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第31話「触手怪物(アザトース)3」

「ぶー、ぶー、でございます」


 ティアナディアは、ベリウスに置いていかれたことに不満を覚えていた。


 メイドであるティアナディアに対して隠し事があるのはいいのだ。

 それを根掘り葉掘り聞き出そうなどとは思わない。

 だが、ただ命じてくれさえすれば、どんな任務でも命懸けでこなしてみせるというのに。


「め、メイド長、今からでも神様の下へ向かいますです?」


 シグレはあわあわと落ち着きのない様子で訪ねてくる。


「いえいえ。いえいえいえ。それは別に……ご主人様の意向に逆らいたいわけではないのでございます。ただ……ちょっと、寂しいなあというだけで」


 でも、ちょうどよかったのかもしれない。

 ティアナディアに悩みがあった。考えたいことがあった。ベリウスにも言っていない、言うことができない自分だけの秘密が。

 どうするべきか……あの日から、ずっと悩んでいた。


 だから、強くは抗議できなかったのだ。


「あ、あの……せっかく、神様から恵んで貰ったものがあるので、神様のために何か美味しい貢ぎ物を用意して待っているというのは……ど、どうでしょう」


 シグレは銀貨の入った袋を持ち上げなら言う。


「ほほう……シグレちゃん、素晴らしいアイディアでございますね!」


 その提案に光明を見た。

 幸いここには厨房がある。

 厨房があるということは食材も、調理器具もある。

 ベリウスから受け取った金を使って、場所を借り、食材を譲って貰えば深夜といえども料理ができる。


「時間もありそうなので凝った物が作れるでしょう……ふふふ、そうと決まれば、早速厨房に行きましょう!」


 こうして、シグレと共に一階の厨房に向かう。

 その道中、ティアナディアはちょっとした相談を持ち掛けた。


「ときにシグレちゃん。最近、メイド服の露出をあげるべきか迷っているですが、どう思いますか?」

「ふぇっ!? ろ、露出ですか……?」

「はい。どうしたら、ご主人様の情欲を引き出せるのかとよく考えるのです。ご主人様のベッドに潜り込んだり、衣服にマーキングをしたりするのですが……やはり、常日頃の資格情報から真新しさを出していくのがいいのではないかと思いまして」

「ど、どうですかね……それが神様への信仰に繋がるなら」


 シグレが当惑して首を傾げる。


「これもメイドの務めですよ、シグレちゃん。ご主人様の潜在的な願望を見抜いてこそ真のメイドでございます」

「つまり、尊き神様にもそ、そういう欲求があると?」

「もちでございます。そして、それを叶えるのがメイドの役目! シグレちゃんもメイドとして一緒にがんばりましょうね!」

「い、いえ……でも、その、あの、メイド長みたいな綺麗な女の子ならまだしも、シグレなんかでは申し訳ないというか、考えるのもおこがましいというか……」

「いえいえ。いえいえいえ! シグレちゃんだって十分可愛らしいですし、シグレちゃんにしか満たせない需要があります! もっと自信を持ちましょう!」

「じ、自信……ですか」


 詳しく聞いたわけではないが、シグレの境遇にはおおよその見当がつく。

 奴隷狩りの憂き目に遭い、人に対するとは思えない扱いを受けてきた。

 罵られ、暴力を振るわれ、何度も役立たずだと吐き捨てられてきた。

 それが今の彼女の自信のなさに、本人でも自覚できない不安に繋がっている。


「大丈夫でございますよ。シグレちゃんは特別です! ご主人様が選んだ奴隷ですからね! ご主人様は誰にでも手を差し伸べるような方ではありませんよ」

「シグレが神様に祈り続けていたから、きっとその御身を晒してくださったんですよね」


 シグレはうっとりとした表情で言った。


「でも、特別なのは神様です。シグレは平凡で……平凡以下の虫けらです。でも、それでいいのです。そんなシグレですら、神様への信仰で幸福になれるというのが重要なのです」

「つまり、シグレちゃんはご主人様がめちゃくちゃ大好きということでございますね!」

「す、すす好きなんてとんでもない! 恐れ多いです……シグレはただ神様を信仰し、シグレの全てを捧げようというだけで、神様より圧倒的に下の存在なので」


 ベリウスはシグレにとって神様である。

 なるほど。天使ミカエラを信仰する、そこらの人族よりはよっぽど信用ができるし、とてもまともな感性を持っていると感じる。


 それに、ティアナディアとも重なる部分はあった。


「ふむ……わたしもご主人様に尽くすのが至上命題ではありますからね! やはり、信仰はメイドということでは!」

「信仰はメイド……たしかに、信徒の結束を強めるために服装をメイド服で統一するというのはアリかもしれないです!」


 シグレは何やらアイディアが溢れて止まらないようで、尻尾を左右に振りながらぶつぶつと唱えている。

 その間に、首から下げたアクセサリーをギュッと握っていた。透明な石の中に金糸のような物を閉じ込めたシンプルな物だ。


 初めて会った時は付けていなかった気がする。


「あ……これはですね、神髪を納めた聖遺物なんです……!」


 視線に気づいたシグレがパッと顔を上げる。聖遺物だというアクセサリーに頬ずりをして、「ふえっへっへ」と奇妙な笑い声を漏らした。


「神髪……?」

「はい! 神様の髪の毛を集めて、この石の中に封じることで聖遺物としたのです! これを身に着けてから神様を身近に感じられるようになって、メンタルも安定したような気がしますし、体も軽くて、本当にいいことばかりで……!」


 シグレは神髪の聖遺物を掲げて熱弁する。

 ベリウスの髪の毛を拾い集めて作ったアイテム。

 たしかに、その金色の髪は大層美しく、アイテムもシグレが丁寧に手作業で作られたことがよくわかる。


「……ぇ、あ、メイド長?」


 シグレは黙り込むティアナディアを見て不安そうに顔を覗き込んでくる。


「……す、素晴らしい」


 が、何を不安になることがあるのか。


「…………ふぇ!」

「綺麗! なんて素敵な発想なのでしょう! それわたしも欲しいでございます!」

「ぜ、是非! 布教用がたくさんありますので!」


 シグレが懐から神髪の聖遺物を取り出し、渡してくれる。

 身に着けて見ると、たしかにベリウスを身近に感じられるようだった。

 体がほてってくる感じがする。

 なんだろう、こう言い表しようのない多幸感に包まれる感じがあった。


「なるほど、なるほど! これでご主人様の素晴らしさを布教するのですね!」

「そうなんです……! 是非世界中の人々に神様の尊さを知ってもらいたいんです! シグレは神様を信仰することで救われました……この世は過酷で理不尽に溢れていますが、それは信じるものを間違えたからに他ありません。シグレは迷える子羊たちに救われて欲しいのです……尊い恩方の存在を知って欲しい」

「たしかに、わたしもやれ赤き竜のためだとか、忌々しい天使がどうとか人々が口にするのが耐えられなかったのでございますよ……そうですよね! みんな、ご主人様を崇めればいいんです!」

「は、はい……! そうなんです!」

「これで世界は平和になりますね! どうしてこんなことに気づけなかったのでしょう!」


 ティアナディアとシグレはがっしりと握手を交わした。


「シグレ、全ての国の国教をベリウス教にすることが夢なんです……そうすれば、きっと争いなんて起きません。……神様の意に反する者はきっと生きてはいられないでしょうし」


 シグレは熱っぽい顔をして、くつくつと笑った。

 もし世界がそうであれば、どれだけ素晴らしいだろう。

 ティアナディアは、全人類がベリウスを崇める絵を想像して心臓を高鳴らせる。そこはまさに楽園だった。


「その夢応援します! 手始めにシグレちゃんにはメイドとしての在り方を叩き込むでございますよ! きっと役に立つはずです!」

「はい! ありがとうございます! シグレが生まれた使命はきっと神様のことをこの世に広めることだったんです……ああ、これが神様の御導き」


 そして気づけば、二人は厨房に到着していた。

 ティアナディアはシグレの頭に手を伸ばし、優しく撫でる。


「ふふ、これから頑張りましょうね。それと、わたしにはもっと気軽に接してくれていいですよ。先輩メイドとしてビシバシと指導していくつもりですが」

「は、はい……! お、お願いします」


 シグレは神髪の聖遺物を握りながら「メイド? メイド……信徒はメイド……!」と呟く。メイドになれるという名誉に震えていたのかもしれない。

 だが、案ずることはない。ご主人様を思う心があれば誰でもメイドなのだ。


「あとは、そうですね。ご主人様を恐れ過ぎないであげてください。あれで結構不器用な方なのですよ」


 言うと、ティアナディアは思い切り厨房のドアを開け放った。

 中で仕込みをしていた従業員には心底迷惑そうな顔をされたが、金で黙らせ、ティアナディアとシグレは無事、厨房と食材を手に入れたのだった。


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