第2話「転生先は最強の悪役2」
「『Legend of Ragnarok』の世界だ……」
正面の街は、エルタニン王国・王都アルティバ。
プレイヤーが冒険を始める街の一つで、つまり、ここはワズンの森か。
初心者向けの低レベルの魔獣しか存在しない、比較的安全なマップだ。位置関係や、ホーンバニーが出現したことからも間違いない。
しかし、何故だ。
■■は手術を受けたはずだ。
いや、実はそれが夢で今はゲームをしている? でも、それはおかしい。この世界の香りも、日差しの温かさも、全てがリアル過ぎるのだ。
それにもう一つ。
「この服……少なくとも、僕が使ってる物じゃない」
身に着けている装具は、自分がプレイヤーとして使用している物とは異なっていた。
それどころか、長年ゲームをプレイしているが、こんな装具は見たことがなかった。
「いや、待てよ……たしか、このローブは」
慌てて森の中に戻る。湖を見つけ、その水面に顔を近づけた。
そこに映ったのは、やはり自分がキャラメイクしたプレイヤーとは異なる外見だった。日本人離れした端正な顔立ちに、綺麗な金髪に切れ長の瞳。
「……ベリウス・ロストスリー」
水面に顔を潜らせてみる。
冷たい。苦しい。
手元の雑草を抜き、土と共に口の中に放り込む。
じゃりじゃりしている。不味い。「うげぇ、ぺっ」口の中がちくちくして、思わず吐き出した。
有り得ない。これはおかしなことだ。
どれだけ優れたフルダイブデバイスでも、これだけのリアリティは不可能だ。
手元を操作し、ステータスウィンドウを表示。難なく実行できた。
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名前:ベリウス・ロストスリー Lv.88
種族:魔人種
職業:魔導皇帝
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他にも、装具やスキル、その他ステータス項目がずらりと羅列されている。
これは『Legend of Ragnarok』の七魔皇が一人、ベリウス・ロストスリーのステータスだった。
しかし、ゲームシステム上、プレイヤーが敵役のベリウスになることなど有り得ない。
つまり、もし、手術が失敗して実は死んでいたとして、この有り得ないほどのリアリティを事実と受け止め、客観的に考えるとすれば――『転生』の二文字が脳裏を過る。
「……いや、そんなバカな」
だが、一度考えてしまえば、そうとしか思えなかった。
しかし、不安はなかった。
これまで、■■は病気のせいでほとんどの人生をベッドの上で過ごしていた。
これまでの人生に意味なんてなかった。
誰かが意味を見出してくれることもなかった。
誰にも必要とされなかった。何もなかった。
今までの人生こそ死んでいたようなもので、やっと自分は生を与えられたのだ。
しかも、その舞台が■■の人生で唯一意味のある、たった一つの現実――『Legend of Ragnaro』だった。
「ああ、ありがとう、神様! クソッたれなヤツだと呪うばかりだったが、もし本当にそんな存在がいるのなら、最大限の経緯を! 感謝を送ろう!」
これは天啓だ。
これこそが自由だ。
だから、全身を包むのは高揚感だ。
ああ、やっと現実が追い付いた。
『Legend of Ragnarok』こそ、自分の生きる世界だ。
「僕は……いや、俺はベリウスだ。ベリウス・ロストスリーだ!」
天を仰ぎ溢れる全能感から哄笑――ベリウスは産声を上げたのだった。
◇
ベリウスは七魔皇の一人である、魔族だった。
この世界では、普人種、緑精種、土精種、獣人からなる――人族と、魔族(数が多いため種族は割愛)は明確に敵対している。
魔族は人族に比べて人口が圧倒的に少ない代わりに、強力な力を備えていた。余程の実力者でもない限りは、魔族と遭遇したら人族は逃走を選ぶだろう。
魔族は仲間意識が希薄で、好戦的だ。
徒党を組む者も存在するが、単独行動が多く、人族の街に紛れていることもよくある。
ただ、その目的だけは一致していて――人族を滅ぼす赤き竜の復活。
それを成すために、魔族は人族を殺し、魔力を集めている。
かつて、天使ミカエラに封じられた赤き竜の封印が緩むと、魔族の中から選ばれた七人に七魔皇を表す紋章が浮かぶ。その紋章を通して、七魔皇は赤き竜に魔力を供給する。
人族は赤き竜復活阻止のため、七魔皇の討伐を目指すのだ。
先ほど確認したが、ベリウスの首元にも七魔皇の紋章が刻まれていた。
ベリウスは七魔皇の中でも、単独行動を好んでいた。
七魔皇のほとんどが、その紋章を掲げ部下を引き連れているにも関わらず、ベリウスはたった一人の忠臣と共に旅をする孤高の魔族だった。
「ていうか、やっぱつええな、ベリ……俺は」
ベリウスは、改めて自分のステータス画面を確認する。
NPC基準だと、この世界の人族は、レベル三十に到達すれば一流。
四十はバケモノクラスで、多くの冒険者がレベル二十程度で生涯を終える。
王国に使える騎士団のレベルも、アベレージが二十中盤あたりだったはずだ。
「ベリウスのレベルは八十八……」
それだけ聞けば、この数字がどれだけ規格外かよくわかる。
加えて、ベリウスの職業は、固有職業の魔導皇帝。
少し気になることもあったが、スキル面も充実しているし、装具も上等だ。
さすが、『Legend of Ragnarok』で実質最強のキャラクターと言われるだけある。
――作中最強のキャラ? ベリウスかな。あいつだけ、明らかに性能がぶっ飛んでるでしょ。まあ、不遇なキャラではあるんだけど。
これは、『Legend of Ragnarok』開発者へ向けたとあるインタビュー記事での一文である。この発言にファンは多いに沸いた。しかし、ベリウスはよくネタにされていた。
チュートリアルで死ぬから運営の悪ふざけで最強にされたキャラ。
それが概ねのベリウスへの評価だった。
たしかに、ベリウスは魔族の中でも最も強い性能を誇っていた。
だが、チュートリアルで死ぬ。序盤で呆気なく命を落とす。原作の都合上、ストーリーの進行上、プレイヤーに討たれてしまう。
だから、実質最強キャラと揶揄されるのだ。
その力をプレイヤーが真っ当に体感することはなかったから。
「……最悪だ。せっかく、『Legend of Ragnarok』の世界に来たと思ったのに。ベリウスだって? ……このままじゃ、僕は勇者に討たれてすぐに死ぬじゃないか」
それは不味い。大いに不味い。
別に自分が命を落とすことだけが問題じゃない。
それ以上に、どうしても看過できない理由があった。
このまま、ベリウスが死んでしまえば、最も幸せにしたい者を最も不幸な結末へ導くことになってしまう。
「ダメだ。それだけは絶対に……俺が死ぬことは許されない。ベリウス・ロストスリーの名に懸けて、この世界で生き残ってみせるッ」
自分はベリウスである。そう強く何度も、何度も暗示を掛ける。
ベリウスは強く拳を握り王都の方へ視線をやって、決意を固めた。
――さあ、原作ストーリーを捻じ曲げて、確定した死を回避してみせろ。