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第33話「ツルプルル・ジャムペースト」

 ツルプルルは、チュートリアルの時点と比べれば二回りほど小さいものの、十分に驚異的な質量を誇っていた。


 ヤツが歩くだけで、この小さな村は容易く蹂躙されてしまうだろう。

 体のほとんどが触手で覆われ本体は見えない。人型部分のサイズは変わらず、触手だけが肥大化している。


《真眼》で確認したところ、レベルは五十七まで上昇していた。


「おい、貴様。あれほどの巨大化は、想定外なんだよな」


 足元の研究者に問う。


「あ、ああ……そうだ。ヤツは魔力を喰らう魔獣との合成で生まれたバケモノだ。あそこまでデカくなるとは……少なくとも、俺らは思ってなかった」


 困惑しながらも、そう答える。

 それを先に言えと毒づきたくなったが、今は一刻を争う状況だ。

 意識を切り替え、触手を自在に操るツルプルルを見上げる。その触手の形には見覚えがあった。


「……ドレインクラーケンか」


 ドレインクラーケンは、海洋に生息する巨大な魔獣である。

 十本の触手を使って船を襲う姿が度々目撃されている。魔具や、装具、魔力を蓄えた人族、魔族などを捕らえ、魔力を吸収するのだ。


 たしかに、ツルプルルの触手は全部で十本だった。

 ツルプルルは、その十本の触手を自由自在に操り、家屋を破壊し、村人を捕獲し、養分へと変えていく。触手の中心から、ボキボキバリバリと鈍い破壊音が響く。


 大剣を振り下ろすように触手の一本が繰り出されると、その軌跡に沿って家々が真っ二つに割れ、粉塵が舞い、その衝撃が村の外まで貫いた。


 まるで、鞭のような一撃だ。鞭の先端は音速を超えるというが、その言説を彷彿とさせる破壊力が先の一撃にはあった。


 その触手の暴力性が、気まぐれにベリウスの方を向いた。

 ヒュン。風切り音が鳴り、仄蒼い触手がベリウスに打ち下ろされた。


 が。


「ふむ、なかなかの威力だ。ひとたまりもなかったな、俺でなければ」


【魔禍のアブソリュート・クラウン】により、ベリウスのMPがダメージを肩代わりする。


 攻撃力が高いことは問題にならない。

 ただ、あの触手に捕まれるのはやっかいだ――捕縛される村人たちを見ながら、ベリウスは思った。


 そのとき。


 ふと、ツルプルルの動きが止まった。


「ママ……? ママ! 迎えに来てくれたの……?」


 ツルプルルの注意の先に視線を向けるととある女性が立っていた。

 よく見れば、ベリウスたちを宿に案内してくれた、高価なブローチを身に着けた女性だった。

 この女性がツルプルルを売った母親らしい。


 ツルプルルは母親に会うために実験に耐えていたという。

 たくさん食べて実験に協力すれば母親に会えるとエサをチラつかされていた。

 ベリウスは、同時に研究者の言葉を思い出す――自分の娘が人喰いのバケモノになって帰ってきたら、母親はどんな顔するんだろうな。あれじゃ判別も付かないか。


 最悪な想像がベリウスの脳裏を過る。


「ば、バケモノ……」


 女性は恐怖に顔を歪め尻餅をついた。


「ママ……? わたしだよ? ちゃんと帰ってきたよ」

「こんなバケモノ知るわけない! 私に娘なんていないわ!」

「ひどいよ、ママ……どうして、そんなこと言うの? ひどいよ、おかしいよ」

「嫌がらせ!? 私が何したって言うのよ。ママですって? 気持ち悪い……魔獣が人の言葉を喋るなんてッ! 出てって、村から出ていってよッ!」


 ツルプルルの動きが止まる。

 村を静寂が支配する。が、それもほんの一瞬のことだった。

 体を小刻みに振動させると、ツルプルルは言葉にならない絶叫を上げた。

 触手をだぁん、だぁんと打ち鳴らし、理不尽と絶望を叫ぶように慟哭した。


「ひ……っ、助けて。助けてください……」


 最悪の想像が現実となった。

 ツルプルルと母親の関係をベリウスは知らない。

 だが、贅沢のために娘を赤竜教団に売却したのは紛れもない事実であり、それは救いようのない罪悪だ。


 女性の中で娘など存在しなかったことになっているのか。

 ずっと疎ましいと思っていたのか。

 本当にツルプルルが娘であるとは微塵も思っていないのか。


 言葉にならない激情を吐き出すようにツルプルルが触手を振り回すと、雑多な破壊が降り注がれた。

 その一本が母親である女性を直撃する――すんでのところで、ベリウスが体を滑り込ませる。


 庇われた女性は体を震わせて口をぱくぱくと開閉している。

 何が起こっているのか、なぜ狙われているのか理解していないような様子だった。


「違うよ……バケモノじゃないよ、プルルはバケモノじゃないよ」


 今にも泣き出しそうな震えた声が触手の中心から漏れる。

 巨大な触手を操り無差別に村を蹂躙するバケモノ――それが、ベリウスには寂しさとやるせなさから涙を流す幼児のように見えて仕方がなかった。


 母親に売られ、研究者に体をいじられて、騙されて、きっと真実に気づいていながらも、いつかの優しい母親の面影に縋るしかなくて、それすらもきっぱりと否定された。


 脳内に現実世界での両親の顔が浮かびかけ、慌てて頭を振る。


「バケモノなものか。プルル、お前はバケモノなんかじゃない」

「た、助けてください……あの、お金はあるので」


 腰を抜かした母親がベリウスに縋る。

 ベリウスは鋭い視線で母親を射抜く。

 反吐が出る。罪悪感すら覚えていなさそうなとぼけた面を含めて、全て。


「――へ」


 ベリウスは赫杖ルベルを構えると魔法を発動。

 詠唱を破棄して繰り出された熱閃は容易く母親の顔面を貫き、絶命させた。迷いはなかった。


 ドサリ。母親の体が支えを失ったように倒れる。

 しかし、ツルプルルは見向きもしなかった。現実から目を背けるように、十本の触手を振り回し、破壊行為を続けるのみだった。


「ドレインクラーケンは、獲物の魔力を吸収して生きるイカ型の魔獣だったはずだ。破壊行為自体に目的はないし、物質や人間を喰らうことに生物的な意味はない……」


 魔力を吸収する行為は本能に基づくものだが、他はそうではない。ドレインクラーケンの性質に通常の成長進度を超越した触手の巨大化はないのだ。


 つまり、当然ツルプルルの巨大化の原因はあの悪食にあるわけだが。


「ご主人様! ご無事でございましたか……!」


 二本の西洋剣を装備した、戦闘態勢のティアナディアがやってきて、ベリウスの前に恭しく膝をつく。その頬には何かのソースが付着していた。


「いいタイミングだ。ティア! ……ちなみに、シグレは?」

「仕上げに難航しておりまして、緻密に計算された繊細な味の調整をしているのでございます!」

「……そうか」


 仕上げ? 味の調整?

 よくわからなかったが、ティアナディアが居れば十分役割はこなせるだろう。


「ティアよ、命令だ。中にいる本体に傷を付けずに、あの触手をぶった切れ! プルルを、俺の配下に加えるぞ」

「ふふ、ふふふっ」


 ティアナディアは口元に手を当てて顔を綻ばせる。


「ティア?」

「いえいえ。いえいえいえ! さすがはご主人様だと思いまして! 倒してしまうどころか、仲間に引き込もうなどと常人なら思い至りません。器が広い! イカれてるでございます! イカだけに!」

「…………」

「イカだけに!」


 スルーを決め込むと、追い打ちを仕掛けてきた。ずいと顔を近づけて来るティアナディア。非常に反応に困った。


「……イカれてるは褒め言葉じゃないだろ」

「いえいえ、スーパー褒め褒めでございます、よッ!」


 言うと、二本の剣を構えたティアナディアの姿が消え、次の瞬間にはツルプルルの眼前に躍り出ていた。


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