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第37話「アルマクの森林の引きこもり吸血鬼」

 大海原を駆け、雪原を超え、迷宮に潜り、広大無辺の大地を横断する。


 ベリウスが死んで、謎の少年が現れ、共に旅をするようになってから、どれだけの時間が経っただろうか。ほんの一瞬だったような気もするし、長い時間を一緒に過ごしたような気もする。


 その間に七魔皇や勇者と対峙することもあったし、全く関係のない第三勢力の事件に巻き込まれることも、強大な魔獣に殺されかけたこともあった。


 その全ての出来事が新鮮で……というには、物騒な日々だが、少なくとも物思いにふける余裕などなくて、目まぐるしく時は過ぎていった。


「そろそろ喉が渇く頃だよね。はい、どうぞ」

「……ちっ、タイミングばっちりなのが気持ち悪いでございますね」


 やはり、彼はいくら毒を吐いてもにこにことしている。

 きっと特殊性癖の持ち主なのだろう。何度言っても無駄だからもう諦めてしまった。


「次はどこに行こうか」

「どこでも好きにしたらいいではありませんか」

「好きにって……ベリウスを復活させるんでしょ?」

「…………」


 その言葉に内心ハッとする。


「どうしたの?」


 目的を忘れていたわけではない。

 忘れていたわけではないが、どうだろう。最初の頃と同じような激情が自分の中にあるだろうか。ならば、即答できなかったのは何故だろうか。


 人族への殺意。絶対にベリウスを復活させるという執着。

 呪いのようにこべりついたどす黒い泥のような絶望の奔流が。細く差した唯一の希望が。


 ああ、いつの間にか――。


「……ティア?」


 認めたくないが、気づいてしまったら目を逸らせない。

 まるでそれが唯一の答えであるかのように、すとんと心に収まった。

 絶望が渦巻いていた心にいつの間にか、それ以外の異物が入り込んでいた。


 何を食べてもずっと味がしなかったのが、美味しいと感じるようになったのはいつからだったろうか。初めての景色に僅かでも心が躍るようになったのは、魔獣との戦いに達成感を覚えるようになったのは、一人が寂しいと思うようになったのは――。


 ああ、そうか。

 もう、ベリウスを復活させるという目的は形だけのものになっていたのだ。


 いつの間にか、自分の心に決着を付けていたのだ――ベリウス・ロストスリーはもう死んでしまって帰ってくることはない、と。


「大丈夫? 体調悪い?」

「……うるさいでございます。気安く触るな」

「やっぱり元気ないよね。罵倒に勢いがないし……」


 この少年のせいだ。

 自分でも気づかないうちに変えられてしまっていたのだ。

 人族でありながら魔族である自分の味方をする不思議な少年。

 最初こそ、何か思惑があるのだろうと思っていたが、どうにもそういうわけではないらしい。平気で人族とも敵対するし、かといっても魔族だからという理由で肩入れすることもない。目的は不明。ただ嫌な顔一つせず隣に居てくれようとする。


 思えば、自分はこの少年のことを何も知らなかった。

 何を考えて自分と一緒に旅をしてくれているのか。

 何か目的があるのか。

 好きな食べ物は?

 生まれは?


 そういうことを何も知らないまま、ここまで来てしまった。

 少年は何故自分の執着を叶えようとしてくれるのだろうか。

 もし、もうベリウスの復活を望まないといえば少年とはここでお別れになるだろうか。

 それは、どうだろう。なんだか――。


「ああもう、うっさいでございます! 次は先の村で村長が話していた呪術を試しますよ。まだまだ扱き使ってやるつもりですので、さっさとついてきてください」


    ◇


 アルマクの森林。


 鬱蒼した森の奥。

 ぽつんと建った小さな小屋には、亡者が這い上がるように蔦植物が伸びており、辺りには警備のつもりか使い魔の死霊が放されていた。


 半日ほど馬車に揺られて辿り着いた、ここが星占術師の吸血鬼――ルナが住まう拠点である。


 その鬼哭啾啾とした雰囲気に気後れし、ティアナディアはうげえと舌を出す。


「いつ来てもおどろおどろしい場所でございますねぇ……」


 彼女自身も知らないことだが、ティアナディアは天使ミカエラの先祖である。故に瘴気度の高いフィードには本能的な忌避感があるのかもしれない。

 思い返せば、原作ゲームのEXルートでティアナディアと旅をしているときも、赤き竜の魔素汚染が激しい地域に対して、ぶつくさと文句を言っていた記憶がある。


「それより、今になって二人が心配になってきたな……」


 アルマクの森林近郊の村に、シグレとツルプルルを置いてきた。

 なんてことはない、それがルナと会う条件だったからだ。「星が乱れるので」とかなんとか言って不機嫌そうだった。


 シグレは人族であるし、今や上級職まで職業昇進している。ある程度のトラブルなら対処が可能だろう。問題はツルプルルだ。トラブルを起こす側の可能性が高い。


『シグレ。プルルのことを頼んだぞ』

『ふぇへ、へ……た、頼られ、てる。喜んで』

『ねえねえ、ますたぁ。お腹空いたらシグレ食べていーい?』

『か、神様……短い間でしたがシグレは幸せでした』


 無邪気なツルプルルの一言に、一瞬にして顔面蒼白になるシグレ。

 その後、ツルプルルにはシグレは食べちゃダメだ、仲間は食べるな、俺以外食べるな。と強く言い聞かせたし、復唱もさせた。


『うん、ナカマタベナイ。ゼッタイタベナイ……じゅるり』


 涎を拭うツルプルルを思い出して、再び不安に駆られた。

 どうしよう。シグレが食べられていたら……本当にどうしよう。


「大丈夫ですよ、ご主人様! シグレちゃんにはメイド魂を叩き込んで起きましたから」

「プルルは……?」

「さあ、ご主人様。ルナさんにご挨拶しましょうね」


 にっこりと笑顔を浮かべて、先を歩き始めた。

 さすがのティアナディアでも、ツルプルルの矯正は難しかったらしい。


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