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第19話「天啓2」

 遠術師メイジは、魔導系の初級職業だ。

 レベルが上がれば、赤魔師レッドメイジ黒魔師ブラックメイジ召喚師サモナーなどの中級職に職業昇進し、最終的には、黒魔導師ダークウィザードや、竜喚師ドラゴンマスターなどの上級職に就くことになる。


 妖狐種のシグレが遠術師メイジであることは、ベリウスにとっては当たり前なのだが、シグレからしたら、そうではないらしかった。


「し、シグレは、近撃士ファイターではなかったのですか……?」

「なぜそう考えた?」

「シグレは獣人族で、周りの奴隷の子もみんな近撃士か、少なくとも近距離物理系の職業ばかりでした。それに、奴隷商も同じように言っていて……」


 混乱しているのか、その言葉にまとまりはなかったが言いたいことはわかる。

 獣人族は、基本的にSTRやAGL《俊敏性》の値が高い傾向にある。だから、力仕事要因に獣人族が重宝されているし、実際シグレもそういう目的で捕らえられていた。


 だが、何事にも例外がある。それが妖狐種だ。


「妖狐種は、INTや、SPI《精神力》……あーっと、魔法による攻撃や、回復、異常状態耐性に優れている傾向にある。獣人族の中では珍しい部類だな。本当に知らなかったのか?」

「は、はい……幼い頃に奴隷狩りに遭いましたし、その前にも大人たちが戦ってる場に居合わせることもなかったので……」


 シグレは放心した様子でぽつぽつと呟いた。

 仕方がないのかもしれない。今まで常識だと思っていたことが崩れさったのだ。


 だが、悪い方向にではない。


「言っただろう。貴様の元主人も、奴隷商も見る目がなかった。元よりシグレは力仕事など向いていなかったし、近距離戦闘をさせるなどもっての外だ。なぜ大した知識もないのに調べようともせず他人に当たり散らすのか、心から理解に苦しむな」


「……ああ、ああ、やはりあなた様は神様です。神様の御言葉一生大事にします。一言一句聞き逃さないように、この狐耳にしっかりと刻みます。尊い、尊いよ……ふぇっへ」

「ああ、もうわかったわかった。適度に役に立ってくれればそれでいいから」


 シグレの大袈裟すぎる態度が徐々に面倒臭くなってきたベリウスが言うと、シグレはサッと顔を青くした。

 今度はなんだとため息を吐くと、申し訳なさそうにステータスプレートを差し出してきた。


「すみません……すみません、し、シグレはや、やや、役立たずでぇ……」


――――――――――――――――――――――

 名前:シグレ・アカツキ Lv.2

 種族:妖狐種ルナール

 職業:遠術師メイジ

 スキル:――

 魔纏オーラ:《魔力上昇小》

――――――――――――――――――――――


 レベルが二ということは、まともに魔獣と戦ったことがないのだろう。

 取得スキルも、魔纏オーラが一つだけで、駆け出しの冒険者にも劣るほどだ。


 なるほど。これは――。


「最高じゃないか」

「……え?」


 ベリウスの言葉に、シグレは呆けて口を開ける。


「最高だと言ったんだ。下手にレベルが上がっていたらどうしようかと思ったが……これなら、スキルツリー……が使えるかは検証しないといけないが、おそらく、望んだ職業クラス職業昇進クラスアップさせられるだろう」


「……その、よくわかりませんが、シグレは神様のお役に立てるのですか?」

「何度も同じことを言わせるな。俺は必要だから、お前を拾った。お前のステータスも、種族も、特性も全て承知の上でだ。わかったら、二度とつまらないことを言うな」

「……シグレはなんと恵まれているのでしょう」


 シグレは天にも昇りそうな調子で両手を合わせて喉を震わせた。


「なんと懐の深い……尊い御身にそのような言葉を掛けていただけるなどシグレには勿体ない。神様に出会えなければきっとこのような幸福感に満たされることはなかったでしょう……ふえっへ、やっと出会えた私の神様、いえ、私たちの神様……神様がどれだけ素晴らしい存在か書にしたためてふ、布教しないと! そ、そうだ、それこそがシグレの使命! こ、こここれが天啓ッ……ふえっへっへ」


 シグレの表情は今までで一番生き生きとしていた。

 わけがわからない。本当に勘弁してほしかった。


「いいか? よく聞け。俺は目的のために貴様を利用すると言っているのだ」

「……はい! シグレなんかを使ってくださるのですよね!」

「貴様の事情など考慮しない。これから得るスキルも、職業昇進先の職業もお前に選択権はない」

「……シグレごときが職業昇進を」

「お前に自由はないと言っているのだぞ。いつか奴隷の身分から解放してくれるのかも、と夢を見ているなら諦めろ。お前は一生俺の言うことだけを聞いて生きることになる」

「……なんと、一生シグレは神様を側に感じることが……」


 シグレは感動したように目を開き、体を震わせていた。


「俺のためだけに力を使い、必要があれば同族だろうと手にかけ、魔族とも敵対する。俺の命令に逆らうことは許さない。奴隷紋で直接従わせることもできる。本当にわかっているのか?」

「ふぇへ、へへ……よ、よい。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます!」


 シグレはいつかのような不格好な笑みを浮かべていた。

 言葉が通じていないことも考えたが、どうやらそういうわけではなさそうだ。


 一生お前に自由は与えないと脅したつもりだったのだが、まるで命を懸けて救ってやるとでも言われたような反応だ。

 もうコイツには何を言っても無駄なのだろうなと思った。


「よかったでございますね、シグレ。これからご主人様のために頑張りましょうね! メイドとして厳しく指導していきますからね!」

「はい、はい、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますです、メイド長」


 ティアナディアは涙を流すシグレを撫で回していた。

 シグレは私なんかに触れると……とティアナディアを突き放そうとするが、元々のステータスが違うのだ。力ずくで迫るティアナディアを引き剥がせないでいた。


 まるで感動シーンだ。いたいけな少女に対してお前を一生奴隷にしてやると言っただけなのに。


「ま、まあ、いい。これから、お前は貴重な戦力として俺のために働いて貰うことになる。これをやるから、体に馴染ませておけ」


 ベリウスは、ストレージから装具一式を出してやる。

 杖や、ローブ、ブレスレット、などなど。装具にはレベル制限があるから、レベル二のシグレだと大した装具は付けられないが、最初はこれくらいでも問題ないだろう。


 シグレはそれらを受け取ると、信じられないとベリウスを見上げた。


「……贅沢を言うなよ。シグレのレベルじゃ、これが限界だ。レベルが上がったら、適した装具を与えてやる」


 幸いシグレはベリウスと同じ魔導系の職業だ。

 使っていない高レベルの装具はいくつかストレージに眠っていた。

 逆に言えば、自分が使用する系統以外のアイテムがごっそりとなくなっていたが……。


「いえいえ、いえいえいえ! シグレ如きがこ、こここんな高価な装備、受け取れないです!」


 不満に思っているのかと思ったら、真逆の反応をされて一瞬言葉に詰まる。


「いや、その辺で手に入るぞ。レベル一でも装備できるのだからな」


 装具にはレベル制限というものがある。

 例えば、ベリウスが使っている赫杖ルベルは、レベル四十以上でないと装備ができない。だが、そういった装具は、当然性能も高い。

 つまり、多少レベルが上がれば、レベル一でも装備できる装具など全く使わなくなるのだ。


「その辺……こんなものその辺で売ってたら大変なことですよ! こ、これ、だって、追加の効果も付いていますよ!?」


 その杖――霊雷の杖は、プラズマオーラという洞窟に出現する、死霊系の魔獣の魔核を用いて作られるものだ。レベルは二十手前程度の魔獣だ。レベル制限なしの装備の中じゃ上等な部類だが、逆に言えば、それくらいしか取り柄がないほどである。


「一つか、二つ程度だろう。それに、大した効果じゃない。魔力上昇率だって微々たるものだしな。大変も何もないだろう」

「た、大した効果じゃない……? こんなの一流の黒魔師が使うような杖ですよ……?」

「まったく、大袈裟なヤツだ。なあ、ティア?」

「……さすが、ご主人様。懐が深い! メイドにも優しいウルトラご主人様!」


 同意を求めて視線をやったが、ティアナディアにまで大袈裟な反応をされた。

 もしかして、これはベリウスの方が非常識なのだろうか。


「………何のため聞いておくが、そこの杖。売ればいくらになる?」

「そうでございますね。聖金貨三枚は下らないのではないでしょうか」

「な……っ、マジか」


 杖一本で、簡素な家が買えるほどだった。

 なるほど。物のレートもベリウスの認識とは少々異なるらしい。

 シグレはというと、装具一式に向けて土下座をして何やらぶつぶつと呟いていた。


「……と、とてつもないパワーを感じます。神様が直接授けてくれた装具……いえ、これは神具として語り継ぎゆくゆくは神殿を立ててそこに祀ろうと思います」

「…………」


 祀るのだとしても、せめてもっと上等な装具にしてほしかった。

 この世界での認識はまだいまいち理解していないが、こんなものは楽に手に入るのだ。


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