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第16話「とある奴隷商の結末」

 奴隷商の男は心臓がはち切れそうになりながらも、動かす足を一切止めずに走っていた。


 商品は全て置いてきた。別にいい、あそこには大したものなんてなかった。

 命さえあれば、やり直すことはできる。


 そう、大事なのは自分の命だ。


 アレは、明確にそれを脅かす存在だった。

 なんだアレは? 意味がわからない。理解できる範疇にない。


 まさに規格外だ。魔族だとか、敵がどうとかそういうレベルじゃない。天災の類だ――頭の中が混乱で埋め尽くされている。


「クソ、クソッ、どれだけ苦労して魔族と契約したと思ってるんだ」


 ジボランは、魔族の中では比較的話が通じる部類で、加えて性能もよかったのに。


 自分はロッソファミリーの中では、落ちこぼれだった。

 ずっと小間使いのようなことをやらされていた。こつこつと信頼と資金を溜めて、やっとの思いで奴隷商を始めた。脳の足りないバカな子供たちを従えるのは、偉くなったようで気持ちがよかったし、ストレスの解消にも使えたのがありがたかった。


 上のヤツらに理不尽な要求をされたときは奴隷を殴った、気分で飯を与えないなんてこともあった。苦労してきた分、これくらいなら許されると思った。


 ここから、ロッソファミリーの中で力を付けてゆくゆくは幹部に――そう思っていたのに。


 ジボランの力さえあれば、これまでにバカにしてきたヤツらを見返してやれたのに。


「それなのに、あいつは……あいつはッ」


 金髪の男は――あの、七魔皇の男は全てを台無しにしやがった。

 首元に赤き竜の紋章が刻まれているのが見えたから、間違いない。あれは、かつて同僚から聞いた伝説――七魔皇の証に他ならなかった。


「しかも、なんだよッ、役立たずの奴隷が一匹欲しいからなんて」


 こんなことなら、さっさと妖狐種の奴隷を引き渡して退散するべきだった。


 変な欲目を出したせいだ。

 いや、ジボランが暴走するから。クソッ。

 どうにかして、王国騎士団に知らせねばなるまい。

 この街に七魔皇が紛れ込んでいる、と。

 上手くすれば、この情報は高く売れる。そうだ、そう考えれば、悪くない。


「止まりなさい。人間」


 精神状態が好転しかけたとき、氷のような冷えた声音が突き刺さる。

 目の前には、偉く綺麗な銀髪が特徴的な魔族――魔人種ディアボリカの少女がいた。たしか、金髪の七魔皇の男を主人と慕っていた。


 魔人種の少女は、両手に純白と漆黒の剣を構え、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 そのプレッシャーに、気づかずのうちに一歩、また一歩と後退する。


「な……何が目的だ。奴隷ならくれてやるぞ」

「別に人間に言われるまでもなく、あれはご主人様が望んだ時から、ご主人様のものですよ」

「だったらなんのために……」

「わざわざここまで来たのは、ご主人様の障害となる可能性のあるものを排除するためでございます」


 口封じに来たということか。

 その可能性を考えなかったわけではないが、改めて口にされると背筋が凍り付くようだった。


 それだけの魔力を放っていた。銀色――抜き身の刃のように鋭く、氷のように冷たい凍てつく魔力に全身が粟立つのを感じた。


 あの七魔皇とまではいかずとも、自分とは隔絶した力量差があると瞬時に理解した。

 命さえあれば――そう自分に言い聞かせ、努めて情けない表情を作り、頭を下げる。


「わ、わかった! 言わない。七魔皇が居たことも何も誰にも言わない……だから、命は助けてくれ」


 沈黙。少女は懇願に対して肯定も否定もしなかった。

 視線を上げて確認した彼女の目は、まさに害虫を見るように冷えていた。


「聞こえませんでしたか? 人間」

「――ひっ」

「ご主人様の障害となる可能性のあるものを排除しにきたのです。人間の意志など関係ありません。その可能性があるならば、あなたは死ぬのですよ」


 冷たくも美しい目だ。氷柱のように鋭い声だ。

 こちらを同じ生命体だと思っていないような冷酷さを感じる。

 体が震える。本能が逃げろと警鐘を鳴らし、理性が無意味だと叫ぶ。


 だが、こんなところで――。


「なんでも取引に応じる! なんでもだ!」

「…………」

「ロッソのスパイだってする! だから――は、ぇ?」


 視界が急転し、なんとか絞り出した声が不自然に上擦る。

 言葉が続かない。世界の全てがスローモーションに感じる。

 鋭い痛みが走ったような気がするが、その正体がわからない。


 視界に空が写り、少女の銀髪が写り、真っ赤が写り、首の断面が写り――それが自分のものだと悟った時に、奴隷商の男はやっと首を斬られたのだと理解した。


 頭を無くした胴体のてっぺんから、間欠泉のように血が噴き出るのをどこか遠くの出来事のように思いながら、男の意識は呆気なく暗転した。


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