第24話「廃神殿と職業昇進3」
「まさか……神様はどこまでの奇跡をッ」
言わんとしていることを察したのだろう、シグレは獣耳を、尻尾を震わせる。
「奇跡ではない、必然だ」
ベリウスが手を翳すと、次はワッと黄金の燐光が駆け上った。
それは螺旋状の軌跡を描き、シグレの下へ収束していく。
初級職から中級職。更にその先――誰もが夢見る頂の足掛かり。
この世界でほんの一握りの者だけが到達する上級職の高見へ。
「選ばれし者に祝福を。汝、竜の息吹をその身に宿し天を統べよ――此処に魂を縛る」
再び祝福は成された。
神殿の光が収まると共に、黄金の燐光がシグレの魂の形を引き上げ固定する。
彼女は期待半分恐れ半分といった様子でステータスプレートを見やり、瞠目した。
召喚師から派生する職業は、ほとんどが使い魔を喚び出し使役するものである。
例えば、蟲を操る蟲喚使、精霊の力を借りて戦う聖霊使、そして、シグレが使役するのは、最も気高く生物界のピラミッドの頂点に位置するといっても過言ではない圧倒的存在――。
「竜喚使……シグレが、上級職に」
「といっても、今のレベルじゃ精々ワイバーン数体が限度だけどな」
「や、ワイバーン数体って十分……いえ、そうですね」
シグレはそう言いかけて、いやいやと頭を振る。
「この程度では神様への信仰を証明することは敵いません。シグレはあなた様の信徒として、誠心誠意尽くさせていただきます」
「…………」
ゲームでの常識の話になるが、上級職に就くだけならそう難易度は高くない。
やっとスタートラインに立ったとも言える。
問題はその先――固有職業だ。
上級職に比べ、固有職業の数は膨大。その解放条件も多岐に渡り、再現性を見出だすのは難しい。理論上はティアナディアの双剣天機も発現できるはずだが、成功しているプレイヤーを見たことはなかった。比較的発現しやすいものから、まさに一点物の職業まで様々だ。
「それはそうと神様……」
震えた声を絞るシグレ。
何事かと視線をやると、艶めかしい腹部を晒しそこにナイフを添わせていた。
「シグレはとりあえず切腹をしようと思います」
「……なぜ」
意味不明だ。絶対にとりあえずですることではない。
「さっき……神殿に来た時、シグレは、シグレはぁ……神様の力をほんの少しだけ疑っていました。職業昇進などできないと決めつけて……ふぇへ、だから、だからぁ」
腹部に向けたナイフを震わせ、ぽろぽろと涙を零す。
ついさっきまであんなに前向きだったのに……彼女の情緒が怖い。
「そんなことは望んでいない」とナイフを持つ手を押さえるが。
「いえ、これは明確な背信行為です……この程度では温いくらいで、じゅ、十回くらい死なないと、シグレ如きの軽い命ではじゅ、十回!」
泣きながらお腹にナイフを這わせるシグレを宥めるのに十数分の時間を要した。
◇
落ち着いたシグレを連れて、アケルナル神殿跡地を後にする。
「ご主人様、ご主人様。そういえば、どうして急にレベル上げを?」
道中、ふと疑問に思ったのか、ティアナディアが訪ねてくる。
「いえ、圧倒的なご主人様が、更に圧倒的な存在になられたことは喜ばしいのですが、正直、レベル八十八のままでも敵なしだったではありませんか。それとも、それだけの敵と対峙するということでしょうか」
ティアナディアの表情から若干の不安が覗く。
理由としては、どれだけ強くなろうと確定した死の未来を回避するのに十分はなく、原作と変わらないステータスでは同じ結末を辿るだろうという懸念があったからだが……彼女の問いにはたととある疑問が湧いた。
「……剣聖カンデラのレベルがいくつか知っているか?」
「えと、たしか、六十程度だったはずです」
シグレが答え、「人族だと最高峰ですね、神様の足元にも及びませんが」と付け足した。
六十ならば、ゲームの設定と同じか。
実際、シグレの言う通りレベル九十九と六十では大きな差がある。それは八十八でも変わらない。だが、レベル八十八のベリウスはチュートリアルで消された。
冷静に考えてみよう。果たして、レベル八十八の身に訪れた死は、レベル九十九になったところで回避ができるのだろうか。それは、あまりにも浅慮ではなかろうか。
「…………ふむ」
いや、本当はわかっていたはずだ。
ここまでにいくつか違和感があった。
ベリウスは原作ストーリーで死ぬ直前に何かをしようとしていた。その何かは、おそらくチュートリアルの死になんらかの関係があるものだ。
岩窟を訪れていたのは何故だ?
転生した時点で居たワズンの森にも意味があるのか?
何かを集めていた? ベリウスも自分の死を予感していたのか?
「ご主人様? いかがいたしましたか?」
ティアナディアの声にふと意識を引き戻される。
純粋な強さとは別のアプローチが必要なのかもしれない。
ベリウス自身のステータスを上げるのとは別の何かを。
見つけねばならない。このストーリーに隠された何かを。
そのためには、転生前のベリウスの足取りを追うのがいいだろう。
その確信があった。ベリウスの動きは明らかに不可解だった。
「なあ、ティア。ウヌクアルハイの岩窟以外で、最近俺が頻繁に訪れていた場所はあるか?」
「えと……最近、最近ですよね。思い出すでございますよ……」
ティアナディアはうーんと唸りを上げ、やがて「あ」と顔を上げる。
「イマイ村でございます。よくお一人で足を運んでおられましたね」
イマイ村――王都アルティバ近郊にある、これといった特色もない村だ。
チュートリアルで起こる騒乱の被害を受け、半壊していた記憶だが……ということは、現在はその半壊前の状態で村が存在するというわけか。
そこに行けば、ベリウスの目論見――その何かがわかるだろうか。
Xデーまで、あと四日




