第40話「英雄計画」
カンデラに指定された場所は、王都が一望できる高台だった。
既に空は白んでおり、ぽつぽつと輝粒を使った街灯の明かりが消えていく。
ベリウスが高台に到着して、少し遅れてカンデラは現れた。腰には聖剣も吊り下げられており完全武装の状態だ。呼び出しには応じてくれたが、信用はされていないらしい。
スキルを再取得した際、【テレポート】の魔法も獲得していた。一度訪れた王都までは飛ぶことができたが、ここへたどり着くまでには思ったより時間がかかった。ゲームだとマップ移動など一瞬だが、やはりここはあくまでもう一つの現実だと思わされる。
これから、文字通り命を懸けた一世一代の大勝負が始まる。
原作通りに進めば、ベリウスは死に、ティアナディアは闇落ちする。
その未来を防ぐため、破滅に抗うため、明日を迎えるための最後の戦いだ。
「このタイミングで呼び出されるとは思ってもいませんでしたわ。計画の最終確認という様子でもないようですが」
カンデラは綺麗な金髪を手で払い、鋭い視線を向けてくる。
人類最強と名高い、剣聖の名を冠する冒険者。固有職業、天聖剣士に選ばれた、人類の希望とも呼べる彼女は、七魔皇を前に一歩も引かなかった。
一対一の話し合いを所望したのはカンデラの方だった。
裏にどんな思惑があろうとも、その胆力は賞賛に値するものだ。
ここまで来れば、ベリウスがカンデラと協力関係にあったのは疑いようのない事実である。
となれば、その協力関係こそがベリウスの破滅に繋がっているとも予測ができる。
問題はその内容だ。
それを、この場で詳らかにする。
「まさか、直前になって怖気づいたというわけではありませんわよね?」
「怖気づく? 馬鹿を言うな」
一歩も引けない。
ここに来るまで何度も言い聞かせてきた。
どんな形だろうと、何が間違っていようと、ティアナディアのおかげで生きることに絶望しなかった――今度は自分が彼女を助ける番だ。
「これは覚悟だ」
原作のストーリーをなぞれば、ベリウスは勇者に討たれて命を落としてしまう。ベリウスが命を落とせば、ティアナディアは不幸のどん底に落ち、闇落ちして堕天使として不幸な未来を辿る。
それだけは許容できない。
ティアナディアを救うためには、ベリウスは生きていなければならない。死んでしまえば、真にティアナディアの心を救うことはできない。
だから、カンデラとの約束は――。
「貴様との契約は破棄だ。|俺がわざと討たれることで勇者の覚醒を促す《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》なんて悪手を打つつもりはない」
カンデラは信じられないと大きく目を見開く。
「――ッ、初めから裏切るつもりでしたの!?」
「気が変わっただけだ。この手じゃ、俺の目的は達成できないからな」
開発者からも最強のお墨付きを貰ったベリウスをどうやって倒したのか。
ベリウスを倒すことは誰にもできない。最強だから。
そんなベリウスを倒せる者がいるとしたら、それはベリウス自身に他ならない。
答えは単純だった。
ベリウスは自らの意志で勇者に討たれることを選択したのだ。
これが、ベリウスとカンデラの間に結ばれた契約だった。
「順を追って説明してやろう。貴様と交わした契約を如何にして実行するつもりだったのかも含めて全て」
まず、最初に不可解に感じたのは、ベリウスがウヌクアルハイの岩窟に通っていたことだ。
ウヌクアルハイの岩窟と言えば、『Legend of Ragnarok』内で最も経験値が多い魔獣、ルーメンボアが出現する、アルヤ鉱山内にある岩窟である。
しかし、ベリウスがレベル上げをしていた形跡もなければ、ウヌクアルハイの岩窟で採取できるアイテムは、ストレージに一つしか存在しなかった。
ならばベリウスは、このアイテムを手に入れるために、足繫く通っていたのだろう。
「石化のオーブ。これが必要なアイテムの一つ目だ」
対象を麻痺状態にするが、対象のLUKがぐんと上がるアイテムである。
レア度はアンコモンで、行動不能時間が短い割にデメリットが大きいことから、有用なアイテムとはされていない。
そして、もう一つ。
目を向けるべきは、ベリウスが転生した直後の場所だ。
ワズンの森。
あの時は、そこまでの気は回らなかったが、あの場所にも同じように意味があるのではなかろうかと考えた。
ワズンの森は所謂初心者向けのマップで、ホーンバニーを始めとする低レベルの魔獣しか出現しない。ベリウスが足を運ぶには不自然な場所だ。ティアナディアと別行動をしていたことも考えると、猶更。
そう思ってストレージを確認したところ、ワズンの森で獲得できるアイテムは一つも存在しなかった。
いや、本当は一つだけあったのだ。
「クエスト受注の検証に使ってしまって手元にはないが……」
王都の路地裏。
原作と同じ場所で同じ人物からクエストが受けられるのかを検証した。
結果、初老の女性から頼み事と報酬という形で受注することができた。内容は所謂お使いクエストというヤツで、特定のアイテムを依頼者に渡せば完遂だ。
そのアイテムが、ワズンの森にて超低確率で入手できる代物だった。
意図せず別の目的で使ってしまったわけだが……。
「赤月華の蕾。これが必要なアイテムの二つ目」
使用すると、HPを1にする代わりに、対応した割合のSTRを上昇する。
こちらは、一般的な観点で言えば、ある程度使い道がある。
ハイリスクハイリターンの諸刃の剣。
だが、物理攻撃力を参照するSTRの上昇は、魔法職であるベリウスにとってはあまり意味がないものだ。
どちらも、ベリウスがわざわざ調達したアイテムとしては不可解だった。
だが、考え方を変えるべきだった。
これらはベリウスにとって利点のある物ではなく、勇者がベリウスを倒すために必要なアイテムだったのだ。
「勇者の固有スキル――【天勇】は、一定確率で全てのスキルの影響を受けずにダメージを与えることができる」
これが最後の鍵である。
このスキルの存在についてはルナも言及していた。
深堀しなかったのは、勇者が持つこのスキルが、この世界においても有名なものだったからだろう。ならば、当然ベリウスもその存在を知っていたはずだ。
「まずは、石化のオーブを勇者に使う。必要なのは麻痺状態の付与ではなく、LUK値上昇のデメリットの方だ。ああ、LUK値と言っても通じないのだったな。これは、クリティカル発生率や、ドロップ率など、所謂確立に作用する値だ」
これで、《天勇》の発動確率はかなり上昇したはずだ。
「次に、赤月華の蕾を自身に使用する。これで俺のHPは一になり、STR値が上昇する。俺は物理攻撃力を参照するスキルは使わないから、後者に意味はない」
ベリウスが一撃で倒される状態にする必要があった。
だが、HPが一であるだけでは、その条件は満たされない。
【魔禍の冠】によって、ベリウスが受けるダメージをMPが肩代わりするからである。
つまり、残りHPが一であろうが、MPが潤沢であればベリウスが倒されることはないのだ。MPの自動回復スキルも複数所持しているため、低レベルの勇者がこれを削りきるのは現実的ではない。
実際、王都で戦ったジボランの攻撃力も、ベリウスのMP自動回復量を下回っていたため、ベリウスが棒立ちだったとしても倒すことはできなかった。
その条件をクリアするための、【天勇】である。
あらゆるスキルの影響を受けないとなれば、当然【魔禍の冠】によるダメージの肩代わりも無意味である。
「くく……っ、ははははッ、勇者も滑稽だな。ここまでお膳立てされなければ、俺を倒すことが叶わないのだから」
ここまでして、やっと勇者はベリウスを打ち倒すことができる。
ベリウスも自分自身を攻略するのに、これほど手間がかかるとは思わなかっただろう。
カンデラは鋭く目を細めて、ベリウスの説明に耳を傾けている。いつ戦闘が始まってもいいように、その手は聖剣の柄に触れていた。
ツルプルルについては、なんてことない、ピンチの演出に必要だったからだろう。
巨大な質量。万物を喰らう巨大な触手のバケモノ。脅威としてこれほどわかりやすいものもない。
ルナに引き渡さずストレージに残っていたミトラの羽ペンは、ツルプルルを奴隷として縛るためのものだったはずだ。
全てが勇者の覚醒に必要な部隊を整えるための装置だった。
天を突く巨大なバケモノが現れ、燃え上がる王都の街。
加えて、七魔皇が一人である、ベリウス・ロストスリーの出現。
人類最強と名高い剣聖カンデラは、そのベリウスに討たれる。
しかし、カンデラが与えていたダメージもあり、悪戦苦闘の果て、駆け出しの冒険者であるプレイヤーは、ベリウスを打倒し、勇者としての固有スキルの一つを覚醒させるのだ。
そのまさに王道と呼べる、始まりのストーリーを描いた人物こそ、ベリウス・ロストスリーだった。
ベリウスは『Legend of Ragnarok』最強だと開発者からのお墨付きだ。
「なら、俺を殺せるのは俺だけだ。それをわかっていながら、どうして信用できたんだ? 甘いな剣聖。たった一つ、俺の心変わりだけで、お前の計画はご破算だ」
カンデラはギリと歯を食いしばった。
聖剣を握る手は震え、魔力が可視化するほどに漏れ出ている。
「貴方は魔族であり滅ぼすべき敵ですわ。けれど、わたくしは他人の嘘を見抜くことができる。貴方の願いは本物だった。だから、危険な賭けでしたが、信じるに値すると判断したのです」
カンデラは怒りと僅かな同情が混じった瞳でこちらを突き刺した。
「あの想いは嘘だったというのですか?」
ベリウスの想い。そうだ、大事なのは動機である。
なぜ、勇者を覚醒させる必要があったのか。
手の込んだお膳立てをして、勇者に自分を討たせてまで達したい目的とは――。
「貴方は言いましたわ。何があっても忠臣である、ティアナディアを救いたいと。その願いは偽りだったと言うのですか!」
ベリウスの願いは、奇しくも自分のものと同じだった。