第18話「天啓」
アルヤ鉱山近郊の村、宿舎。
ベリウスたちは王都アルティバから離れ、とある宿に宿泊していた。
アルヤ鉱山にある、ウヌクアルハイの岩窟に向かうためである。
目的は、ベリウスとシグレのレベリングだ。
ウヌクアルハイの岩窟の深層には、『Legend of Ragnarok』内で獲得経験値が最も多いと言われている、魔獣が生息している。
ベリウスがどのような手段で剣聖カンデラ、勇者であるプレイヤーに倒されたのかは不明だ。振り返って考えてみても、作中最強と名高い敵キャラが何故か駆け出し冒険者の一撃でHPを全損したという不可解な決着でしかない。
当時は、チュートリアルだからそういうものだと思っていたが、自分がベリウスになった今では、そう寝ぼけたことも言っていられない。
Xデーまでに、ベリウスの性能を極限まで高める必要がある。
「――そうです! 素晴らしいです、それこそメイドにとって最も重要な心得の一つでございますよ!」
ベッドの方を見ると、ティアナディアが得意げな様子でシグレに何かを説いていた。
「はい、恐縮です……」
獣人族ということで反発もあるかと思ったが、ティアナディアは特に気にした様子もなく、それどころかベリウスを神様と呼ぶシグレを気に入ったようだった。
シグレはティアナディアに対して、恐れ多さから若干怯えた様子も見受けられるが、少なくともベリウスに対するよりは、気楽に接している気がする。
戦力補強以外の目的から考えれば悪くない傾向だと思った。
問題があるとすれば、ティアナディアがシグレに謎の教育を施していることである。
「すべてはご主人様のために!」
「すべては神様のために!」
「ご主人様の敵は全て滅ぼすべし!」
「はい、神様の敵は全て滅ぼします!」
「ご主人様の命令は?」
「命に代えても全うします! です!」
ティアナディアの言葉に、シグレが追従する。
ひと段落するとティアナディアがシグレを抱き寄せ、わしゃわしゃと頭を撫でる。シグレは満更でもなさそうな様子で、「ふぇへ、で、へ」とぴこぴこと獣耳を動かしていた。
「こ、これが……神様を信仰するためのき、教義……ふえへっへ」
「そうですね! ご主人様は神様と言っても過言ではないので、メイドの心得というのは教義とも言えるかもしれません! つまり、あなたにはメイドの才能があります。あなたのような後輩を迎えられて、わたしは感激でございます」
「さ、才能……ふへ、褒められた。ありがとうございます、メイド長。シグレ、メイドとしてこれから神様を信仰します」
噛み合っているような、噛み合っていないような頭が痛くなるような会話だった。
「いつの間にか、メイド長になってるし……」
思わず口を挟んでしまう。
すると、ティアナディアが人差し指を立てて言葉を続ける。
「はい、メイド長であるわたしが、シグレさんを立派なメイドとして育て上げてみせます! ふむんふむん」
「シグレはメイドなのか……?」
「もちでございます! 主人に仕える真摯な心を持つ者は皆メイド!」
まあ、よくわからないが、ティアナディアが楽しそうなのでいいだろう。
「ああ、そうだ。ティアに改めて聞きたいことがある」
「はい? なんでございましょうか」
「スキルの取得に関してだ。俺たちは、どうやって新しくスキルを得る?」
ティアナディアは今更何を……と眉を顰めるが、「ああ、シグレさんの教育のために!」と納得してくれた。一瞬、肝を冷やしたが、いい具合に勘違いをしてくれた。
「レベルアップ時に、その職業に対応したスキルが発現します。修行や魔獣討伐などで蓄積した経験がレベルアップの際に凝縮されスキルとして完成するのでございます」
「……」
原作ゲームとの思わぬ差異に思わず言葉が漏れる。
ティアナディアが不安そうに顔を覗き込んでくるが、「なんでもない。その通りだ」とフォローをした。
「ちなみに、スキルツリーという言葉に聞き覚えは?」
「……すみません、わたしが無知なばかりに」
「いや、悪い。知らないならそれでいいんだ」
基本的に、スキルはレベルアップ時に取得できるスキルポイントを割り振ることで習得することができる。
スキルツリーの再編成ができたことから、その辺りの違いもないと考えていたが……転生したベリウスが特例なのだろうか。
職業に対応したスキルを得る。レベルアップ時に自動でスキルポイントが割り振られるイメージだろうか。それが近いような気がする。
となると、ベリウスはスキルツリーの開拓すら自分でできなかったのか。
だとしたら、あのガタガタのスキル編成も納得できる。そもそもコントロールできる余地などなかったのだ。
望んだスキルを得られるわけではないとしたら、育成過程には大いに運が絡んでくる。
それか、スキルポイントが自動で割り振られるにしても、何か条件があるのかもしれない。倒した敵の特徴や、使用したスキルに左右されるとか……。
「……シグレを奴隷にしたのは、正解だったかもしれんな」
奴隷契約を結んでいる場合、奴隷のスキルポイントは主人が振ることになる。
少なくとも原作ゲームではそうだった。
転生の恩恵があるベリウスなら、その辺りも同じように調整できるかもしれない。できないにしても、自動でスキルが取得される過程が観察できる。
シグレはいい試金石になるだろう。
「シグレ、少しいいか」と名前を呼んで近くに招く。
すると、シグレはおずおずと服を捲ってお腹を晒し始めた。
「……何をしているんだ」
「あ、えっと……殴るのかなって」
「急に何を言っているんだ。殴らないからしまえ」
「……お、恩寵を頂けないのですか」
シグレの耳と尻尾がしゅんと垂れる。
なぜ殴られないことで残念そうなのか。神様扱いするのは百歩譲っていいとして、暴力を恩寵と呼ぶのはなんかすごく嫌だった。
ティアナディアを見ると、お腹を捲ってちらちらとこちらに熱い視線を向けてくる。
「殴らないからな……そういう趣味があるわけでもないからな」
「……はッ、まさか、殴られたいとか。どきどき」
「暴力から離れてくれ。殴らないし、俺のことも殴るな」
ベリウスははあと息を吐いて、思考を切り替える。
ストレージから目当てのアイテムを取り出し、シグレに渡してやった。
「……えっと、これは」
「ステータスプレートだ。知らないか?」
と言っても、ベリウスも存在を知ったのは、この世界に転生してからだ。
ティアナディアに教えて貰った後、ストレージを眺めていたら未使用のこれを発見した。だが、詳細なステータスを任意のタイミングで確認できる今のベリウスには、必要のないものだ。
「シグレにやるから、それでステータスを確認してみるといい」
ベリウスとしても、レベリングするにあたって現状把握をしておきたい。
「ぬええっ、そ、そそそんな恐れ多いです……神様からアイテムを賜るなど」
「必需品の範疇だろう。それにシグレのためというわけではない。必要だから与えてやるのだ。ほら、口答えせずさっさと使え」
「は、はい……ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
シグレは恭しく頭を下げると、何か重要な記念品でも下賜されるように丁寧に受け取った。
シグレは早速ステータスプレートを使用し、表示された一部のステータスを見て目を丸くした。何度も確認しているが、もちろん結果が変わることはない。
「……え? 遠術師? シグレが…どうして…」




