第25話「剣聖カンデラ」
闇はいつでもすぐ側にあった。
ぐるぐるとずっと同じところを歩いている。
ベリウスが死んでから、絶望と憎悪以外の感情を忘れてしまった。
ベリウスを復活させることだけを考えていた。
古代装具を探したり、旧時代の魔法について書かれた魔導書を漁ったり、流言飛語と切って捨てられるような戯言ですら全て実戦してみた。
とある村の人々百人を殺そうとしたのもその一環だった。
葬巣杖アスクレピオス――の生成に必要な供物が同コミュニティに属する百人の普人種だった。
これも古い文献を繋ぎ合わせて浮かび上がった情報に噂話が乗っかって変化を繰り返し浮かび上がった条件で、死者を蘇らせるという効果の真偽もわからなかったが、そんなことは些事だった。
ほんの少しでも可能性があるのなら。
三十二人目。三十三人目。三十四人目……三十五人目を手に掛けようとしたところで、とある少年が現れた。近接物理系の職業の不思議な雰囲気の少年だった。
当時は彼に興味がなかったから、最初の会話は覚えていない。
ただ、なぜか、普人種の少年は、村人を殺すのを手伝い始めた。
てっきり止めてくるものだと思っていたから驚きだ。
何か目的があるのだろうと思った。裏があるのだろうと思った。野望があるのだろうと思った。
それが自分にとって不都合なことなら殺してしまおうと思ったが。
「ベリウスを復活させたいんだよね。手伝うよ、それが君の望みなら」
わけがわからなかった。
彼にメリットのある提案とは思えなかった。
だが、何かあれば殺せばいい。
テキトーに利用してやればいい。
そう思って、同行してくる分には何も言わなかった。
少年はよく働いた。よく笑って、鬱陶しいほどに話しかけてきて、同族も手に掛けて、悍ましい実験にも嫌な顔せず付き合って、決して離れようとしなかった。
「ティアは何が好き? 食べたい物とかある? 魔族も僕たちと味覚は変わらないよね?」
「ベリウスとの話を聞かせてよ。どんな旅をしてきたとかさ」
「じゃあ、次はそれを試してみよう。僕も結構レベル上がったからね。役に立つと思うよ」
「大丈夫? 無理してない? 根を詰めすぎるのはよくないよ。大丈夫、まだまだ試してないことはたくさんあるしね」
なんなんだコイツは。
最初こそほとんど無視を決め込んでいたが、気づけば彼の気の抜けたような言葉に鋭いツッコミを入れるのが定番のコミュニケーションになっていた。
「鬱陶しいでございます! 話しかけてくるな! この人間風情がッ!」
しかし、少年はこちらが何を言っても嬉しそうに頬を緩ませるのだ。
罵っても、呆れたような反応でも、見下しても、本当に何でも嬉しそうにする。
旅をする。いや、この道程に彼が勝手についてくる。
何度か振り切ろうとも思ったし、たくさん傷つけたし、正直大っ嫌いだった。
だが、コイツは何故かずっと付いてくる。本当に鬱陶しい。鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しい。望みはベリウスの復活だけだ。それだけだ。それ以外はいらない。そのために生きるのだ。それが自分の役割だ。
それだけが、それだけでいい、邪魔だ――わたしの中に入ってくるなよ。
◇
凍てつく吹雪の中、漆黒の巨大な影が蠢く。
剣聖カンデラが対峙していたのは、冷害を振り撒く天災、竜種の一角だった。
天を覆う翼を広げ、その顎から繰り出されたのは竜種の咆哮だった。
しかし、迫りくる氷槍の奔流に、聖剣を握る手が迷うのも一瞬のこと。
「止まんなッ、カンデラ! ――フォスティノゥ=ト=ミスティレフマスティアゴート」
仲間の白魔導士の号令と詠唱が響く。
それらを背に受けて、カンデラは勇を鼓して地面を強く蹴った。
「――【銀なる世界の虹幕】」
瞬間、目の前に紗幕のように薄い虹色の膜が広がった。
竜種の咆哮がその膜に直撃すると激しく霧散。
カンデラと竜種とを結ぶ道を作った。
白魔導士の男――アゲートは、粗野な物言いが目立つわりに魔力の扱いは緻密にて繊細。神経質なのは玉に瑕だが、その腕は疑いようもなく、頼りになる仲間だ。
一時的にといえど、パーティーを組んだのは正解だった。
「美しいわたくしのためにご苦労ですわ、下僕」
「誰が下僕だァ!」
「ふふ、次で決めますわよッ」
聖剣を握る手に力を込め、氣と魔力を練り上げる。
竜種は、魔法に絶対的な効力を発揮する盾を前にすぐに戦法を切り替えた。前脚を振り上げ、その凶悪な竜爪がカンデラの眼前に迫る。
だが、速度は緩めない。
目の前に大盾を持った城盾士の女――カイヤナイトが滑り込んできたからだ。
カイヤナイトは、自身に注意を惹きつけながら物理防御力を上げる闘氣術――【アダマンタイト・オーラ】を発動する。
すると、城砦を思わせる身の丈ほどの大盾は、見事竜種の爪を弾き返した。
「か、カンデラ様! 今です! さあさあ、私をグッとできるだけ強めに踏みつけていってください!」
「言い方が気持ち悪いです、わッ!」
そう言いながらも、カンデラはカイヤナイトの提案通り勢いのまま彼女の肩を蹴り上げ、矢のような勢いで竜種の下へ一直線に迫る。
竜種――氷零竜バラフリリスは、王都近郊の山に降りてきて季節外れの吹雪による冷害を引き起こしたことで、国から早急の討伐指示が出された。
駆り出されたのが、剣聖カンデラ含む三人だった。
魔術学院の講師を務める若き天才魔術師アゲートに、エルタニン王国聖騎士団防衛隊隊長を務める大盾使いのカイヤナイト。
それぞれ、冒険者用に発行された等級は上から二番目の白金級だ。一番上の神金級が世界で七人しか存在しないことから、大陸中トップクラスの実力者たちと言っていいだろう。
「さあさあ、盛り上がってきたところわりぃでございますが、ここでおしまいですわ!」
カイヤナイトの助力を得てバラフリリスの眼前に躍り出たカンデラは、大きく聖剣を振り上げる。燐光が舞う。バチバチと魔力と氣が弾け、空間が歪むほどの黄金の熱が迸り、束ねられ、一振りの剣に収束される。
「闇を穿て――【名も無き焔剣《ソル=エスパーダ》】」
同時に固有スキル【天秤】が発動。
その効果は、氣力と魔力の内、耐性の少ない方が選択されダメージを与えるというもの。
魔法への耐性が低ければ魔法として、闘氣術への耐性が低ければ闘氣術として、カンデラのスキルは振るわれる。
氣と魔力の両刀を以って魔を滅するのが、剣聖カンデラの固有職業――天聖剣士の本領だった。
カンデラが携える七つの聖剣が一振り。
肌を焼く熱と光線。
地平線を縦に割る閃光。
眩いばかりの黄金の顕現。
その全てを束ねた一閃がバラフリリスを真っ二つに切り裂いた。




