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第30話「触手怪物(アザトース)2」

 二つ目のブロックは、主に研究員が常駐する場所だった。


 寝泊まりのため、調査記録を残すため、資料をまとめるため、また、薬品や実験器具等の保管庫もあるようだ。大きな人の気配の正体の一つはここだろう。


 三つ目のブロックは、打って変わって鉄格子で区切られていた。

 錆び付いていて大した手入れもされていないが、頑丈さは疑いようのないものだった。

 外からの侵入を拒むというよりは、ナニカを逃がさないようにするための檻のような印象を抱いた。


 鉄格子を溶かして中を確認すると、その推測が間違いではないことがすぐに証明された。


 ネズミの甲高い不協和音。

 ぽちゃり、ぽちゃりと聞こえる水音。

 あ、あ、と意味を成さないくぐもった声が断続的に聞こえる。

 不衛生な牢獄が廊下を挟んで左右にずらっと並んでおり、その中には数えきれないほどの子供たちの姿があった。


 これが、もう一つの人が密集していた気配の正体というわけだ。

 牢に囚われた子供の一人が、棒のような腕をこちらに伸ばし、口をぱくぱくと動かしている。視点が合っておらず、体にはいくつかの注射痕があった。


「……たーい、えてぇ」


 ベリウスに手を伸ばし、唾液のようにだらだらと涙を流している。

 ざっと他の牢も見渡すが、この子供と同じように無気力な者が多かった。

 すすり泣く者の声も聞こえる。こんな状況では、正気を保っている方が辛いだろう。


 子供たちの姿と、先ほど見た水槽の光景が重なる。

 魔獣の体の一部を埋め込まれ、水槽を揺蕩う子供たちの姿。

 つまり、ここは実験動物モルモットを閉じ込めておく檻というわけか。


「おい、出せッ! 出しやがれッ! 俺を売りやがって! 許さねえぞ! おい!」


 奥の方から少年の擦り切れそうな声が聞こえる。

 ガンガンと鉄格子を蹴る音が断続的に響く。それも少ししたら落ち着き、「くそ、くそ……」と力ない声が漏れた。


 ベリウスが正面に立つと、少年は「ひっ」と表情を引きつらせた。


「な、なんだよ……どこだよ、ここは! 家に帰せよ!」


 どうやら、ベリウスをここの研究員か何かだと思っているらしい。


「ふむ、家か」

「ああそうだ。村に返しやがれ!」


 威勢こそいいが、少年の体は震えていた。

 体には既に幾つか注射痕がある。

 つまりは、ここがどういう場所か。

 これから自分がどうなるのかを徹底的に教え込まれた後というわけだ。


「村、イマイ村のことか」

「だったらなんだってんだよ!」

「いやなに、俺もつい先ほどまで、村でくつろいでいたものでな。して、貴様は村に帰ってどうする? そこに貴様を待っている者でもいるのか?」

「待つだ? ふざけんじゃねえ! 帰って復讐してやるんだよ!」

「復讐。お前を売ったヤツにか?」

「……ぁ、ああ! そうだよ! 俺を売りやがった親父をぶっ殺してやる!」


 口調は荒いものの、少年の目は完全に命乞いをする小動物のものだった。

 だが発言は興味深い。


 イマイ村、父親に売られた――なるほど、なるほど。


 ここまでの情報をまとめてみよう。

 まずは、この地下施設の所有者は誰か。

 この答えは簡単だ。水槽や一部の魔装具にリンゴにヘビが巻き付いたような紋章が刻まれていた。これは赤竜教団パラダイスロストのものだ。


 赤竜教団は所謂邪教であり、人族の敵である赤き竜を崇拝している。

 なんでも、赤き竜は天空に浮かぶ楽園に住む神の遣いで、天使に争いを強要された人族を開放し楽園に連れて行くために力を振るっているのだとかなんとか。


 ゲームのストーリーや、クエストでも度々現れた。

 赤き竜や、赤き竜の影響で生み出された魔獣、魔族に関する醜悪な研究を進めていて、非常に迷惑な存在だった記憶だ。


 あの水槽の合成魔獣も、それらの研究の一環だろう。

 そして、そのための実験動物が牢に入れられていた子供たち。

 子供たちの調達先がイマイ村だ。村人たちは赤竜教団に子供をいい値段で売り払ったのだ。村の住人が不自然に裕福だったのも、村に子供がいないのもこれで説明がつく。


 だが、ここまでの情報では――だからなんだという話でしかない。


「まだ何かあるはずだ」


 ベリウスがわざわざ足を運んでいたのだから、ともすると、チュートリアルの死に関係のある何かが。


 それは常駐する研究員――赤竜教団の者に話を聞くのが早いだろう。

 ベリウスは少年を一瞥し、牢の鍵を壊した。

 少年は「……へ」と呆けた顔をする。


「興味深い話が聞けたからな、その礼だ」


 加えて言うならば、赤竜教団の注意を少しでも惹いてくれればいい。善意ではない。脱出も簡単ではないし、そこまでの面倒を見る気はない。


 ベリウスは第三ブロックを立ち去り、最後のブロックへ向かった。

 この中にもまばらに人の気配があった。四つのブロックの中で最も厳重なセキュリティが施されており、扉も城門と呼ぶのが相応しいほどの重厚さがあった。


 だが、それもベリウスにとっては、紙っぺらと変わりがなかった。


【メルト・リキッド】を使い、二つ目のブロックの扉と同じように扉を溶かした。

 中に入った瞬間、白衣を着た数人の視線が突き刺さるが、間髪入れず魔法を発動する。


「眠れ――【ヒュプノスの子守】」


 倍のMPを支払い詠唱破棄。

【ヒュプノスの子守】は、指定範囲内に百十パーセントの確率で睡眠の異常状態を引き起こす、シンプルだが強力な効果で、同異常状態を付与する魔法の中では最上級のものだ。


 研究員たちは声を発する前に糸を切られた操り人形のようにバタバタと倒れる。

 ベリウスは全員の意識が落ちるのを確認してから、ゆっくりと辺りを見渡した。

 室内は薄暗く、奥までは視界が通らない。ごぽごぽと水音がする。床には多種多様な管が敷かれており、つんとした薬品の激臭がした。


「おい、目を覚ませ」


 ベリウスは近くの研究員の胸倉を掴み、無理やり意識を覚醒させる。

 若い男の研究員は疲労からか重たそうな瞼をゆっくり開き、ベリウスの顔を見た瞬間大きく飛び上がって、恭しく頭を下げた。


「お、お疲れ様です……っ」

「なんだ寝ぼけているのか。お前には幾つか聞きたいことがある」

「えと、その……何か不備があったでしょうか」

「……なに?」


 男の体は震えている。

 侵入者に怒りを露にするわけでもなく、驚くわけでもなく、まず恐怖した。


 不自然だ。

 これはベリウスの脅威を、力を、ベリウス自身を知っているからできる反応だ。魔族であることや、七魔皇であることを理解しているからこそ怯えがくる。


 どういうことだ? やはり、ベリウスはこの研究に何か関係しているのか?

 更に男を問いただそうと手を伸ばした刹那――激しい破壊音が響く。


「――ッ、次から次へと」


 ぶちぶちと何かを引き千切るような音がして、奥で闇が蠢く。


 ぽたりぽた。粘性の液体が滴る音。

 ぷしゅう。何かが溶ける音が聞こえる。


「まずい……ヤツがくる」


 それらを聞いて、研究員の男は腰を抜かし、恐怖で顔面を歪めた。


 だぁん。だぁん。


 何かゴム製のものを床に叩きつけるような音が断続的に響く。

 男は少しでも生命反応を消そうと両手で口を押えていた。

 体はガクガクと震えており、額には脂汗が滲んでいる。

 尋常じゃない怯えようだ。それこそ、竜種を目の前にしたとしても、ここまでの反応はないだろう。


 すると、物凄い勢いで何かが伸びてきて、倒れた研究員の一人を捕獲した。

 触手だった。それは先の一区画で見た触手よりも洗練された印象で、より禍々しい。

 タコのような吸盤が付いた仄蒼い触手が、研究員の脚を絡めて闇の奥へ引き寄せる。無邪気な子供が人形引き摺るように、ずりゅ、ずりゅと。


「ああ、もうダメだ。触手怪物アザトースが目覚めやがった……」


 研究員の言葉を肯定するように、バキバキ、ボキボキと人体が破壊される鈍い音が室内に響いた。


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