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第22話「廃神殿と職業昇進」

 ぱちぱちぱち。

 焚火がゆるりと揺れ、ティアナディアの宝石のような瞳に反射する。


 ルーメンボアによるレベリングにひと段落がついたベリウスたちは、セーフティーエリアにて一休みをしていた。今夜はここで仮眠を取る予定だ。


 一日でベリウスのレベルは九十一。シグレも三十五まで上がった。

 シグレは順調だが、要求経験値の多さからベリウスのレベリングは少々骨だった。


 だが、その分レベル九十代のレベルアップで得られるスキルポイントは、それ以前とは段違いだ。レベル九十九と九十以前では、実力が隔絶していると言われる所以である。


「ふぅあぅ……かみしゃまぁ」


 シグレは一日中動き回って疲れてしまったのか、ティアナディアの膝の上で寝息を立てていた。


 結果から言えば、ベリウスはシグレのスキルツリーを弄ることができた。

 これが奴隷契約の効果の一つということだろう。


 だが、初級職の遠術師である状態では、解放されているツリーも少ない。

 職業昇進クラスアップは、解放されているスキルから参照され、自動でクラスが選ばれる。


 と言っても、攻略サイトを見れば、どのスキルを取得すればどのクラスに職業昇進するかはわかるので、基本は目当ての中級職に対応したスキルを取得していけばいいだけなのだが。


 この世界でスキルポイントは自動でランダム(かは検証が必要だが)に振られるらしい。となれば、職業昇進先の職業を選ぶという概念もおそらくないだろう。


「とりあえず……目当ての中級職に繋がる最低限のスキルだけを開放するのがいいだろうな」


 シグレのツリーを選び、迷いのない手つきでポイントを振り分けていく。

 作業がひと段落つくと、シグレの寝息につられて瞼が重たくなってくる。


「ご主人様……? おやすみになりますか?」


 心配するティアナディアの声が、少し遠くに聞こえた。

 大丈夫だ、そう口を開いて、どうだろう、ちゃんと言葉になっていたかはわからなかったが――。


 ガラスの割れる甲高い音が響き、心臓がキュッと引き絞られる。

 ■■は頭まで毛布を被り、体を丸くする。

 冷や汗。吐き気もするが、言い出せる雰囲気ではなかった。

 扉を一枚隔てた先で両親の怒声が響く。

 続けて、テーブルが叩かれる鈍い音と、何か重たい物が落ちる音がして、同時に■■の頭痛も増していった。


 父と母、弟との四人家族。四人が住むにしては、狭い木造のアパート。

 ■■はほとんど寝たきりで、そのうちの一室を占領していることになる。


「――だから、どうしようもないだろう! 治療費なんて払えるわけがない! お前もわかってるだろ?」

「だったら、もっと稼いできたらいいじゃない!」

「はあ? 俺のせいかよ! そもそも、お前があんな不良品を産むから」

「私だって産みたくて産んだわけじゃないわよ!」

「はあ……弟の方は優秀なのに、どうしてこんなに……」


 父親の胴間声に、母親のヒステリックの叫び声が響く。

 それがガンガンと頭を揺さぶる。耳を塞いで体を硬くする。

 自分が悪いのだろうか……体調は悪化するばかりで、学校にもまともに通えず、金ばかりかかって、誰にも望まれていない――。


「……ティア」


 旧型のフルダイブデバイスを抱えて、涙を流す。

 心に強固な壁を築き上げる。ここは、現実ではない。

 心を『Legend of Ragnarok』の世界においてくる。

 苦痛はない。誰かに責め立てられることもない、自由で――ただ、こちらの世界でも、同じような孤独を味わっていた。


 ティアナディアは、プレイヤーの敵キャラクターとして登場した。

 チュートリアルでしんでしまったベリウスの従者で、何度かプレイヤーの前に立ちはだかった。その目的は、死んだベリウスを生き返らせることだった。

 その瞳は深淵のように深く、昏く、心はどこまでも冷え切っていた。

 この世の全てを憎悪したような瞳、愛に狂い、狂気的な執着を見せる堕天使。


 ある時、ティアナディアは、とある村の百人を生贄に捧げて魔石を作ろうとしていた。真偽はわからないが、その魔石がベリウスの復活に必要らしかった。

 村人が次々と殺され、その血が取り込まれて、魔石は成長していく。

 百人の村人が殺されるまでに魔石を壊すのがプレイヤー――勇者の役目だった。


『どうして止めるのですか? あなたには関係のない命でしょう? そして、わたしにとってはこの世の生きとし生けるすべてが無価値でございます。全生物が死滅したとしても、ベリウス様が生き返れば、それでいい』


 ティアナディアの狂気的とも言える言葉に、当時の■■は心を打たれた。

 本来は倒すべき敵だった――それでも、■■はティアナディアと共に居たいと思った。

 ■■は、ティアナディアと共に村人を殺すことに決めた。

 本来のストーリーを知りながら、それを歪める決意をしたのだ。



 ――『EXルート:胡蝶の怨恨』に強制以降します



 軽快なポップアップと共に現れた一文に心が躍った。

 攻略サイトにも載っていない。自分だけかが見つけた隠しルート。

 特殊な条件を満たすことで任意、または強制で突入する、特殊なストーリー。

 ティアナディアの計画に協力して村人を殺したことで条件が満たされたこのルートは、人類を裏切り、ティアナディアと共に人類の敵として立ち回る最悪の選択だ。


 ■■のステータスには、プレイヤーキル、NPC殺しを表すアイコンが付いた。

 コミックなどの別コンテンツにより元々知っていた王道のストーリーは捻じ曲げられた。

 それから、■■はティアナディアについて回った。


 ティアナディアはずっと素っ気なかったし、最後まで信用された気はしなかった。

 ストーリーもとっくに破綻していたし、彼女の好意がこちらに向くことはなかった。

 愛に取り付かれた彼女が、■■の存在で救われていたかどうかはわからない。NPCにそんな感情はないと言われればそれまでで、つまりは、ただの自己満足だった。


 それでも、よかった。


 理由がわからないが彼女に強く惹かれていた。

 言葉にしてしまったら、その全てが嘘のような気がした。


 現実世界ではティアナディアの二次創作を漁り、作り――今思えば、相当気持ち悪かっただろうが、そうでもしないと生きていけはしなかった。



 ――ああ、そうか。ベリウスが羨ましかったのだ。死んでも猶、狂気的なまでに彼を愛するティアナディアがひと際美しく見えたのだ。だって、僕が死んでもきっと誰も……。



 控えめに体が揺すられ、ゆるりと意識が浮上する。

 目の前にはティアナディアの顔があった。後頭部には柔らかな感触。消えかけの焚火。黒々とした岩肌。ひゅるり冷たい風が吹く。


 どうやら、うたた寝をしたベリウスは、ティアナディアに膝枕をされたらしい。


「大丈夫ですか……? ひどくうなされていましたが」


 言って、頭を優しく撫でてくる。

 夢を見た。現実世界の夢。フルダイブデバイスを付け、ベリウスを亡くしたティアナディアと共に、『Legend of Ragnarok』の世界を駆け回った。

 結局、あっちの世界で、ティアナディアは一度も笑ってくれなかった。


「やっぱり、ティアは笑顔の方が似合うな」

「……な、ぇ? あ、その……ありがとうございます……てれてれ」


 ティアナディアは頬を赤くし、落ち着きなく前髪を整える。

 彼女に惹かれたのは、その狂気的な愛に触れたことがきっかけだったが、やはり、楽しそうに笑っている姿が一番だと思う。救われて欲しいと思う――たとえ、人族と全面戦争するとしても。


    ◇


 ティアナディアは消えかかった焚火に再び火を灯し、ホットミルクを淹れてくれた。


「……最近、夢を見るのです。とても恐ろしい夢です」


 ホットミルクに口を付けて、ティアナディアが呟いた。


「ベリウス様が死んで、わたしの前から居なくなってしまう夢です。そして、わたしはとても正気ではいられなくなって、ベリウス様を生き返らせる旅に出るのです。その旅先でわたしが一人の……」


 ティアナディアは、はたと言葉を止める。


「……一人の?」

「すみません。嘘を吐きました」


 思わず聞き返すと、ティアナディアはゆっくりと頭を振る。

 嘘とは、夢を見たということだろうか。

 夢の内容だろうか。それか、また別の……。


「……ご主人様。わたしは、ご主人様に隠し事をしています」

「そうか、奇遇だな。俺もだ」


 ティアナディアに言えないことなど、両手で数えきれないほどある。隠し事だらけだ。後ろめたいことだらけだ。きっと、彼女のそれよりよっぽど。


「そ、それは別にいいのです! ご主人様のような偉大なお方が、わたしに隠し事の一つや二つや、数千や数万、数億あろうとも……!」

「多いな!? そこまではないぞ!」

「たとえ、あっても。ご主人様がメイドに全てを話す必要などないのでございます。しかし、メイドとして、ご主人様に隠し事をするのは……」


 それがひどい背信行為であると言わんばかりに、表情を曇らせる。

 ティアナディアが何に悩んでいるのかはわからない。それが自分にどうにかできることなのか、そうでないのか、ずっと彼女のことを考えてきたが、わからないものだ。


 けれど。


「メイドの秘密の数千や数万、数億を許容するのも主としての務めだ。余計な心配はするな。ティアの献身を疑ったことなど一度たりともありはしない」

「……ご主人様。もったいないお言葉です」


 視線を上げたティアナディアは、真っ直ぐとこちらを見つめる。


「でも、いつかは全てを話したいと思います。心の整理がついたら必ず。わたしは、あなた様のことをとても大切に思っております……それだけは、本心です」

「ああ。俺もいつか全てを話せたらいいなと思うよ」


 それが不可能だとわかっていても願うくらいなら悪くないだろう。

 例えば、この世界がよく知っているゲームに似ていること。

 自分が本当はベリウスではないこと。

 けれど、ティアナディアのことを心から愛していること。


 いつか話せたらいいが、そうはならないというのなら、代わりに世界の全てを蹂躙してでも破滅の未来をぶち壊そう――たとえ、誰に望まれなかったとしても。


「えいやー」


 気の抜ける掛け声とともに、ぱたんとティアナディアが倒れてくる。

 ベリウスの太腿に頬ずりをして、むにゃむにゃと眠りの体勢に入る。


「ふふふ、これもまたメイドの特権でございます」

「主人に膝枕をさせるのがか?」

「勘違いされては困ります。これも、全てご主人様のためなのです。わたしがこうして定期的に甘えることで、ご主人様も気兼ねなくわたしにバブバブできるというすばらな理屈でございますよ。ぶいぶい」

「……そうか、それなら仕方がないな」

「はい。そうなのです」


 絹のような銀髪を梳くと、くすぐったそうに身を捩る。

 そうしながら、いつか母親に同じようにされたことを思い出す。

 まだ病気の症状が軽かった頃のことだ。まだ家族の仲がそこまで悪くなかった頃。頭を撫でながら、子守唄を歌ってくれた。

 そんな優しい記憶もまだ自分に残っていたらしい。


 昔を懐かしみながら、優しくティアナディアの頭を撫で続ける。


「おやすみ、ティア」

「はぁい……今日はいい夢が見られそうでございます」


 やがて、ティアナディアはすうすうと寝息を立てる。

 そんな彼女の姿を見て、ベリウスは何度目か強く決意を固めるのだった。


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