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第34話「ツルプルル・ジャムペースト2」

 触手は異なる意思を持ったようにティアナディアを追うが、その目にも止まらぬスピードに情けなく空を抱く。


「――ッ、邪魔しないでよ! 食べられないじゃん!」

「ふふふのふ! あなたも仲間になるというのなら、メイドとしての心得を教え込まないといけないですね! ひとーつ! メイドはパワー! ご主人様を守れるウルトラパワフルが重要ッ!」


 ゆったりとした独特の動作で漆黒と純白の二本を構える。

 無駄のない軽やかな動きから、絶妙なタイミングで闘氣術アーツを発動。


「――【ブラン・エ・ノワール】ッ」


 刹那の間に繰り出された二連撃。

 空間を削るように放たれた荒々しい黒と白の閃光。

 それはツルプルルの触手のうち二本を難なく切り裂いた。


「まだでございます! 続けて、ふたーつ!」


 宙を舞う触手の残骸を横目に、ティアナディアは間髪入れず地面を蹴り上げる。

 くるりと体を翻し、再びゆったりとした構えを取った。繰り出されたのは、全く同一の黒と白の閃光。一連の流れを繰り返すようにもたらされた結果も同じだった。


 ツルプルルの触手は更に二本が切り裂かれて地面を転げた。


「――ぇ、どうして」


 ツルプルルが驚愕の声を漏らした。

 それも無理からぬことだろう。


 通常、闘氣術アーツ魔法マジックにはリキャストタイムというものが存在し、一度使用したスキルが再度使用可能になるまでにそれぞれ一定の時間経過が必要となる。

 が。


廻天リボルブ】――同一のスキルを続けて発動する際、一度だけそのリキャストタイムをゼロにする。


 これが、双剣天機の固有スキルである。


「常にキュートに! ご主人様の前では優雅にッ!」


 ティアナディアは地面に着地。だが、まだ止まらない。

 呼吸を止めて間髪入れず再度地面を蹴り上げる。物理法則を無視したような急な方向転換を繰り返し、残った六つの触手を惑わすと、ツルプルル頭上で剣を構えた。


 ツルプルルも、彼女の触手もティアナディアを見失っていた。


「みーっつ! ご主人様の言葉は絶対でございます!」


 そして、ハッと上を見た時には、もう遅かった。


「――《ダイヤモンド・セイリオス》」


 星が降るように。

 天から振り下ろされる瞬く間の六連撃。


 キンと甲高い音が成る。

 眩いばかりの閃光弾け、遅れて爆音が響く。

 やっと目が慣れた時に、眼前に飛び込んで来たのはふわりと揺れるメイド服のフリルと、残り六つの触手全てを切り落とされたツルプルルの姿だった。


「……ぁ、あああ、あぁぁあああ――ッ!」


 ツルプルルの絞り出したような絶叫が響く。

 触手はそれぞれ根元から切り取られ、蠢いている。その中心には、変わらない生身の姿のツルプルルが涙を流して棒立ちしていた。


「うぅう……ぁ、ああああ、ひどい、ひどいよ」


 しかし、触手の断面がボコボコと蠢動すると、産み落とされるように新たなものが生えてきた。僅かな粘性の液体に塗れたそれは、怒りを表すように地面を叩く。


「クソ、なんだあのバケモノ! 早く逃げるぞ!」

「あぁあ、なんてこと。私の家が……やっと手に入れた宝石が……」

「倒せるわけねえ! あんなおぞましいもんどこにいたんだよ!」


 そして、ティアナディアがツルプルルを相手取っている隙に、村人たちはチャンスだと言わんばかりの逃走を見せている。


 分不相応な欲望の報いを、貴様たちが蔑ろにした者たちの怒りを受けてしまえとも思ったが、それを決めるのはベリウスではなかった。


「ママなんていなかった……そう、いなかったの。村なんてなかった。そんなのなかった。何もなかった。お腹空いた……空いたなッ」


 触手に閉じこもったツルプルルは、癇癪を起こして辺りの物を手当たり次第に破壊する。家も、新しく建造したであろう噴水も、収穫時期だという麦畑も。

 いっそ気持ちいいくらいぐちゃぐちゃに触手は平等に全てを蹂躙する。


「たくさん食べよ。たくさん食べたら、たくさん食べれるから。食べよッ、悲しいから、嬉しいから、全部食べたら、もう苦しくないって言ってたよ!」


 おそらく、触手の超速再生もスキルの一種だろうから、MPは消費している。あれだけの巨大なものを再生させているのだ。消費量もバカにならないだろう。


「ご苦労だった、ティア。後は任せろ」


 ティアナディアがツルプルルを消耗させている間に、準備バフは整った。

 ベリウスはティアナディアと入れ替わるようにして前に出ると、杖を構えた。


「詠唱破棄――【プロミネンス・ピラー】」


 火属性の超級魔法。

 先日の街中では加減をしたが、ここではその必要もあるまい。

 ちりちりと焔が舞い、辺りの水分を干上がらせて火柱が立つ。

 網膜を焼く輝きを持って天へと延びるそれは、優にツルプルルの巨体を飲み込み尚強く熱を発した。


「……ぁ、ああぁぁあ、ひどいよ。熱いよ。こんなの美味しくないよ」

「そんなに腹が減ったなら、そのゲソ焼きでも喰らえばいい。次は火加減を考えてやるぞ」


 ツルプルルは触手で体を覆って灼熱の業火を耐えきったものの、触手は焦げてぐずぐずと崩れ落ちた。

 再生を試みているが、その速度は遅い。

 新しく生えてきた触手も一回り小さく頼りないものだった。


「詠唱破棄――【アブソーブ・スワンプ】」


 ベリウスは続けて魔法を発動する。


「ぅ、ぬえ――っ!?」


 ツルプルルの足元に巨大な鈍色の沼が現れた。

 沼は罠にかかったエサを飲み込まんと泡立つ。


 この沼にダメージを与える性能はない。ただ、粘性の液体は領域内のMPをじわじわと吸収する。ツルプルルが研究者や村人から奪ったMPを次はこちらが奪い取る。


「……ぁ。あああ、いやだ。いやだいやだいやだ!」

「さあ、吐き出せ。溜め込んだMP全てッ」

「なんでどうして! せっかく食べたのに、またお腹が、あぁあ……」


 ツルプルルは殺虫剤を掛けられた蟲のように徐々に弱っていく。

 触手が力をなくして萎んでいき、動きも緩慢になっている。

 まるで素材が鉛にでも変わったかのように縮んだ触手ですら持ち上げられないでいた。


 おそらく、抗う手段がなかったわけではない。ツルプルルは戦うための手段を十全に尽くしてはいない。


 だが、こんなものは初めから意義も執着もない戦いだ。

 戦いですらない。彼女にとってこれは絶望の発露であり、ただの癇癪だった。


「これで終わりだ――楽になれ、プルル」


 杖を掲げる。

 魔法が閃く。

 ツルプルルはゆっくりと触手を伸ばす。それは、抗うというよりは、断罪を受け入れるような鈍重さで――鋭い光線がその全てを容赦なく切り落とした。


 触手は人間大に縮み、もう再生することはなかった。


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