第14話「ケモ耳奴隷少女との出会い3」
「はあ? 物好きだな。この不良品が欲しいのか。でも、そうだな……こいつはかなり珍しい品だからな。そう簡単には譲れないな」
勿体ぶった言葉にベリウスは内心で嘆息する。
先程まで、あんなにゴミだ、殺しておけばよかった、と散々悪罵を吐き散らしていたくせに、舌の根の乾かぬ内によくもまあ。
隣のティアナディアも同じように思ったのか、その無表情からは激しい怒気が漏れている。いつこの奴隷商を殺しにかかってもおかしくない状態だ。
すると、ティアナディアが二本の剣を抜き、鈍い衝突音が響いた。
ベリウスに向けてジボランが拳を繰り出し、ティアナディアがそれを防いだのだ。
「なんのつもりですか? ご主人様に刃を向けることの意味を理解しているのでございますか?」
「んー、難しいことはわからないけどぉ。わたしいが、魔族って知られちゃったし、生かしておけないかなあって」
「それはお前が余計なことをしたからだろう!」
奴隷商の男が声を上げると、ジボランは「たしかにい、それはそう」と気の抜けるような声を漏らした。
だが、ベリウスへの殺意は全く薄れていなかった。
「ティア、下がれ」
「ですが……ッ、ご主人様に仇なすこいつはわたしの手で」
「下がれと言った。試したいことがある」
「……はッ、出過ぎた真似をいたしました」
ティアナディアは恭しく頭を下げる。
「人払いを頼む。いつ野次馬が帰ってくるとも限らんからな。この戦いを見られるのは、少々困る」
そう言い付けると、ティアナディアは「承知です」と短く言って、即座に場を離れた。彼女に任せておけば、しばらくは目の前のことに集中できるだろう。
「して、そこの冴えない奴隷商よ」
「さ、冴えない……!?」
「見るに、貴様はこの屍人種の女を制御できていないようだ。そんなものは、リスクでしかない。損切りをするべきだろうが、魔族との契約などそう簡単に断ち切れるものではない。どうだろう? この俺が、そこの魔族を殺してやろう」
「なに?」
奴隷商の男は訝しむように眉を顰める。
「代わりに、俺が勝てばそこの妖狐種の少女を譲って貰おうか」
「…………」
奴隷商は何も答えない。
意図はわかる。
ベリウスが魔族に勝てるわけがないと思いつつ、もしもの可能性も考えている。
だが、この取引を呑んでベリウスが負ければ、ジボランからの印象は最悪だ。ここで安易に頷くことはできない。だから――。
「別に答える必要はない。どうせ、結末は決まっているのだから」
ベリウスが勝てば、奴隷商はベリウスの言うことを聞かざるを得なくなる。
もし、万が一ごねるようなことがあっても、やりようはいくらでもある。
そのときは、平和に解決することを願うばかりである。
すると、ティアナディアが戻ってきた。
「人払いが完了いたしました。しばらくの間、この区域に何物も侵入できないはずでございます」
「うむ。よくやった」
ストレージから、赫杖ルベルを取り出し、構える。
ジボランもそれに応えるように、ブレスレット型の魔力鞄から、身の丈ほどはあろう巨大な戦斧を取り出した。
しかし、構えを取る前に、ジボランは「はあ」と息を吐いた。
「ねえ、君魔族でしょお」
ジボランの言葉に、奴隷商の男は緊張に息を呑む。
恐れからか、サッとベリウス、ジボランから距離を取った。
「だったら、どうした」
「うーん、わたしいたちが戦う意味ないよねってこと。同じ魔族なんだからあ、目的も同じなわけでしょお? お互い見なかったことにするのがよくなあい」
「仕掛けてきたのは貴様の方じゃないか」
「じゃあ、謝ればいーい?」
「いや、その必要はないな。同じ魔族だなんて笑わせる。この俺を貴様などと同列に語るとは、この愚か者め。俺の邪魔をするヤツらは全員敵だ」
ジボランはムッと表情を歪める。
ティアナディアはそれでこそご主人様です! と言わんばかりに、したり顔を浮かべていた。
「そう。後悔しないでね」
ジボランは今度こそ戦斧を構え、戦闘態勢に入る。
ゆらりゆらと幽鬼のように体を揺らし、遠心力と筋力を上手く使い巨大な戦斧を振り回す。そのままの勢いで突進し、ベリウスに斬りかかった。
ベリウスは棒立ちのまま動かず、戦斧は重力の加勢を受けて真上から振り下ろされる。
「――ッ、はあ、最悪ぅ」
しかし、ギョッと顔を歪めたのはジボランの方だった。
戦斧はベリウスに傷一つ付けられず、弾き返される。
「防御系のスキルを重ねがけしてきたってわけねえ」
「ほう。何故そう思った」
「どうしても何もないでしょう。わたしいの一撃をまともに喰らって傷一つ付けられないなんてありえないもの」
「ありえない、か。自信過剰だな。貴様程度の物差しで、この俺を図ろうとするなよ」
防御系の魔法など一つも唱えてはいない――その必要なんて、ない。
ベリウスの言葉にカチンと来たのか、ジボランは大きく戦斧を振り上げ、腰を落とす。
「そう、自信過剰はどっちかしらねえ――【デストロイ・クラッシュ】」
ゆったりとした動作でベリウスに迫り、溜めの大きな渾身の一撃を放った。
【デストロイ・クラッシュ】は、中級職――斧撃士の専用闘氣術である。
無属性だが物理攻撃力が非常に高い。
純粋なパワーだけで言えば、中級職が使えるスキルでこれに勝るものはない。
溜めの動作が大きいのが難点だが、ベリウスの態度から正面から迎え撃つと踏んだのだろう。
「な――ッ、ありえない」
またも、動揺の声が漏れたのは、ジボランからだった。
ベリウスは一歩も動かず、ジボランの攻撃を指で挟んで受け止めた。
ジボランは更に力を込めるが、戦斧はピクリとも動かない。ジボランの幽霊のような白い顔が、真っ青になっていく。
「貴様の尺度で測るなと言っただろう。ようやく理解でき
たか? 力の差が」
ジボランはビクッと体を震わせ、バックステップで慌てて後退した。先ほどまでの緩慢な動きからは想像できないほどに俊敏で、額には汗が滲んでいた。
「――ッ、何か種があるんでしょお? ありえない、こんなのありえないもの」
「なら、次はこちらの番だな」
赫杖ルベルを構え、倍のMPを消費――魔法を発動する。
「【火球】」
放たれたのは、眼前を覆う赫々と燃える炎の球だった。
それは一直線にジボランに向かい、直撃。轟々と火柱が上がった。
「ぐ――ッ、うぅう」
炎の中からジボランの呻き声が漏れ――瞬間、炎が真っ二つに裂けた。
ジボランが戦斧を凪ぎ、切り裂いたのだ。
「はあはあ――ッ、舐めているの? こんな初級魔法程度でッ」
呼吸を荒くしながら、ジボランがこちらを睨め付ける。
「ただの肩慣らしだとも。貴様こそ、初級魔法程度という割に苦しそうじゃないか。どうしてもと言うのなら、初級以外の魔法は封じてやってもいいが?」
その言葉で、ジボランの何かがプチンと切れたようだった。
ガツンと戦斧の石突を地面に突き立て、STR値上昇の闘氣術を発動する。
「舐めるなァ!」
ジボランは大きく踏み込み、何度も戦斧を振るう、振るう、振るう。
上から、横から、下から、家すら楽々粉砕してしまえるほどの一撃が、ベリウスを襲った。鈍い打撃音が響く。
ゆらゆらと踊るような動きで、ジボランはベリウスに戦斧を叩きつけ続ける。
だが、ベリウスは微動だにせず、鬱陶しいハエでも祓うかのように、戦斧を弾く。傷一つ付かず、HPは一だって削れない。
「はははッ、舐めてるのは貴様の方だろう。斧撃士のくせに、魔導系の職業である、俺に傷一つ付けられないのだからな。まさか、手を抜いているというわけでもあるまい?」
「あぁぁぁあああ――ッ」
ジボランは激しく咆哮し、真上から力強く戦斧を振り下ろした。
しかし、その一撃もベリウスは二本の指で挟んで難なく止めた。




