第28話「イマイ村2」
夕食は王都で購入した食材を使ってティアナディアが作ってくれた。
宿にも食事を提供してくれるサービスはあったが「こんな粗末なものをご主人様に食べさせられません」と料理番を押しのけて、キッチンを占領していた。
シグレも「さ、さすがです、メイド長。素晴らしい信仰心……シグレも役に立ちます、ふぇへ」と彼女に追随してサポートした。
以前、王都に泊まった時にあまり目立つなと注意したはずなのだが……まあ、もう仕方がないか。メイドとはそういうものなのかもしれない。
夜は更け、夜空には満点の星空が広がっている。
ティアナディアが自分と共に寝ることにどれほどのメリットがあるかを熱弁し初めた頃、しばらく考え事をしていたシグレが何かに気づいたようにハッと顔を上げた。
「どうした? シグレ」
「はぅえ、い、いえ……特に何というわけではないのですが」
「構わない。言ってくれ」
シグレは視線を右往左往させていたが、そう命令されては選択肢もなかったのだろう。観念してといった様子で恐る恐る言葉を続けた。
「その……この村に来てから違和感を覚えていまして」
「半端に金回りがよさそうなことでしょうか?」
ティアナディアが答える。
「まさに貧乏人があぶく銭を得たといった感じでございますね。お金の使い方が下手というか、下品というか」
同じような違和感をベリウスも抱いていた。
金の消費の仕方に計画性を感じない。
大金を価値相応に考えられないのは、それを楽に手に入れたからに他ならない。
だが、ゆっくりとシグレは首を横に振る。
「それもそうですが、それ以外に……シグレは、この村に来てから、子供姿を一度も見ていないです。そ、そういうこともあるかもですが、ちょっと変だなというか……」
なるほど、とシグレの言葉に感心する。
これが、ベリウスが感じていた金回りとは別の違和感の正体だった。
奴隷として狩られ辛い幼少期を過ごしたシグレだからこそ、気づけたことかもしれない。
ティアナディアも得心が言ったようで、「たしかに、わたしも見ていませんね」と肯定を示した。
「す、すみません……関係ないですよね。王都が近いですし、みんな外に出てしまったのかもしれないですし……」
「いや、でかしたぞ、シグレ。単に若者というだけならそうかもしれないが、乳児や幼児まで全くいないとは不自然だ」
この村に入ったとき、ベリウスたちに話しかけてきたのは大人ばかりだった。
この宿は一部が従業員の私室になっているようだが、子供姿はない。
案内してくれた女性も、息子や娘の一人や二人がいてもおかしくない年齢だった。
外で子供が走り回る、麦畑で手伝いをする、剣の修行をする……そんなありきたりな光景は、ここでは一度も目にしなかった。
不自然な金回りの良さ。
子供が全くいないこと。
そして、ベリウスがここを頻繁に訪れていたこと。
やはり、このイマイ村には何かがある。それが、チュートリアルの死に関係するものかは定かではないが、調べる価値はあるだろう。
「急用ができた」
「ご主人様。わたしも手伝うでございますよ」
「いや、ティアたちはここで待機していてくれ」
そう言って、ベリウスは銀貨が十枚入った袋をティアナディアに渡した。
「何か美味い物でも食べるといい。福利厚生というヤツだ」
ティアナディアは疑問符を浮かべ、袋を見て、こちらの表情を伺って「わかりました」と不満そうにしながらも首肯した。シグレが「い、いいのですか?」と首を傾げているが、ティアナディアの意志は変わらないようだった。
あっさり引き下がったのは意外だったが、今は都合がいい。
ベリウスは装具を一通り確認し、二人に見送られながら宿の外に出た。
既に零時は回っていたが、村の一部からは喧騒が漏れ出ている。
記憶する範囲では、イマイ村は何もない村だった――というのは、正確には誤りで、ここにはとある隠しマップの存在があったのを思い出した。
ベリウスは足元に視線を向け、意識を集中させる。
「やはり、あるな」
イマイ村、地下研究所跡地。
ここには、かつて何者かが魔獣や人体構造に関するなんらかの研究をしていた場所である、というのがゲーム内での本マップの説明だ。
大したアイテムはドロップしないので、ゲーム世界で潜ったことはなかったが、この世界はゲームの世界と似て非なるものだ。どうもきな臭かった。
もし、何かあるとしたらこの地下に違いない。
Xデーまで、あと二日。