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第38話「アルマクの森林の引きこもり吸血鬼2」

 扉を開けると幾種類もの花を潰して凝縮したような強烈な匂いが漂ってきた。

 天井からはドライフラワーや、魔獣か何かの死骸が吊り下げられており、壁にはトロフィーのように綺麗に脱脂された頭蓋骨が飾られている。他にも魔術書や、得体のしれない薬品、鉱石などが雑多に置かれていて、ルナはその最奥にいた。


 悪趣味な呪術師のような部屋だ。

 少なくとも、星占術のイメージとは程遠い。


「ようこそお越しくださりました。ベリウス様。ティアナディア様。ご機嫌はいかがでしょうか? 赤き竜復活の時が近いものですから、私の占いに頼らずとも、魔族は皆、動乱の未来を視ていることでしょうが、貴方様は更に先の未来を見通しているご様子」


 巨大な水晶玉が置かれたテーブルに着いた彼女は、こちらを見てニコリと笑った。


 月の光を写したような金髪に、全てを見透かす水晶の瞳。幽鬼を思わせる雪白な肌。魅入られれば取り込まれてしまうような、妖しい吸血鬼。美人薄命というが、コイツは何百年でも、何千年でも全く変わらない姿で存在していそうだった。


「……あら、ベリウス様。少し色が変わられましたか?」

「…………」

「まるで以前とは別人のようです。魂が揺らいでいる。あの金城鉄壁だった貴方様の心に揺らぎが見える。私としましては、こちらの方が親しみやすくて愛おしく思います」

「御託はいい。早く本題に入りたいのだが」

「失礼いたしました。何分長い間を独りで過ごしているものですから、こうして客人が訪れるというのは気分が高揚してしまって。これでも、少々浮かれているのです」


 言うと、「そうだ、お茶を用意しないと」と部屋の奥からポットを持ってきた。鉱石の山からティーカップを取り出し、テーブル代わりに魔導書を積み始めた。

 カップに注がれた薄紫色の得体のしれない液体に、思わず顔が引きつる。


「どうぞ。遠慮なさらずに」

「……これはなんだ」

「聞きたいですか?」


 薄っすらと微笑むルナを前に、理性が待ったをかける。


「……止めておこう」


 言うと、ルナは少し残念そうにポットを加工途中であろう薬草の上に置いた。

 ティアナディアは嫌そうな顔をしながらも、カップの中身に口を付けている。意外と口にあったのか、驚いて目を丸くしていた。


「ところで――」


 ルナは言葉を切ってティアナディアに視線をやる。

 話をするのに彼女が同席していていてもいいのかという問いだろう。


 ベリウスはルナになんらかの調査を頼んだ。

 それがXデーに起こる事件に関係するものの可能性がある。

 イマイ村の件もティアナディアに隠しているようだったし、ウヌクアルハイの岩窟に通っていた理由も彼女は知らなかった。


 少しの逡巡の末、ベリウスはティアナディアに視線で指示を出した。


「承知です。では、わたしは隣の部屋で待機していますので、何かあればすぐに呼んでくださいね」


 ティアナディアは疑問を持つ様子もなく、礼をして部屋を出た。

 いや、本当は疑問だらけだったのかもしれないが、メイドとしての振る舞いを優先したのか。


 原作ゲームで関わったティアナディアと、今のティアナディアではあまりにも言動が異なるから、彼女の本心というのが見えづらい。思えば、EXルートのティアナディアの方が、本心に近い言動をしていたような気もする。


「では、ベリウス様。おかけくださいませ」


 ルナは再び席に着くと、向かいの木製の椅子に座るよう促した。

 続けて、部屋には防音処置がしてあり隣に声は聞こえないことを念押しした。


「では、まずはベリウス様の女性のタイプを教えてくださいまし」

「……それは、これからの話に関係があるのか?」

「関係あると思いますか?」


 ルナは驚いたと目を丸くする。


「ないんだな。じゃあ、答えない。早く本題に入れ」

「つれないのですね。先ほども言いましたが、長い間独りでいるものですから気心を知れた友人との会話が楽しくて仕方がないのです。しかし、あまり話慣れていないもので、適当な話題と言うのが思い浮かばず……できれば、貴方様から話題を提供していただけると大変助かります」


 ベリウスとルナが本当に親しい仲だったのか、ルナがテキトーなことを言っているだけなのかイマイチ判断がつかなかった。


「頼む。あまり時間がない」

「……そうですか。では、仕方がありませんね」


 ルナは寂しそうに目を伏せた。

 それから書類の山をガサゴソと漁って、メモ書きがされた幾つかの紙を取り出した。ルナはそれらを一瞥すると、綺麗に折りたたんで近くの魔導書の間に挟んでしまった。

 一連の行動の意味はよくわからなかったが、準備は整ったようで、口を開く。


「まず……勇者の伝説について。貴方様が知っていることを教えていただけますでしょうか」

「……勇者の伝説」

「ええ、天使ミカエラの加護を賜った人族の勇者について。貴方様はどこまで知っていますでしょうか? それ如何で話の切り出し方が少々変わってくるのです」


 この世界の住人のほとんどより詳しいはずだ。

 なんたって、ベリウスに転生する以前はプレイヤーとして、勇者の役割を果たしていたのだ。


 ゲーム世界の話ではあるが、この世界と『Legend of Ragnarok』は酷似している。途中で勇者の役割を放棄し、ティアナディアと共に歩むEXルートに突入したものの、話の流れ自体はコミックで履修済みだ。


「かつて、天使ミカエラに討たれた赤き竜の封印は、百年に一度の周期で緩む。と同時に、魔族の中から七魔皇が選定され、魔族は赤き竜復活に必要な魔力を集める。その百年に一度が今年だ」


 七魔皇の証である、首元の紋章を見せながら言った。


「同時に、人族から勇者も選定される。勇者の目的は七魔皇を倒し、赤き竜の復活を阻止すること。赤き竜に直接魔力供給できるのが七魔皇のみであるため、全員が倒されれば復活は敵わないし、一人が欠けた時点で復活は遅くなる」


 もちろん、ベリウスは魔力を赤き竜にくれてやるつもりなどない。

 勇者についても倒すべきかは半信半疑でここまできた。

 あくまで、目的はXデーの破滅を回避することだ。

 勇者の死が目的に繋がるなら迷わず殺すつもりだが、結局その確信は持てなかった。


「なるほど、なるほど」

「別にこれくらいなら、誰でも知っている情報だろう」


 勇者と七魔皇の戦いは、これまでに何回も繰り返されているはずだ。

 それこそ下っ端の魔族だろうが、辺境の村の子供だろうが勇者の役割くらい把握している。


「ええ、ええ、そうでございますね。ですが、これまで赤き竜の復活は成就していない。ここまで人族の繁栄を許している現状を見れば、それは一目瞭然。魔族は年々数を減らし、衰退の一途を辿っています」

「何が言いたい」

「まるで、運命に魔族は滅びるものだと決定づけられているような、そんな気がしてならないのです。何千年繰り返しても結末は変わらないような……いえ、事実十数回と七魔皇の選定を繰り返しながら、たったの一度も赤き竜は姿を見せていません」


 そういうストーリーだから――そんな考えが過って慌てて頭を振る。

 違う。この世界で生きている者からすれば、この世界で生きることになった者からしても、そんなメタ的な事情は面白みの欠片もないクソみてえな事情以外の何物でもない。

 だが、まさに、ベリウスはそのメタ的な破滅に苦しめられている。


「貴方様の依頼はこうでした。勇者の伝説について、勇者の出現場所と日程について。そして、天使ミカエラの先祖について調べること」


 その言葉にドクンと心臓が跳ねる。


「勇者の伝説については、貴方様が今話した以上のことはございません。勇者の職業も毎回異なるので、そういった意味での対策は現実的ではありませんし。唯一共通しているのは、【天勇ブレイブ】の存在でしょうか」


 ルナは艶やかに笑い、水晶玉を細く白い指で撫でる。


「問題は残りの二つ。勇者の出現場所については、わたくしの星占術によるものですから、貴方様が信じるかどうかという話になりますが……いかがしますか?」


 頼む。そう視線を投げかけると、ルナはこくりと頷いた。


「明日。帝都にて、動乱の最中に勇者は現れます」


 用意していた答えを読むように淡々と告げる。


「なるほど。ただの占いとは馬鹿にできないな。凄まじい精度だ」

「……ふふ、素直に褒め言葉として受け取っておきましょう」


 ルナの占いがスキルによるものかはわからないが、実際その精度は高い。

 原作のストーリーを正しくなぞるなら、勇者は明日帝都で起こる事件の最中に現れる。

 ツルプルルを回収した今、その事件がベリウスの知識通りに起こるかはわからないが、勇者が帝都に居るのは間違いないだろう。


 先日ぶつかった少女――ユーリは既に、チュートリアル序盤の魔法鞄マジックケースを取得するイベントを進めていたのだから。


「ですが、こちらについては、貴方様も同じような結論に達していらっしゃいました。わざわざ、わたしくに頼んだということは、単に情報の裏付けが欲しかったといったところでしょうか」

「……さて、どうだろうな」


 調査をルナに頼んだのが、転生前のベリウスということは、原作でも彼は勇者の出現場所を知っていながら、帝都に向かったことになる。


 それを知っていながら、ツルプルルを嗾け、自らも参加し、帝都を混乱に陥れた――果たして、この意図はなんだろうか?


「そして、最後に天使ミカエラの先祖について」


 言うと、ルナはティアナディアが居る部屋の方をちらりと見た。

 再び心臓が跳ねる。何か重大なピースがハマるような、そんな感覚がった。


「貴方様からその可能性を聞いたときは、まさかと思いましたが、調べるのは案外難しくはありませんでした。彼女の血があれば検証のしようはありましたから」

「……ならば、やはりティアナディアは」

「ええ、彼女こそが、天使ミカエラと魔族との間に生まれた子でございます」


 言葉が出ない。思わず、口元を押さえる。


 これは想定外だった。

 ティアナディアが天使である事実がではない。

 自分は原作を知っているのだから、無論理解している。


 問題は、この事実をベリウスが知っていたということだ。

 ベリウスがティアナディアの正体を知っていたという事実が、このチュートリアルの破滅に関係してくるとは考えてもいなかった。


「ま、待て……待てよ。待ってくれ」


 思わず、テーブルに勢いよく手をついて身を乗り出してしまう。


「おやおや、どうかしましたか。貴方様は、この秘密を知っていたからこそ、わたくしに調べさせたのでしょう。明確な証拠が欲しかった。何を今更……」

「違う! そうじゃない!」


 繋がりそうだ。何かがわかりそうだった。

 これは重要なピースだ。そう本能が叫んでいる。

 ベリウスは何かをしようとしていた。何をしようとしていた?


 これがわかれば、これさえわかれば、破滅の未来も変えられるはずだ。

 逆に言えば、今で揃った情報から何も導き出すことができなければ――ティアナディアは破滅の運命に呑まれてしまう。


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