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第35話「ツルプルル・ジャムペースト3」

 ツルプルルは地面に座り込み、呆然と空を見上げていた。


 触手は腕の太さほどのサイズになり、ワンピースの中から力なく伸びている。体はぼろぼろで、血と砂で汚れている。触手の再生に使ったためMP残量も雀の涙ほどしかないはずだ。


「プルルはね、知ってるよ……本当はママに捨てられたの、知ってる」


 ぽつりと呟いた。


「プルルがいらない子だって知ってる。売られたって知ってるよ。でも、もしかしたらって……そう思って、たくさん食べたのに……」


 まるで、白旗でも振るように己の心情を吐露する。

 幼い子が悍ましい研究機関に売られ体を改造させられる。

 数を減らす同じ境遇の子供たち。閉鎖空間で誰も助けが来ない絶望の中、事実を認識していながらも母親に縋るしかなかった。


「母親を殺した俺を恨むか」


 それでいいと思って言葉を発したが、ツルプルルは首を横に振った。


「……そういう気持ちにはなれないよ。でも、寂しいな」


 なぜ? と問うても、きっと彼女はわからないと言うだろう。

 生きる目的の喪失。

 縋るものがなくなってしまった。

 心に穴が開いた。


 ベリウスは少し悩みながらも、優しくツルプルルの触手を掴んだ。

 最初こそ、ビクリと体を震わせたものの、彼女はそれを受け入れて不思議そうに首を傾げる。


「悪食は体に悪いからな。これからは、分別を付けるようにしろ。力をコントロールする術を学べ。望んで得た力ではないだろうが、これはお前の才能だ」

「……お腹が空いて仕方がないの」

「それでも我慢するんだ」

「お腹が空くと何も考えられなくなるの……それが怖いの。怖いけど、必要なことだって思って食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて、食べて――ッ」


 虚ろな瞳でただ一点を見つめる。

 震えた手で頭を抱える。

 湧き上がる感情を吐き出すように、呪われたように何度も言葉を繰り返した。


「――っ、う」


 ベリウスはそんな彼女の体を強く抱きしめた。

 ツルプルル体を強張らせる。同時に、ごっそりとMPを吸われているのがわかる。酒樽の中身を飲み干すような物凄い勢いで吸われている。


「……ご、ごめっ、ちがくてね、これはね」


 意図せぬ力の発動に動揺したツルプルルは、触手を使って慌てて突き放そうとする。

 しかし、ベリウスは抱きしめる腕に更に力を込めた。レベルの差は歴然。少し本気を出してやれば、それだけでツルプルルは抗えない。


「今までどれだけの雑魚を相手に食事をしていたか知らないが、俺にとってはこの程度は些事だ。痛くも痒くもないし、全く影響などない」


 ツルプルルが必要なのはあくまで魔力であると、研究者は言っていた。

 人や物を分別なく喰らうが、それがなければ生きられないわけではない。

 加えて、その悪食が力のコントロールを困難にしている可能性がある。

 ドレインクラーケンには、物質を喰らう性質などないのだ。


「腹が減ったら俺の魔力を喰えばいい」

「……どうして」


 当惑するツルプルルは、やっと体を弛緩させて首を傾げる。

 理由はわからないが、ベリウスは赤竜教団に出資していた。

 ベリウスがツルプルルの完成を急いだ。そのせいで彼女に無茶な負担がかかった可能性があるし、不幸な想いをさせたのは間違いない。


 それにツルプルルには利用価値がある。シグレをと同じだ。もし、ベリウスが死んでしまった時、ティアナディアが寂しくないようにすると決めたのだ。


 だから、別に――。


「……雑魚の魔力など喰らい続けては体に悪いからな。これからは、食べる物は選んだ方がいい。体は資本だ。健康を考えても、俺くらいの圧倒的強者の魔力のみを喰らうべきだ」

「……そ、そうなの? プルルは今まで体に悪いものを食べてたの?」

「そうだ。だが、ただでやるわけじゃない。プルルは今から俺の配下だ。俺の言うことを聞き、俺の目的のために力を使い、俺の魔力を喰う。どうだ?」


 近くに控えたティアナディアが「メイド、立派なメイドに……」と呟いているが、いったん聞かなかったことにした……。

 ツルプルルはよくわかっていないのか、眉間に皺を寄せたあと。


「……きひひ、いいよ! だって、おいしいもん!」

「おいしい……」

「うん、今まで食べた中で一番おいしいよ! 健康によさそ!」


 満面の笑みを浮かべて言った。


「母親のことは……」

「忘れた! やっぱり味が大事だよ。一緒に居ればずっとおいしいものが食べられるんだよね。よろしくね、ますたぁ!」


 ツルプルルは触手を使って強くベリウスを抱きしめた。

 ベリウスは抵抗することなく、優しく彼女を抱きしめ返した。


「おいおい。ちょっと待てよ」


 すると、不機嫌そうな胴間声が響いた。


 振り返ると、そこにはそれぞれ農具や剣、弓などの武器を携えた村人たちが厳しい目でこちらを睨んでいた。正確には、ツルプルルに対して明確な殺意を抱いて、それぞれの武器を握っていた。


「あんちゃん、そいつを俺らに引き渡してくれねえか?」


 村人たちは、ベリウスを囲みにじり寄ってくる。


「勘違いしないでくれ。獲物を横取りしようってわけじゃない。あんたにはたんまり報酬をくれてやる」

「ただ、好き勝手村を破壊したそこのバケモノが許せないだけなんです。私たちの手で人族の恐ろしさをわからせてやらないと」


 強い怒気の孕んだ声にツルプルルは体を縮こまらせ、ベリウスの裾を握る。


「なるほどな」


 たしかに、彼らの主張は最もなものだ。ツルプルルは村を破壊した。

 だが、そうだとするのならば、彼女が村を破壊する行為もまた正当なものだ。ツルプルルを含む子供たちは、個人的な欲望のために村の大人たちに売られたのだ。


「……そうだ、ツルプルルにはその権利があった。村を破壊する権利だ」

「はあ? あんたイカレてんのか?」


 村人はベリウスの発言に苛立ちを強めた。

 救いようがない。どこまでも自分勝手なヤツらである。

 それに、これだけ力を見せても村人たちはベリウスの正体に気づいていないらしい。

 ティアナディアが前に出ようとするのを静止して、首の紋章を見せつけるようにローブをずらした。


「――愚かだな」


 仕上げに、ベリウスは認識疎外のスキルを解除する。


「ひっ」村人の一人から情けない声が漏れた。怯え切った表情。武器を握りながらそれを自分が向けられるとは思わなかった気楽な負け犬の姿がそこにはあった。


「……なっ、ま、魔族ッ!? しかも、その紋章は」


 村人の誰かから、「……七魔皇」と気の抜けた声が響く。


 恐怖は直ぐに伝播し、それは彼らの怒りを容易く上塗りした。

 武器を持つ手は震え、ツルプルルの興味よりも、己の命のことについて危惧しているようだった。


「プルルは俺の配下だ。勝手に手を出すことは許さない」

「……ちょ、待て、わかった。わかったから」

「いや、何もわかっていないな。俺を見て怯えても仕方がないだろう。貴様らの生殺与奪の権を握っているのは、俺ではなくプルルなのだから」


 ベリウスの視線を追って、村人たちもツルプルルを見る。

 村を破壊した巨大な触手がフラッシュバックしたのか、心底怯えたように顔を青ざめさせていた。


「どうする、プルル。貴様がコイツらを喰らうというのなら、主として手を貸そう。お前にはその権利がある」


 村人たちは、処刑台を前にした死刑囚のようだった。

 ベリウスは言葉通りの覚悟を持って、真っ直ぐとツルプルルを見る。


 触手が迷いを表すようにゆらゆらと揺れる。村人の方を向いて蠢き、「ひっ」と彼らの汚い声が漏れて、結局その触手は優しくベリウスの腕に絡まった。


「プルルはね、ぼーいんぼーしょくは卒業したの。グルメだから、ますたぁのしか食べないよ! こんなまっずいヤツら健康に悪いもん」


 十本の触手でベリウスを抱き留めて、ツルプルルは笑った。


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