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第21話「レベリング2」

 視線をやると、ルーメンボアと対峙したシグレは壁際まで追い詰められていた。


 そうだ。シグレの存在をすっかり忘れていた。

 狐尾はしおれ、狐耳もぷるぷる震えている。瞳は虚ろになり、しかし、デタラメに振った杖が、ポコンとルーメンボアの頭部に当たる。


「ふむ、一ダメージ入ったな」


 魔獣を討伐した際の経験値は、基本的にはダメージを与えた者たちに等分で配られる。ラストアタックを決めた者だけは、その割合が一定数上がるので、シグレに倒させてやることも考えたが。


「……ルーメンボアだと硬すぎて、まともなダメージ入れられないからな。シグレ! 頭を下げておけ」


 ベリウスは、赫杖ルベルを取り出し、詠唱を開始。


「詠唱破棄――【リバイバル・チェーン】」


 魔力の燐光が弾け、超級の魔法が発動する。

 ルーメンボアの真下から天へ登る龍の如く鎖の束が打ちあがり、シグレを喰らわんとしていた口、そして、首から胴体までを順々に押さえつけていく。金属の刷れるような不協和音が響き、鎖は強固にルーメンボアの巨躯を縛る。


「……これが神様の奇跡」


 それを見て、シグレは瞳を輝かせた。

 ルーメンボアはその巨躯でのたうち回り、ついに鎖が千切れる。歓喜に打ち震え咆哮を上げるも、鎖は時が巻き戻るように一瞬で繋がり、再びルーメンボアを地面に縫い付けた。


「神様はまだ役立たずシグレに生きていていいとおっしゃるのですね」

「お前は俺をなんだと思っているんだ……レベル上げに来たと言っただろう」


 基本的に会話が通じないシグレに嘆息しながらも、ベリウスは続けて魔法を発動する。


魔防低下マジックダウン】【腐食ノ呪い】――それぞれ、MDEF《魔法防》を下げるスキルである。


 ルーメンボアの最大の特徴は、その硬さにある。MDEFとPDEFが非常に高く、半端な攻撃ではダメージは最低の一のみしか入らない。また、AGIも高いため、スキルも回避されやすい。


 そして、最も厄介なのが、異常状態耐性まで備えているという点だ。このせいで、下手な搦手は悪手にしかならない。


 そこで、動きを封じる【リバイバル・チェーン】と、その他、MDEFを下げる魔法の重ね掛けだ。加えて、自身のINTを上げる補助スキル、ルーメンボアの弱点属性を補正するスキルも重ね掛けをする。


「詠唱破棄――【魔攻上昇マジックアップ】、【魔攻超過マジックフォース】、【クレイジーフォース】、【祝福の風】、【風属性補正ウィンドタイプ】」


 色を帯びた魔力がベリウスを何十にも包み、ステータスが上昇し続ける。

 下手に時間をかければ逃げられる可能性がある、少々過剰かもしれないが、確実に一発で仕留めるためには必要な強化だと割り切る。


「詠唱破棄――【ボレアスの矢】」


 空気が割れるような音がした。

 魔力が、風が集まり、それは矢というよりも台風を束ねた災害級の槍だった。肌を斬る刃の如く槍が岩窟内に裂傷を刻み、その中心にある矢がうねりながらルーメンボアに突き刺さる。


 全身から空気が漏れているような声にならない絶叫を響かせ、頽れる。

 肉片をまき散らし、体がズタズタになったルーメンボアは沈黙し、表皮の鉱石擬きを黒く染めていく。


 と共に、ベリウスの体に経験値が流れ込んでくる不思議な感覚があった。


「それでも、一も上がらないか」

 ステータスウィンドウに刻まれたLv.88の文字を見て、短く息を吐く。

 先は長そうである。


「ご主人様! さすがです! 久しぶりに、ご主人様の魔法を間近で見られて、ティアナディア大興奮です! 濡れました!」

「…………」


 ティアナディアが頬を赤く染めて体をくねらせる。


「うぅ……ひっく、尊い……ありがとうございます、ありがとうございます……卑しいシグレ如きのためにその強大な力の一端を見せてくださり感激です。決して神様への信仰を絶やすことなく、これからも祈りと精進を続けます」


 シグレはというと、ぶわりと滝のような涙を流していた。大事そうに杖を抱え、「ひっくひっく」と鼻を啜りながらも、尻尾は激しく左右に揺れていた。


 情緒不安定過ぎて怖い。喜んでいるのか、怯えているのか、安堵しているのか、よくわからなかった。その全てかもしれない。


「シグレ、神様のためなら――おぶぇっ」


 そして、感極まってといった様子で走り出し、盛大にこけた。

 まるで、体の動かし方を忘れてしまったかのように、踏み出した一歩で大きく跳躍し顔面から地面に突っ込んだのだ。


 体の動かし方を忘れた――いや、新しい体の動かし方を知らないというのが正しいか。


「まったく、仕方のないヤツだ。そう慌てるな。体も徐々に慣らしていけばいい」


 シグレの元によって、立ち上がらせてやる。

 ステータスプレートを見るように促すと、シグレは恐る恐ると言った様子で確認する。ベリウスの顔を見る、そして、ステータスプレートを二度見した。


「……神様、シグレのステータスプレートがこ、こ壊れてますぅ」

「この俺がお前に不良品を渡したとでも?」

「い、いえいえいえ、すみません不良品はシグレですシグレの目が壊れてます。このっ、節穴め。いっそのこと潰すのがいいでしょうか。神様に供物として捧げますね……はぇ、へへ、役立たずの眼球め」

「お、おい!? 待て、シグレ」


 自分の目を潰そうと杖を逆手に持ち始めたので、慌てて止める。

 シグレにこの手の冗談は言わない方がいいだろう。色々と面倒だ。


「お前自身も、そのステータスプレートも不良品じゃない。言っただろう? レベリングに来たと。おめでとう、シグレ。これで、中級職に職業昇進できるな」


 シグレの手からステータスプレートが零れる。

 表示されたレベルは二十一。職業昇進が可能であることを示す金色で、それは刻まれていた。


「これが神様のご加護……ふえっへ、これでシグレも役に立てますよね」

「いや、まだ足りないな。ここを出るまでに倍にはしておきたい」

「ば、倍……よ、四十二ですか。そ、それほどの高レベルの冒険者、王都にもなかなかいないです。それこそ、かの剣聖くらいのもので……」


 シグレはまだ信じられないと体を震わせている。

 レベルが四十になれば、上級職に職業昇進できる。

 魔族はレベルが既定の値に達したときに自動で職業昇進したはずだが、人族はいずれかの神殿に向かう必要がある。


 神殿は各地にあり、王都にあるような厳かで豪奢な物から、村にぽつんとあるような寂れた物まで様々だが、機能自体はどこでも変わらない。なんなら、廃神殿でも機能はする。

 帰りに神殿に寄っていくのがいいだろう。


「だが、上級職にまで上り詰めようと、貴様は俺の奴隷だ。単身魔族に抗う力を備えながら、人々に讃えられることもなければ、英雄視されることもない。どうだ? シグレ」

「うぇへ、最高ですね」

「……そうか」


 予想はしていたが、シグレのブレなさにはもはや感心する。

 だが、それがシグレの幸せだというのなら――たとえ、そうでなくても変わらない。遠慮なく利用してやるだけだ。

「はい。シグレが考えるのは神様のことだけです。神様の言うことは全て正しいからです。シグレは神様の役に立ちたいだけです。有象無象の賞賛などで心は動きません」


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