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第17話「ケモ耳奴隷少女の信仰」

 魔族は死ねば何も残らない。

 体を構成していた全ては赤き竜に捧げられるのだという説も聞いたことがあるが、それも公式の設定というわけではないから、真実はわからなかった。


 ベリウスはジボランが立っていた場所と、そこにできた大きなクレーターを見る。

 わざわざ過剰な火力を以って彼女を葬ったのは、覚悟を決めるためだ。

 目的のためなら全てを犠牲にするという覚悟だ。魔族であるベリウスにとってジボランは同族であり、人間だったベリウスにとっては人族も同族である。


 どちらも同じ人であるが――ああ、そこまでの感慨はなかったな。


「随分と呆気ない……こんなものか」


 それは自分自身がベリウスと混ざっている証拠か。

 それとも、これまでの人生に他人に執着したことも、されたこともなくて、現実世界こそが画面越しのようなできごとに感じていたからか。


 きっとそうに違いない。

 もし、ベリウスが絶望するとしたら、恐怖するとしたら、心を痛めるとしたら、もう一度ティアナディアが不幸の未来を辿った時だけだ。


 そのためなら、魔族も人族も殺しつくせる――それだけの力がベリウスにはある。


 ――借り物の力でよくもまあ、そこまでイキれるものだ。


 不意に湧いて出た声にゾクリと背筋が震えた。

 何かを考えようとして、ベリウスは慌てて頭を振る。余計な思考は廃せ。

 誰の力だろうが。どんな事情があろうが、他人からどう思われようが変わらない。

 ティアナディアを救う――そのためにベリウス・ロストスリーを全うするのだ。


 ベリウスは、その場で座り込み放心した奴隷の少女に視線をやる。

 狐のような耳に尻尾。間違いない、やはり彼女は妖狐種ルナールだ。


 体は汚らしいが、肉付きはいい。豊満な胸は薄い布のような服から零れ落ちそうなほどで、太腿もむっちりとしている。劣悪な環境で育ってきたろうに、そういう体質なのだろうか。


「さて、貴様は今から俺の奴隷になるわけだが。その前に、名前を聞かせて貰おうか」


 近くに寄ると、少女はぼうっとした表情でこちらを見上げてきた。

 その瞳は何物にも期待しないような虚ろにも、熱に浮かされているようにも見えた。


 少女は一泊遅れてから、「……し、シグレ・アカツキです」と答えた。


「わかった。ならば、シグレ。お前と今の主人との契約を破棄するぞ」


 ベリウスは、ストレージから、誓断の破符――あらゆる契約を解除するアイテムを取り出し、シグレに翳す。破符に契約内容を転写したのち、破り捨てた。


 キンと耳鳴り音が鳴り、ガラスが割れるようにシグレの首元の紋章が壊れた。

 これで、奴隷商の男との契約を強制的に解除することができた。


「は……え。こんなことが……」


 シグレは首元に指を這わせ当惑していた。

 意図が分からないと言った風に、ベリウスを見上げる。

 もし、解放されたと安堵しているのだとしたら、見当違いだと言わざるを得ない。

 ベリウスの目的は最初に宣言した通りだ。ボランティアで奴隷の少女を助けたわけではない。


「残念だったな。お前は今から、俺と新たに奴隷契約を結ぶのだ。拒否権はないぞ。抵抗するなら、無理やりにでも言うことを聞かせてやる」

「……やっと、やっとし、シグレを迎えに来てくれたんですね……」


 シグレは祈るように両手を合わせて、うっとりとした瞳でベリウスを見てくる。

 まるで救世主か、力を授けにきた天使でも前にしたような反応だった。


「やっと、だと?」

「は、はい……ずっと祈っていた、ので」


 シグレは「ふへっへっへ」と不気味な笑みを浮かべる。


「シグレの神様……一目見てわかりました。り、理解させられました。あなた様こそ、し、シグレの神様です」

「違うが」

「はい、神様……シグレはあなた様の姿を一目見るために生まれてきたのです」


 即座に否定したはずだが、シグレは全く話を聞いていなかった。その立派な獣耳は飾りなのだろうか。

 興奮気味のシグレは「神様神様神様……ああ、尊い」と手を合わせて呟いていた。


「一目見るためだと? 話を聞いていなかったのか、俺は貴様を奴隷にすると言ったんだ」


 すると、シグレはピタリと動きを止めた。


「お、お母さんが言ったのです……いい子にしたら神様が迎えに来てくれる、と。そうしたら、幸せになれるのです。シグレは救われるって……」


 シグレは、ぶわっと滂沱の涙を流し始めた。

 神様と崇めるくらいだ。ベリウスを奴隷の立場から解放してくれる聖人とでも思っていたのだろう。

 ベリウスを誰だと思っているのか。『Legend of Ragnarok』最大級の悪役の一人、少なくとも人族に崇められるようなキャラクターではない。


「残念だったな。その願いが叶うことはない。俺が神様だとして、それは邪神に違いないだろうな。もちろん、お前にとっても悪い神様だ」


 ベリウスの行動は全てティアナディアのためにある。

 彼女の幸福のためにベリウス破滅エンドを回避する。必要ならば無辜の民も犠牲にするし、今の同族も、元同族も手に掛ける覚悟だ。

 シグレに対してもそうだ。彼女はただの駒の一つに過ぎない。


 もし、傷ついたシグレの心を癒し、慰め、仲間として受け入れ、甘やかしてくれるとでも考えているなら、勘違いも甚だしい。


「無能のまま貴様を俺の下に置いておくつもりはない。徹底的にしごき上げてやる。時には血反吐を吐き、魔獣に喰われる恐怖に震えることもあるだろう。俺は貴様を一生道具として扱き使ってやるつもりでいるのだ。自由はないと思え」


 妖狐種――極上の素材だ。

 装備も全て指定し、ステータスを管理し、手駒として最適な戦士へと育成する。

 そのためには少々危険な橋を渡ることもあるだろう。格上の魔獣との戦闘も必至であるし、無理な訓練を施す必要がある場合もある。


 下手に期待してしまうよりは、先に現実を教えておいた方がいいだろう。

 そう思って岸から突き落としたつもりだったのだが、返ってきたのは予想外の反応だった。


「は、はい……な、なのでもうシグレは救われました」

「あ?」

「神様の奴隷にしていただけるなんて……一目見られただけでも有難いのに、まさか、シグレなんかを近くにおいていただけるなんて感激で思わず涙が……ふぇっへ」


 コイツは何を言っているのだ。奴隷という立場を理解しているのか? していないわけがないだろう。コイツ自身が一番わかっているはずだ。


「これまでとお前の立場は変わらないと言っているんだぞ」


 シグレはわかっているのかいないのか、薄っすらと笑って首を傾げる。


「シグレはずっと考えていました……どうして、殴られたら痛いんだろうって。ど、どうして毎日辛いんだろう……怒鳴られて、蹴られて、炙られて、ど、どうしてかな……どうして、どうして、どうして、どうして、どうして?」


 鮮烈な過去を思い出してか、シグレの瞳は徐々に濁っていく。濁って、濁って、しかし、ふと顔を上げた彼女の表情は希望を見つけたと言わんばかりに輝いていた。


「気づいたんです。ああ、そうか……神様じゃないからだ! って」

「わけがわからないな」

「私を殴った人がです。神様でもなんでもない、ただの普人種ヒューマンだったんです。汚らしい、大して力もない、ゴミみたいなシグレに威張るだけの同じくゴミだったからです」


 そう説明する間もシグレはベリウスに熱の籠った視線を注いでいる。

 執着、希望、期待、愛情、尊敬……違う、これはもっとねっとりとした、まるで魂ごと全てを預けるような狂気的なまでの信仰だった。


「相手が神様なら違います。神様が相手なら、何をされてもそれは恩寵です。だ、だって、神様がシグレなんかに貴重な労力を使ってくださることが奇跡なんです……だから、お願いできますか?」

「何? 今貴様を殴れとでもいうのか」

「殴れだなんて恐れ多いです……ただ、シグレにその偉大過ぎる恩寵の一端でも感じさせてくれると言うのなら……是非」


 殴られることをありがたがる気持ちも、その理屈も理解不能だった。

 だが、彼女に茶化しているような様子はなく、熱っぽい視線を向けてくるだけだった。ベリウスが動くのを今か今かと待ち望んでいる。


「いいだろう……試してみろ、これが本当に恩寵とやらに感じられるのかな」


 シグレの頬を平手打ちした。

 乾いた音が響き、シグレの頬が赤く染まる。

 本気で殴れば平手打ちとは言えども殺しかねないため、手加減はした。

 それでも痛みがないということはあり得ないだろう。その証拠にシグレの鼻からは、つうと血が伝っていた。


「ほらぁ……い、痛くない……ふえっへ、神様に恩寵……うれし」


 しかし、シグレはうっとりとした表情で頬を擦って言うのだ。鼻血を拭うこともせず、ベリウスを見つめ左右に尻尾を揺らしている。


「まあいいだろう……神様でもなんでも好きに呼べ」


 思ったより、特異な思想を持つ少女だったが、いや、これまでの過酷な経験が彼女をそうさせてしまったのかもしれないが、どちらにせよ、それらはベリウスの目的の障害になり得ないものだった。


 ならば、関係がない。神様だと思われようが、魔王だと恐れられようが、ご主人様と慕われようが、別に頓着するつもりはない。


「だが、本当に理解しているのか? 貴様は妖狐種、つまりは人族だ。魔族の奴隷など耐えられないだろう? 屈辱のはずだ」

「神様の前では、等しくゴミなので種族など些細な問題です。それに、人族も魔族も別に嫌いです」


 採取確認のつもりで投げかけた言葉にも、シグレの態度は変わらなかった。

 呆れるを通り越して、もはや感心してくる。ティアナディアの友人役として考えた時に適切かどうかは議論の余地があるが、それは彼女自身が判断することだ。


「……一つだけ覚えておけ。俺はお前が必要だから迎えるのだ。たとえ、それが俺の身勝手な目的なためだとしてもな」


「はい」と迷いなく頷く彼女にその真意が伝わっているのかはわからなかったが、奴隷と主人という立場になろうというのに何を……そう思って、ベリウスは静かに頭を振る。


「ならば、心おきなく奴隷契約を結ばせて貰おうか。覚悟しろよ、シグレ」

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」


 何度も腰を折って礼を言うシグレを見て複雑な気持ちになる。


 だが、やることは変わらない。ステータス画面を操作し、契約の準備を始める。

 本来、奴隷契約を結ぶことができるのは、サブクラスに奴隷商を持つ者のみだ。


 だが、例外もある。

 クリエイター級アイテム――ミトラの羽ペンがその一つだ。


 ベリウスはストレージから目当てのミトラの羽ペンを取り出すと、シグレの顎を持ち上げて首を晒させる。細い首に羽ペンを使って契約の文言を刻む。


「さあ、お前の全てを俺に捧げろ――『汝の忠誠を此処に縛る』」


 ジュと焼けるような音が響く。

 シグレは呻き声一つ漏らさないどころか、恍惚な表情を浮かべていた。


「……ああ、これでシグレは貴方様のものに」


 奴隷契約が結ばれると、シグレは首元を愛おしそうに撫で薄っすらと笑う。


「私の過去、記憶、意思、耳の先から尻尾の先まで私の全てを捧げます――神様」


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