主人様の好みド直球のスペシャルディナーを作ってみせます……!」


 心優しい忠臣の信頼を裏切るのは耐えられなかった。

 生まれを理由に命を落とすようなことはあってはならないと思った。

 どうしても、彼女には幸せになって欲しいと思ってしまった。

 いつしか、もし娘がいたらこんな感じだろうか、なんて考えるようになっていた。

 だから、これは親心に近いものだと思う。執着はない。ただ、健やかに、自分の手から離れていったとしても、末永く幸せに――。


 もし、勇者が伝説通りの人物なら、ティアナディアの脅威となる七魔皇を全て倒し、最後にはティアナディアの真実にも気づき、彼女を守ってくれるだろう。


 ベリウスはそのための計画を練ることにした。

 最高の舞台で七魔皇でも随一の戦闘能力を誇るベリウスを討つことで、勇者としての早期覚醒を促す――英雄計画を。


 ベリウスは勇者が覚醒するために必要な、絶望的な舞台を整えるために尽力した。

 まずは、友人のルナにも助力を請い、勇者の伝説について詳細を調べた。

 やはり、過去を調べても勇者の力は圧倒的だった。人格についても申し分なく、まるでそう作られたかのように、憎たらしいくらいに彼らは聖人だった。


 大体は聞き及んでいた話の通りだったが、確かな裏打ちができたのは安心に繋がった。どれだけ石橋を叩いても足りないくらいだ。情報はあればあるだけいい。


 赤竜教団がイマイ村で進めている人体実験は、王都での大規模な災害を演出するのに最適だと思った。潤沢な資金を渡して支援をすると、彼らは快く協力してくれた。


 勇者がベリウスを倒す演出のためには、幾つかの工夫を凝らす必要があった。そのために、石化のオーブと、赤月華の蕾を入手した。


 円滑に計画を進めるために、全てを打ち明けて剣聖カンデラに協力を持ちかけた。

 ダメ元のつもりだったが、カンデラの反応は悪くなかった。

 不思議に思って尋ねると、他者の嘘を見抜くことができるのだと彼女は言った。

 ベリウスの忠臣を守りたいという気持ちに嘘はない、と。


 これで準備は整った。

 聖天祭の日――英雄計画が始まろうとしていた。


 健やかに寝息を立てるティアナディアを背に宿を後にする。睡眠に作用するレジェンド級のアイテムを使用したから、彼女はしばらく目を覚まさないはずだ。


 ティアナディアのことは、ルナに頼んである。彼女なら悪いようにはしないだろう。


 今日、ベリウスは勇者に討たれる。

 全てはティアナディアの未来のために――。


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