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第3話「転生先は最強の悪役3」

 具体的な行動方針を決めようと顔を上げた瞬間、大地がどよもす。

 腹の底を震わせるような低音と共に、激しい突風に吹き付けられた。


 何事かと構えを取ると、野太い絶叫が響いた。

 声のした方に視線を向ける。三人の冒険者が顔面蒼白にして、こちらへ逃げてくるのが見えた。


 大口を開けて何かを必死に訴えかけてくるが、風切り音が激しくて聞こえない。

 鑑定系の魔法マジック、【真眼しんがん】を使用し、彼らのステータスを確認する。


 それぞれ、レベルは十にも満たない。装備もプレイヤーが初期に手にするような物ばかりだった。駆け出し冒険者といったところだろう。


「だが、ワズンの森にそんな凶悪な魔獣など……」


 その刹那、ベリウスに巨大な影が差した。

 その正体を確かめるべく視線を上げ、思わず体が硬直する。


「……ほう、竜種。しかも、固有魔獣オリジンか」


 深紅の瞳。エメラルドグリーンの鱗。天を覆う流麗な翼。

 竜種は、『Legend of Ragnarok』でも最も数が少なく、その鱗は一枚で家が建つほどと言われるほどに貴重だ。固有魔獣ともなれば、その強さもひとしおで。


「翠嵐竜アレイミント……ふむ、コイツがわざわざ木端の冒険者を狩るだと?」


 アレイミントは、王都アルティバ上空を縄張りとする竜種だ。

 と言っても、基本的に人を襲うことはなく、王都を攻撃したことは一度もない。

 一部では守り神だなんて崇められているし、戦いを挑もうなんてヤツは皆無だと言っていい。


 ただ、コイツが人を襲わない理由は神聖なものでもなんでもない。

 雑魚は相手にしない。その一言に尽きる。

 戦いを挑むのは、真に強さを認めた者のみ。


 その強者に、レベル三十、四十程度の冒険者は入らない。


 となれば、目的は一目瞭然。

 ヤツは、ベリウスを狙っている。


 冒険者の男は、アレイミントに向けて闘氣術アーツを使った矢を放つ。

 しかし、竜種が相手では、その矢も爪楊枝にしか見えない。あっさりと弾かれてしまう。

 男たちは引けた腰でなけなしの攻撃を試みるが、一切意味をなしていない。


 そもそも、アレイミントは冒険者に見向きもしていなかった。

 その深紅の瞳が、ベリウスの視線の交わり、アレイミントは喉を震わせた。


「……この世界にきて、最初の相手が竜種か」


 だが、ベリウスなら――自分なら、こんなの屁でもないはずだ。


 強く自分を偽れ。自分は七魔皇が一人、ベリウス・ロストスリーであると。

 念じるように瞼を閉じ、刮目。

 唇を噛んで敵を見据える。


「ははッ、随分と舐められたものだな。トカゲ風情がッ」


 ベリウスは装備している、杖型の装具を顕現させた。

 赫杖ルベル――最上級とは言い難いが、シンプルな効果が売りの上等な杖だ。

 INT《魔法攻》値の加算値が非常に高く、MPメンタルポイントを一定倍率上昇させる効果も非常に魅力的である。


「実験台にはちょうどいい、性能チェックといこうじゃないか。耐えてみせろよ」


 先ほどステータス画面で確認した魔法を思い出し、発動。


「詠唱破棄――【竜種特攻ドラゴンキラー】」


 自身に竜種への特攻属性を付与する。

 加えて、自身の能力を上層させる魔法を矢継ぎ早に唱える。


「【魔攻上昇マジックアップ】、【魔攻超過マジックフォース】、【火属性補正フレイムタイプ】」


 魔導皇帝には、二つのユニークスキルが備わっている。

 内一つが【加速クイック】――倍のMPを支払うことで、詠唱を破棄できる魔纏オーラである。


 魔導系の職業で致命的なスキル発動までの速度を補う、唯一無二の性能。

 これで近距離特化の相手にも後れを取ることはないし、スキルの連続発動も可能となる。


 ベリウスの体を燐光が迸り、その能力値が次々に引き上げられていく。

 固有職業、魔導皇帝の最も特筆すべき点は、全ての魔導系スキルを取得することが可能である点だ。強化師エンチャンターから、竜喚師ドラゴンマスター魔導師ウィザードまで。


 アレイミントは瞬膜を瞬かせ、ベリウスを喰らわんと大口を開けて突進してくる。圧倒的な質量と、生物の頂点たる竜種の異質な魔力。


 だが、恐るるに足らず――俺は『Legend of Ragnarok』最強、ベリウスだッ。


「詠唱破棄――【インフェルノ】」


 太陽にも見間違う輝かしいばかりの金炎が轟々と音を立てて顕現する。

 ぶわりと広がる熱気に金髪が逆巻き、ちりちりと肌を焼く熱に高揚感が勝った。


「はははッ――灼熱の業火に身を焦がせよ、竜種!」


 上級職業である、魔導師ウィザードが使う、超級の魔法を放つ。

 正攻法で取得できる火属性の魔法では、最高峰の攻撃力を誇る一撃。


 眼前を灼熱が覆い尽くし、それはアレイミントの巨躯を悠々と飲み込んだ。

 竜の野太い絶叫が響き、それすらも塗りつぶすように炎は天へと柱を作る。

 最初こそ巨大な翼を羽ばたかせ抵抗していたが、その勢いも徐々に弱くなり、やがてアレイミントの巨大な影は地面に頽れた。


    ◇


 この世界に来ての、初めての魔法の行使。

 初めての魔獣の討伐。


 ベリウスは疲労感と満足感からほうと息を吐き、赫杖ルベルをストレージに納めた。

 すると、「ひ、ば、バケモノ……」と目を白くさせる冒険者の男たちが目に入った。


 そう言えば、彼らの存在を忘れていた。


 バケモノは今討伐してやったじゃないかと思ったが、そうではなかった。

 彼らの恐怖の対象はどうやらベリウスらしい。

 腰を抜かし、恐怖で顔を歪めていた。

 彼らに視線を合わせると、やっと体の動かし方を思い出したかのように逃げ出した。


「そうか……俺は今魔族だからな」


 いや、待てよ。

 魔族にはデフォルトで認識疎外のスキルが掛かっているはずだ。

 なら、単に冒険者として恐れられたのか。


 レベル五十五とアレイミントは固有魔獣の竜種の中では優しい部類だが、人族が単独で倒すことは不可能だと言っていい。


 バケモノという評価も仕方がないのかもしれない。

 だが、もし、魔族だとバレていたのだとしたら……。


「殺した方がよかったか……?」


 一瞬物騒な思考が過ったが、いやと頭を振る。

 所詮はレベル十にも満たない冒険者だ。彼らがベリウスをどうこうというのも考え難いし、放っておいても問題ないだろう。


「それより」


 ベリウスは僅かな高揚感を胸にアレイミントの死体に駆け寄った。


 焦げた肉の匂い。

 巨大なクレーターの中心で、アレイミントは完全に沈黙していた。


『Legend of Ragnarok』でアイテムを手に入れるためには、プレイヤー自身が死骸を解体する必要がある。


 リアリティを追求した結果だろうが、生々しくかったるい作業にプレイヤーからは不評だった。のちに、解体のフェイスはスキップできるようになるのだが、この世界をできるだけリアルに感じたい■■は、毎回律義に解体をしていた。


 そのおかげか、アレイミントの解体作業は順調に進んだ。

 だが、どうやら、原作ゲームとは全ての要素が同じわけではないようで。


「ゲームではLUK値で手に入る素材が決まっていたが……ふむ」


 アレイミントを解体しても、その死体が消えて無くなるようなことがなければ、素材に関しても目の前にあるだけ取得は可能なようだ。


 もちろん、解体技術の差で素材に傷がついたり、価値を失ったりすることはあるが……いや、そのあたりの成功率にLUK値が関係しているのかもしれない。


「テキトーに収納しておくか」


 指で宙をなぞりストレージを操作。

 解体して得られた、アレイミントの鱗、牙、爪、角あたりを端から突っ込んでおく。


 ストレージは内容量も上等なもので、特に上限は気にしなくてもよさそうだった。

 最後に魔核――魔獣一体から必ず一つ取れる、魔獣のコアのようなものを収納し、一息つく。


 魔核は魔水晶と並ぶ万能な魔力資源であり、生活必需品となる魔具にもよく使われる。竜種のものとなれば、それなりの値が付くだろう。


 解体作業が一通り終わり、ベリウスは木陰に腰を下ろした。

 そして、ずっと気掛かりで――先のアレイミントとの戦いで明らかになった、一つの事実について考えていた。


 これからのことを考えたら、早急に取り除くべき障害の一つだ。


「ベリウスの取得しているスキル構成があまりにも弱い」


 もちろん、八十八というレベルも、スキルの豊富さも、装具のランクも、この世界基準で言えば、おそらく上位に入るだろう。


 だが、そうではないのだ。


 ベリウスの潜在能力を考えれば、今の状態は勿体なさ過ぎる。

 固有職業ユニーククラス魔導皇帝カオスエンペラーは、魔法を理論上全て取得することができる。


 この世界のスキル数は膨大で、同じ職業の中でも無数の選択肢が存在する。そのすべての魔法が扱えるとなれば、組み合わせ次第では、いわゆるチートとさえ言われるようなシナジーが発揮できるのだ。


「すべての職業の魔法が使える? そんな夢のような状況で自分ならどうするか何度も考えたさ」


 考察サイトでもよく上がる話題だったし、自分の考えた最強の組み合わせというのは、プレイヤーなら誰も一度は妄想するネタだ。


「ついに、それが実現するのだ。滾るに決まっているじゃないか」


 スキルの取得は、スキルポイントの割り振りによるスキルツリー制だ。

 その選択肢は多く、解放条件が難解なスキルも多いため、狙ったスキルを取得するのは簡単ではない。少なくとも初見でというのは、ほぼ不可能だと言っていい。


 ベリウスのスキルツリーがガタガタなのも仕方のないことだろう。

 魔道皇帝カオスエンペラーという前例のない職業ななおさら。


 だが、今のベリウスには、原作の知識があった。


 長年『Legend of Ragnarok』をやり込み、攻略本を、攻略サイトを読み込み、脳みそに叩き込んだありあまるほどの知識があるのだ。


 もし、ベリウスがあの機能を使っていなければ、スキルポイントの割り振りをもう一度――。


「やっと見つけました! ベ・リ・ウ・ス様!」


 ステータス画面を操作しようと指を振った瞬間、弾むような声が響く。

 遅れて、控え目な衝撃。ベリウスは何者かに押し倒され、地面に倒れた。


「――っ、くぅ」


 帳が降りるように綺麗な銀髪が垂れ、水晶のような瞳に射抜かれる。

 新雪のような肌。愛らしさと妖しさの同居した独特の雰囲気。

 メイド服はまるで彼女のために神様が産み落としたかのように、よく似合っていた。


「……ティア?」


 ティアナディア――ベリウスの唯一の忠臣で、メイド。


 七魔皇の一人であるベリウスと共に旅をする、魔人種ディアボリカであり。

 何より、■■にとっては『Legend of Ragnarok』の推しキャラクターである。


「はい、わたしはティアナディア。いつも貴方様の隣に。貴方だけのスーパーウルトラパーフェクトメイド、ティアナディアですよ」


 夢のような光景に硬直しているベリウスに、ティアナディアは愛おしそうに首を傾げたのだった。


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