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第36話「カウントダウン」

 結局、ツルプルルは村人を殺さなかった。

 もう興味もないようで見向きもしなかった。

 その間にも、ベリウスに絡んだ触手はMPをちびちびと吸っていた。これから体が持つだろうか……。


 その後、シグレの元に戻ると、彼女は頭から何やらスパイシーな香りがする液体を被って泣いていた。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。シグレは言われたこと一つできず、神様のために作ったお供えもこんな有様で……仕上げいい感じだったのに、ぅ、うう……」


 ティアナディアと共に料理をしていたらしい。

 それがツルプルルとの戦いの余波でめちゃくちゃになってしまったのだ。

 ベリウスもティアナディアもシグレを責めることはなく、その気持ちもなかったが、「……切腹、こんな役立たずは腹を切らなきゃ……」とシグレは短剣を持ち出した。


「その気持ちだけで十分だ。また気が向いた時にでも作ってくれればいい」

「か、神様……シグレなんかにそんな言葉勿体ないです。本当にお腹切らなくていいですか? 覚悟はできてますよ……ふえへ」


 シグレは、えへえへと不格好な笑みを浮かべながら泣いていた。ずっと情緒がおかしいのでそろそろ不安だった。どうして、そうもネガティブ思考なのか。


 そんなこんながあってそそくさと村を出ると、王都を目指した。

 ベリウス一行は、朝陽と清々しい爽気に背中を押され、草原を歩く。


「いいですか、プルルちゃん。メイドの基本はご主人様を想う心でございますよ。心の中心にご主人様を! そうすれば、技術は後から付いてくるのです」


 ティアナディアが人差し指を立てて言う。

「ふむふむ」とシグレは興味深そうに耳を傾け、ツルプルルは頭上にクエスチョンマークを浮かべている。


「プルル、知ってるよ。メイドはパンに塗って食べるとおいしいよ!」

「プルルさん、そ、それは別の何かと勘違いしてると思います。メ、メイドは食べられないので」

「だったら、プルルはメイドにならないよ!」

「な、なんと……! 本気で言っているのでございますか!」

「プルルおいしいものがすき。おいしくないものはきらいだよ」

「メイドの反抗期! こんな時には、メイド長として、えっと、えーっとでございますよ。あせあせ」

「メイド長、ここはシグレにお任せを。プルルさんは神様を信仰するべきなんです! 毎日祈りを捧げましょう……そ、そうすれば、きっと救われます。全ては神様のために」

「救われるって? もうお腹が空かないってこと?」

「はい! 神様を信じれば全ての痛みから解放されるのです……こ、これ、神髪の聖遺物をどうぞ。神様を身近に感じられますよ」


 シグレは懐からとあるネックレスを取り出して、ツルプルルに渡した。

 透明な石の中に入っている糸には見覚えがあった。自分の髪の毛であるような気がするのだが、気のせいだろうか。


「ぼりぼり……うん! おいしいね! 神髪おいしい!」


 しかも、ツルプルルは迷わずそれを口に入れていた。


「はぅあ……ふ、不敬、神髪を食べるなんて羨ま不敬です!」


 目をぐるぐるとしてツルプルルに詰め寄るシグレに、おかわりを要求するツルプルル。隣で後進の育成に頭を抱えるティアナディア。


 色々ツッコミたいところはあったが、ベリウスは背後で繰り広げられる珍事を一瞥して、ため息を吐くに留めた。


 平和なのはいいことだ。

 なんだかんだ仲良くやれそうなのは安心した。

 シグレとツルプルルが居れば、もし、ベリウスが失敗したとしても、ティアナディアは孤独にならないだろう。


 その後も三人は、あーでもない、こーでもないと可愛らしい言い合いをして、それが落ち着いた頃、ひょこりとティアナディアが顔を出してきた。


「ご主人様、いよいよ明日でございますね」


 ティアナディアの言葉にドキリとする。


「お祭りが始まるでございます!」

「あ、ああ……そうだな」


 後に続いた言葉に安堵する。

 それはそうだ。ティアナディアが、Xデーについて知っているわけがないのだから。このまま進めば、何も知らないまま、ティアナディアは……。


「ルナさんに連絡はしましたか?」

「ルナだと……?」


 ルナ・クレセントフォーム。

 魔族側。吸血鬼ヴァンパイアの女性で、星占術師スターゲイザーの固有職業を持つ。


 七魔皇ではないものの十把一絡げの魔族とは一線を画す力を持つ、ベリウスとの親交が深い数少ない魔族である。

 普段は王都近郊のアルマクの森林深くに引き籠っている、陰気なヤツである。占いによる情報収集能力に長けているが、戦闘能力に関しては未知数。


 加えて、彼女の目的は原作でも明かされていなかった。


 彼女の名前がなぜ今……?


「はぁい。ルナさんに何か調べものを頼んでいましたよね。聖天祭までに結果が欲しいとおっしゃっていたので……もしかして、忘れていましたか?」

「……あ、ああ、ついうっかりな」

「ふふふ、構いませんよ。そのためのメイドですから!」


 役に立てたことが嬉しいのか、ティアナディアは得意げに胸を叩いた。

 ウィンドウを開き、ストレージを確認する。中から目当てのアイテム――通信水晶を見つけて取り出すと、登録された通信先を表示させた。


 通信水晶は、いわゆる万能な連絡手段である。元々は、プレイヤー同士が連絡を取るための手段を設定に準えてアイテムという形に落とし込んだものであるが(ずっとソロプレイだった自分には無縁だったが……)、特定のMPCは所持していたし、連絡自体も可能だった。


 ルナは固有職業ユニーククラスを持つほどの魔族である。交流を持っているとしたら、通信水晶に連絡先が残っているはずだ。


 僅かなラグがあって表示された連絡先のリストを見て指の動きが止まる。


「――なッ、は?」


 表示された名前を見て思わず息を呑んだ。


 カンデラ・ミカエリス。


 そこには、剣聖の名を冠する人類最強の名前があった。

 名前があるということは、ベリウスがカンデラと連絡先を交換したということだ。

 ベリウスはカンデラと連絡を取っていた? なぜだ? 敵のはずじゃないのか? これはいったいどういうことだ。


 通信水晶に登録された連絡先は使用された順に表示される。

 一番上にカンデラの名前があり、次にルナの名前があった。

 つまり、少なくともルナと連絡を取った時点より後に、カンデラとのやり取りがあった。


「どうしましたか? ご主人様」


「……なあ、俺がルナと連絡を取っていたのはいつの話だった?」

「え、えっと……そうですね、十二日ほど前だったかと」


 ベリウスの体に転生する直前だ。

 となれば、ベリウスは本当に■■がこの世界に来る直前にカンデラと話をしたということになる。


 ダメだ。上手く考えが整理できない。

 いくつもの違和感があった。


 ウヌクアルハイの岩窟に通っていたこと。

 赤竜教団に出資してツルプルルの研究を急がせたこと。

 そして、カンデラと連絡を取っていたこと。


 ベリウスは確実に何か狙いがあって動いていた。それが上手くいかなかったから、死んだということだろうが……その狙いを突き詰めることは、これからの破滅を回避するために必須だろうと思える。


 時間はない。聖天祭の開催は明日に迫っている。

 この限られた時間で何をするべきか――考えるまでもない。


「……ルナの下へ向かうぞ」


 調査を依頼したというそのモノに何か重大な秘密があるはずだ。

 ベリウスは最後のピースを手に入れるため、ルナの下を訪れることを決めたのだった。


 Xデーまで、あと一日。


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